氷の花嫁~笑顔を失った能面の少女が幸せになるまで~

 風呂から上がると、もう寝る時刻になっていた。

 なにか書いているらしく、文机に向かっていた夜刀が振り返る。

 「日記ですか?」

 「ああ。俺の今の記憶は明日に持ち越せない。だから寝る前にこうして、今日あった内容を日記に残しておいているんだ」

 「大事な作業を中断させてしまってすみません」

 「構わない。そのままでは体が冷えてしまうだろう」

 夜刀は寝巻きの紗良に自分の羽織をかけてくれた。

 「……君について書いていたんだ」

 頬が夜刀の温かい手で包まれ、ドキンと紗良の心臓が跳ねる。

 親指で、左目の下をなぞられる。あの雪の日と同じように紗良の泣きぼくろを撫でたのだ。

 「今こうして過ごしていても、明日の朝にはすべて忘れてしまっている。紗良を見つけたことも、名前も、一緒に過ごせるようになったことも……でも」

 夜刀は銀色の瞳を細め、ふわりと微笑む。

 「紗良と過ごしたことを忘れてしまったとしても、日記に書いておけば、過ごした記録は残るし、心にもちゃんと残っているはずだ。だから安心して眠ってくれ」

 「……はい」

 そっと抱き寄せられ、温かい気持ちが紗良の心に満ちていく。

 記憶があってもなくても、夜刀は夜刀のままなにも変わらない。

 夜刀が紗良を愛してくれる理由はわからないけれど、そこに嘘はない。紗良にはそれだけで、じゅうぶんだった。