『ブーツに恋して』~女性用ブーツに魅せられた青年の変身ラヴストーリー~


 あっ、もしかして、

 信号待ちをしている時、交差点を渡った少し先のバス停に紳士用ブーツが見えた。

 もしかして、ジェン? 

 でもよく見えなかった。人間の時も近眼だったが、ブーツになってからも近眼が続いていた。人間にはメガネがあるのにブーツにはないのが悲しかった。でも、そんなことより早く近くに行って確かめたかった。信号が変わるのを今か今かと待ちかねた。

 道路側の信号が黄色になった。もう少しで歩道側の信号が青に変わる。そう思った時、バスが来た。しかし、止まらなかった。バスは何事もなかったように交差点を通り過ぎたのだ。

 えっ? 今の信号黄色だよ。止まらなきゃダメでしょ。

 目を疑いながらバスの後姿を追うと、赤いブレーキランプが付いて、バス停に停まった。しかし、バスの陰になって紳士用ブーツが見えなくなった。

 ちょっと待って! 

 声を限りに叫ぶと、やっと歩道側の信号が青に変わった。その途端、ご主人は走るように交差点を渡ってバス停に急いだ。

 あっ、

 紳士用ブーツがバスに乗り込もうとしていた。

 待って、待って! あと10メートル。わたしも乗ります!

 バスに向かって思い切り叫んだ。でも、その声は届かなかった。あと5メートルのところで無情にも発車した。

 そんな~、

 しかし、バスは遠ざかっていった。

 あれはジェンだったのだろうか? 
 それとも別の靴だったのだろうか?

 確認できないもどかしさに身も狂わんばかりになった。でも、どうしようもなかった。チャンスは潰えてしまったのだ。

 あの日以来、紳士用ブーツを見かけることはなかった。

 もう会えないかもしれない……、

 そう思うと、蝋燭(ろうそく)の火が小さくなっていくように僅かな望みも萎み続けた。当然ながらため息が多くなり、愚痴も増えた。体が重くなり、前向きな気持ちになれなくなった。一気に年老いたように感じた。

 このまま寂しい靴生(くつせい)を送るのだろうか……、

 未来が閉ざされたように感じて辛くなった。

 人間に戻りたい、

 初めてそう思った。