氷の花嫁~笑顔を失った能面の少女が幸せになるまで~

 立花は中央妖魔討伐隊所属の医師を代々務めている一族の出身であり、医療知識だけでなく、神々や妖魔に関する知識も随一なのだとか。

 「特に異常はありませんね」

 立花は夜刀の身体検査を一通り行ってからそう言った。

 「しかし、本当に覚えているんですね」

 「ああ。昨日なにをしたのか、しっかりと記憶にある」

 「……考えられる原因といえば、紗良さんの存在でしょうか」

 立花は顎に手を当てながら思案している。

 「紗良さんには織女神の加護があります。織女神と戦神は夫婦神ですから相性はいいのは確かです。とはいえ、紗良さんが来てからもう何日も経っていますよね。なにか特別なことはしませんでしたか」

 立花にそう問われた夜刀は眉を寄せ、耳の辺りをほんのり染める。

 紗良も一拍遅れて、一緒に眠ったのを思い出した。

 「おやおや。……したんですね?」

 「ち、違う。その……一緒に寝たんだが……ただの添い寝であって」

 しどろもどろになる夜刀という非常に珍しい光景であったが、紗良も恥ずかしさのあまり俯いた。

 「け、結婚前だから、()(らち)な行為はまだしていない」

 夜刀は必死な様子だが、それを立花はにっこり笑って流した。

 「そうですね。そのあたりは段階を踏んでくださいね」

 「……わかっている」

 怖いものなどないかのように見える夜刀だが、立花には(かな)わない様子だと思った紗良に、夜刀は気まずそうに耳打ちをした。

 「立花先生は子供の頃から家族ぐるみで付き合いがあって、俺にとって兄みたいなものなんだ」

 ちなみに三枝も幼馴染だ、と言われて紗良は納得した。ただの上司と部下というだけではない信頼を感じていたからだ。

 彼らの中で夜刀が一番年下になるらしく、子供の頃に面倒を見てもらった関係で強く出られないらしい。

 「やはり織女神の加護のおかげではないでしょうか。かつては戦神の刀を継承しても記憶は消えなかったそうですが、その理由は付属していた刀装具の笄だという説があります。笄は元は織女神の簪だったというのは夜刀さんもよく知っているでしょう」

 その話が好きだからと、夜刀は紗良にも髪にまつわるプレゼントとしてつげ櫛をくれたのだ。

 紗良は夜刀の腰に下げた刀に視線を移すが、笄穴には今はなにも挿さっていない。

 「もう百年以上昔に妖魔が活性化した時期があり、笄はその際に失われてしまったそうです」

 「その戦闘については聞いたことがあるな。確か、加護持ちの家系が集中して狙われ、中でも癒神の加護持ちの一族は多数が亡くなられたそうだが」

 妖魔の話になり、紗良はこめかみが疼くものを感じたが、夜刀は話しながら紗良の手を握ってくれた。そのせいか前のような痛みは起こらず、落ち着いて聞くことができた。

 「夜刀さんのご先祖にも被害が出ています。禍山での激しい戦闘により、当時の継承者は亡くなり、笄も紛失。そのまま見つからなかったそうです。そして、それ以来、戦神の刀を継承した方の記憶が失われるようになった、という記録があります。おそらく、それまでは笄に宿っていた織女神の力により戦神の刀を扱う負担が軽減されていたのではないでしょうか」

 立花は紗良に真剣な視線を向ける。

 「今回のことは、同衾により紗良さんを経由して織女神の加護が加わり、笄を所持しているのと同じ効果が出た、と考えられます」

 ギュッと紗良の手を握る夜刀の力が強まった。

 「……では、紗良のおかげという可能性が高いんだな」

 「ええ。ただし推測ですから、数日様子を見ないと結論は出せませんが」

 紗良さん、と立花から名前を呼ばれた。

 「無理しないでほしいのですが、もし夜刀さんと一緒に眠るのが嫌でなければ、今晩以降も一緒に寝てもらえませんか?」

 紗良はこくこくと頷いた。

 「も、もちろんです。私は表情が変わらないのでわかりにくいと思いますが、本当に嫌じゃありません! むしろ、夜刀さんのそばは安心できるくらいなんです」

 紗良の存在が少しでも夜刀の役に立てるのなら、嬉しいくらいだ。

 「ありがとう、紗良」

 夜刀はそっと紗良を抱きしめる。

 「おや、心配は()(ゆう)でしたか。でも、夜刀さんが強引すぎて嫌だったらはっきり断ってください。どうしても難しければ私に相談してくださいね。私は貴方の気持ちを優先しますから」

 立花は優しい笑みを浮かべていて、心から紗良を心配して言ってくれているのがわかり、心強かった。