◇◇
「ふふっ、紗良ったら青くなっちゃって」
綾子はクスクスと声をあげて笑った。
苛立ちは、紗良が思い通りに動いたことで少しおさまっていた。
次の日、守布を差し出した紗良は顔色が青白く、目の下にもくっきりとクマがある。徹夜してなんとか一反織るのを間に合わせたのだろう。
(泣いたらもっとよかったんだけどな)
真っ青になった紗良の姿を思い出すだけで気分がよくなる。
とはいえ、紗良から守布を奪うのはあくまで目的のひとつでしかない。
綾子は鏡台に向かい、左目の下にほくろをふたつ描き込んだ。そして紗良にやった着物と色合いが似た水色の着物に袖を通して家を出る。
「それじゃ、習い事の教室には風邪って伝えておいて」
「かしこまりました」
麦野に頼んでアリバイを作ると、ボンネットバスに乗り、賑やかな繁華街までやってきた。目的は質屋だ。
「ねえ、これを買い取ってほしいんだけど」
質屋のカウンターに守布を広げると、店主はこれ以上ないというほど目を見開いた。
「これは本物の守布……それも最高品質でございますね」
「あら、見ただけでわかるのね」
「ええ、もちろんでございます。どうぞこちらに」
奥の応接室に通され、恭しい接客に綾子も気分がいい。
「これだけのお品ですと……こちらの金額になりますが、いかがでございましょう」
革のキャッシュトレーに帯が付いたままの分厚い札束が二束置かれ、綾子はギョッと目を見開いた。
「二百万円ございます。お確かめください」
「え、ええ」
綾子はドキドキしながら金額を数えるが、帯が付いている通り、ぴったり二百万円あった。
(嘘……守布ってこんなに高く売れるの……?)
綾子は平静を装い、頷いて見せた。
「こ、この金額で構わないわ。受け取りのサインは必要かしら」
当然、綾子は紗良の名前を使うつもりでいた。目の下にほくろを描いたのも、紗良になりすますつもりだったからだ。
しかし質屋の店主は笑顔のまま首を横に振る。
「いえ、必要ございません。ただし、守布は鑑定すれば織った方の識別が可能でございます。それだけご了承いただければ」
「それくらい知っているわよ!」
今売った守布は紗良のものだ。鑑定されたところで綾子には痛くも痒くもない。むしろ紗良の守布だと露見してほしいのだ。
綾子は受領書とお金の入った封筒を鞄に放り込み、大急ぎで退店する。
質屋から少し離れた場所で胸を押さえた。心臓がドキドキ音を立て、頬もじわじわと熱くなる。
質屋だから買い叩かれると思っていたが、まさかこんな高値がつくとは。
「これだけあれば……」
綾子に甘い父親でも買ってくれなかったアクセサリーや化粧品が買える。
ニイッと綾子は唇の端を吊り上げた。
綾子の目的は紗良の守布を売り、紗良の名誉を傷つけることだった。
織井家では守布を国に納めているため、織り手が個人で売買するのを禁じている。
幼い頃に聞いた話だが、昔、守布を勝手に転売した親戚はひどい仕置きを受け、北部のど田舎に追い出されたのだとか。
紗良の守布を売っても、すぐバレるのは間違いない。そして、綾子が売ったという証拠はなく、正真正銘、紗良の織った守布だから、紗良のせいになるはずだ。
(これで破談になるわね)
それから、今後も結婚ができなくなるよう、紗良が遊びまくっているという噂も流そうと思いつく。
「そうだ。あのカフェーにも行けるじゃない!」
イケメンの男性店員が大勢いて女性客をチヤホヤしてくれるという風変わりなカフェーがあると聞いたことがあった。料金は高額だそうだが、お金ならここにある。
紗良と名乗り、その店で豪遊すれば、紗良の悪い噂も勝手に広まる。綾子自身も興味があったし、ちょうどいい。
紗良なんて一生飼い殺しにされ、守布を織るだけの道具になってしまえばいい。
綾子は笑いが止まらなかった。
「ふふっ、紗良ったら青くなっちゃって」
綾子はクスクスと声をあげて笑った。
苛立ちは、紗良が思い通りに動いたことで少しおさまっていた。
次の日、守布を差し出した紗良は顔色が青白く、目の下にもくっきりとクマがある。徹夜してなんとか一反織るのを間に合わせたのだろう。
(泣いたらもっとよかったんだけどな)
真っ青になった紗良の姿を思い出すだけで気分がよくなる。
とはいえ、紗良から守布を奪うのはあくまで目的のひとつでしかない。
綾子は鏡台に向かい、左目の下にほくろをふたつ描き込んだ。そして紗良にやった着物と色合いが似た水色の着物に袖を通して家を出る。
「それじゃ、習い事の教室には風邪って伝えておいて」
「かしこまりました」
麦野に頼んでアリバイを作ると、ボンネットバスに乗り、賑やかな繁華街までやってきた。目的は質屋だ。
「ねえ、これを買い取ってほしいんだけど」
質屋のカウンターに守布を広げると、店主はこれ以上ないというほど目を見開いた。
「これは本物の守布……それも最高品質でございますね」
「あら、見ただけでわかるのね」
「ええ、もちろんでございます。どうぞこちらに」
奥の応接室に通され、恭しい接客に綾子も気分がいい。
「これだけのお品ですと……こちらの金額になりますが、いかがでございましょう」
革のキャッシュトレーに帯が付いたままの分厚い札束が二束置かれ、綾子はギョッと目を見開いた。
「二百万円ございます。お確かめください」
「え、ええ」
綾子はドキドキしながら金額を数えるが、帯が付いている通り、ぴったり二百万円あった。
(嘘……守布ってこんなに高く売れるの……?)
綾子は平静を装い、頷いて見せた。
「こ、この金額で構わないわ。受け取りのサインは必要かしら」
当然、綾子は紗良の名前を使うつもりでいた。目の下にほくろを描いたのも、紗良になりすますつもりだったからだ。
しかし質屋の店主は笑顔のまま首を横に振る。
「いえ、必要ございません。ただし、守布は鑑定すれば織った方の識別が可能でございます。それだけご了承いただければ」
「それくらい知っているわよ!」
今売った守布は紗良のものだ。鑑定されたところで綾子には痛くも痒くもない。むしろ紗良の守布だと露見してほしいのだ。
綾子は受領書とお金の入った封筒を鞄に放り込み、大急ぎで退店する。
質屋から少し離れた場所で胸を押さえた。心臓がドキドキ音を立て、頬もじわじわと熱くなる。
質屋だから買い叩かれると思っていたが、まさかこんな高値がつくとは。
「これだけあれば……」
綾子に甘い父親でも買ってくれなかったアクセサリーや化粧品が買える。
ニイッと綾子は唇の端を吊り上げた。
綾子の目的は紗良の守布を売り、紗良の名誉を傷つけることだった。
織井家では守布を国に納めているため、織り手が個人で売買するのを禁じている。
幼い頃に聞いた話だが、昔、守布を勝手に転売した親戚はひどい仕置きを受け、北部のど田舎に追い出されたのだとか。
紗良の守布を売っても、すぐバレるのは間違いない。そして、綾子が売ったという証拠はなく、正真正銘、紗良の織った守布だから、紗良のせいになるはずだ。
(これで破談になるわね)
それから、今後も結婚ができなくなるよう、紗良が遊びまくっているという噂も流そうと思いつく。
「そうだ。あのカフェーにも行けるじゃない!」
イケメンの男性店員が大勢いて女性客をチヤホヤしてくれるという風変わりなカフェーがあると聞いたことがあった。料金は高額だそうだが、お金ならここにある。
紗良と名乗り、その店で豪遊すれば、紗良の悪い噂も勝手に広まる。綾子自身も興味があったし、ちょうどいい。
紗良なんて一生飼い殺しにされ、守布を織るだけの道具になってしまえばいい。
綾子は笑いが止まらなかった。
