氷の花嫁~笑顔を失った能面の少女が幸せになるまで~

 そして、数日同衾してみた結果、前日の記憶は消えなかった。

 立花の説が合っていた可能性が高い。

 すでに消えてしまった記憶は戻ってこなかったが、夜刀は朝一番に前日分の日記を確認するという行為をしなくてもよくなったのだ。

 「紗良のおかげだ」

 紗良は夜刀に抱きしめられ、温かい腕の中でほうっと息を吐いた。

 「私……ずっと夜刀さんにしてもらうばっかりだったから、嬉しい……」

 夜刀は優しい。いつも『したくてしているから』と言ってくれたが、紗良にはなにも返せないのが心苦しかったし、そんなにも愛される理由がわからないままだった。だから、こうして夜刀の役に立てて、とてつもなく嬉しいのだ。

 喜びが体の中に熱として溜まっていくような、不思議な感じがする。

 「これからは、明日のことも、その先のことも……約束できるんですね」

 紗良は、そうしないといけない気がして、夜刀の小指に自分の小指を絡めた。

 その瞬間、紗良の視界が滲む。ぐうっと熱いものが内側から込み上げて、あっという間に決壊する。

 頬を伝い、ポタッとこぼれ落ちたものは、三年ぶりの涙だった。

 「さ、紗良?」

 焦りを浮かべる夜刀に、紗良は首を横に振る。

 「……嬉し涙です」

 心の中でどんなに感情が渦巻いていても、ずっと表に出せなかった。能面だと言われ、心ない言葉を浴びせられても、涙は出なかった。けれど、ようやく紗良は泣くことができたのだ。

 まだ笑うことはできそうにないが、心の中で凍てついてしまっていた感情が少しずつ溶け出してきているのかもしれない。

 「紗良……約束する」

 夜刀は紗良の頬に指を這わせ、涙を拭ってくれた。

 「君を、必ず幸せにすると」

 「……はい」

 夜刀は、まだ湿り気の残る紗良の頬にそっと口づけをしたのだった。