目が覚めたら、わたしの横に彼はいなかった。
えっ? ジェンはどこ? どこに行ったの?
焦って辺りを見回すと、「ここだよ」という声が耳に届いた。カウンターからだった。そこには背の高そうな男性が立っていて、ジェンを見つめていた。
「素晴らしいリフト交換ですね。ありがとう」
彼の主人に違いなかった。だから次会った時に思い出せるようにしっかりその顔を目に焼き付けていると、いきなりジェンを持ち上げて紙袋に入れた。その途端、ジェンが視界から消えた。わたしは思い切り叫んだ。
「ジェン~!」
彼が入っている紙袋に向かって何度も叫び続けた。すると、「大丈夫だよ。すぐに会えるよ。近所だからね。大丈夫だよ」と紙袋の中からくぐもった声が聞こえた。でも、そんなの絶対に嫌だった。
「行かないで……」
涙を抑えることができなくなった。それでも必死になって哀願した。そんなことで止められるはずはなかったが、声を出し続けた。自らに鞭打って声を張り上げた。
「行かないで~!」
ありったけの声を出して叫び続けたが、その声が彼の主人に聞こえるはずはなかった。徐《おもむろ》に紙袋を持ち上げて、背を向け、エスカレーターに乗った。ジェンがわたしの前から姿を消した。
*
ジェンと離れ離れになって2日後、わたしのご主人が迎えに来た。
「まあ、綺麗に直って」
ご主人はピンヒールの根元を見て大きく目を見開いていた。
「一番好きなブーツなんです。本当にありがとうございました」
飛び切りの笑顔で職人に礼を言った。そして、紙袋にわたしをそう~っと入れて、軽い足取りで歩き出した。
その後は毎日のようにご主人に履かれて家と会社を往復した。わたしはその度にジェンを探した。近所なんだから絶対会えるってジェンが言ったから、必死になって探した。
道路で、
交差点で、
バス停で、
駅のホームで、
電車の中で、
でも、ジェンに会うことはなかった。
何日経っても、
何週間経っても……、



