氷の花嫁~笑顔を失った能面の少女が幸せになるまで~

 チュン、チュン、と(すずめ)の鳴き声で紗良は目を覚ました。

 寒い時期には体が冷えて、起きる時間よりも早く目が覚めてしまうことが多かったが、久しぶりにゆっくり眠れた気がする。雀の鳴き声が聞こえるくらいの時刻であれば、むしろ寝過ごしたのではないだろうか。

 (朝食の準備をしなきゃ!)

 焦った紗良は慌てて布団から飛び出そうとしたが、体が動かない。なにかが体に巻きついているような……と考えて、ようやく現状を思い出した。

 ここはもう織井家ではない。身動きが取れない原因は、紗良をギュッと抱きしめて眠る夜刀だった。

 胸元に抱き込まれていて、なんとも恥ずかしい。そっと目線を上げて、眠る夜刀を眺める。

 まつ毛が長く、白皙(はくせき)の肌に整った顔をしている。

 つい見惚れていると、夜刀のまぶたがゆっくり開き、刀を連想させる銀色の瞳が覗いた。

 夜刀は目を細めていて、起きたばかりでぼうっとしているようだ。紗良が身動きしたせいで起こしてしまったのかもしれない。

 「お、おはようございます」

 目が覚めたばかりで紗良を覚えていないはずだ。夜刀からすれば知らない女性を抱きしめて寝ているから、困惑しているのかもしれない。

 「夜刀さん、あの、私は――」

 「紗良」

 自己紹介しようとした紗良は突然夜刀から名前を呼ばれ、目を瞬かせた。

 「紗良……」

 夜刀は紗良をギュッと抱きしめたが、すぐに体を離した。整った顔に焦りを浮かべている。

 「……っ、すまない。紗良、俺は眠っていたはずだ」

 紗良はこくんと頷く。

 「は、はい。そう見えました。あの、私の名前」

 「覚えているんだ。君の名前を。昨日、なにがあったのかも」

 「え……?」

 夜刀は呆然としながら額に触れた。

 「いったい、どういうことなんだ……?」

 寝る前に書いていた日記も確認したが、夜刀は起こった出来事も、書いた日記の内容まで、すべて記憶していた。

 「戦神の刀と(つな)がりを感じるから、知らぬ間に他者が継承したというわけでもなさそうだ。それに、昨日の記憶はあるが、一昨日以前は覚えていない。……こんな状態は初めてだ」

 結局、答えは出ないまま、立花を呼ぶことになった。