「ミニトマト、オクラ、パプリカ、ズッキーニ……ナス……は別のに使うとして……」
じいちゃんの許可を得て、予定通り、店休日の店のキッチンを借りることができた。俺は十時ごろから先に店に、由良はエビとゼラチン、個人的に入れたいというヤングコーンなどを買いにスーパーに寄ってから来ることになった。
店を手伝うときにいつも使っている深緑色のエプロンをつけ、俺は近所の人にもらった野菜や他の材料をチェックする。ほどなくして裏口のドアが開き、エコバッグを下げた由良が姿を現した。
「おはよう、ちー……千尋くん」
「……はよ」
わざわざ言い直された呼び名に一瞬反応が遅れたけれど、なんでもないふりで短く返す。ワークトップにエコバッグを置いた由良に、じいちゃん愛用の黒いエプロンを差し出すと、
「あ、そっか。エプロン……」
ありがと、と微笑ってそれを受け取った。
「じゃあ、早速始めるぞ。今日は四品試作するんだからな。ちゃっちゃとやらねぇとすぐ日が暮れる」
「ん。がんばる」
「お前はちゃんとメモもとれよ」
「はい」
慣れない手付きでエプロンをつけ、頷く由良を横目に俺は取り出したステンレス製のバットを天板に置く。そこに野菜を一種類ずつ並べると、エビは耐熱皿に、水煮のヤングコーンには小さなざるを添えた。
「すごい、野菜いっぱいだ。これ以外に必要なのは……」
「ゼラチンと白だしだな」
「ゼラチンかっこ顆粒、白だし――」
「ひとまず五倍で作る」
「五倍」
かたわらに置いたレポート用紙に、由良はシャーペンを走らせる。清書は後ですることにして、ひとまず気がついたことは全て書き留めているようだった。
「オクラの下茹でと、エビからやる」
「オクラ……!」
「いいから早くやれ」
わずかに上体を引いた由良を一瞥し、まな板の前へと促した。包丁を手に持ち、先に一つだけ手本のように処理してみせる。さっと洗ったオクラのヘタを切り落とし、ガクの部分を林檎の皮をむくように取り除く。そこに軽く塩をかけて表面をこする。
「こんな感じで、とりあえず五つ……だから、あと四つ。塩をかけたあとは、まな板の上で転がしてもいいけどな」
「わかった」
差し出した包丁を受け取った由良は、たどたどしくも見様見真似で手を動かし始める。
思ったほど悪くない。そうだ、こいつは案外器用なのだ。一度教えれば二度教えなくても覚えていることが多い。
「そう、そしたらそのまま鍋に入れる」
「はい」
鍋に沸かしたお湯に五本全て投入し、箸で返しながら二分弱。ザルに上げて、冷水に浸す。冷めてから水気を切って、更にキッチンペーパーで表面を拭いた。
「次はエビ」
「せわた? っていうのをとらないとなんだよね?」
「そう」
頷きながら、軽く洗ったエビをバットに入れる。引き出しから爪楊枝を取り出すと、殻の境目に先端を挿し入れ、背わたをゆっくりすくい上げた。途中で切れることなく引き抜かれたそれを由良に見せ、「こうな」とそのままバトンタッチ。
最初は途中でちぎれたりもしていたけれど、別の境目から同じように引き出して、何とか五尾揃えることができた。耐熱皿に並べたそれに酒と塩を振ってラップをかける。茹でるのと迷った末に選んだのはレンジ調理。その方が由良も自宅で再挑戦しやすいと思ったからだ。
「レンジでできるんだ?」
「ん。500Wで、とりあえず二分……様子見てもう一分って感じだな」
「500Wで、二分……」
レンジにセットし、ふたたびメモをとる由良を横目に、俺は残りの野菜をシンクで洗う。
「ピーって鳴ったら、取り出して粗熱をとる」
「はい」
「あ、その間にパプリカとズッキーニも茹でる」
「パプリカとズッキーニ」
「適当に切って、さっと」
「切って、さっと」
復唱しながらこくこく頷いた由良は、オクラを茹でた鍋でふたたび湯を沸かす。その間にピーマンと同じ要領で切った黄色いパプリカと、縦四つに切ったズッキーニを沸騰した鍋の中へと投入。すぐに「さっとってどれくらい?」と聞かれたので、「まぁ一分」と答えた。
ほどなくして背後でレンジの音がする。中を確認したのは俺で、追加で三十秒ほど加熱してから、ザルに上げたパプリカやズッキーニとともにワークトップの奥においた。
「待って、ちょっとメモるから」
「ん」
由良が手を拭き、これまでの手順を書き留めていく。やはり記憶力はいいらしく、改めて確認されるようなことはほとんどなかった。写真も適宜撮っていて、そのあたりのぬかりはないようだった。
「次、野菜を切る」
「切ります」
「今日はもう、全てコブサラダみてーに切ればいい。ミニトマトも、ヤングコーンも水を切ってそのまま」
「コブサラダ……?」
「これくらい」
ピンと来ていないのは明らかなので、先に俺がまな板の前に立ち、包丁を握る。全てを小さめサイズの角切りに、とそれぞれの野菜を一つずつ手本として切って見せた。
「わかった。コブサラダって、ちーちゃんが去年の俺の誕生日に作ってくれたやつだ。モッツァレラチーズとか、ゆで卵とか入ってた……」
「そう、それ」
由良の誕生日に飯を食わせてやることも珍しくはなかった。ちょうど下の弟と誕生日が同じなのだ。それもあって、おじさんが遅いときには一緒に祝ってやることもあった。
「でもこれ、ちーちゃんちではなんか別の呼び方してたよね?」
「サイコロサラダだろ。もしくはころころサラダ」
「それだ」
「弟たちがそう言うから、ついな」
笑みに呼気を揺らしつつ、由良と場所を入れ替わる。野菜を茹でた鍋を軽く洗い、そこに今度は計量カップで量った白だし五十、水二五〇を静かに注いだ。
「これで、言ってた五倍な」
「はい」
素直に返事をした由良は、俺の手元も横目にちゃんと確認していた。
「できた。これでいい?」
「おー、上出来」
わずかに口角を上げて褒めれば、由良は幸せそうに破顔する。
「じゃあ、次。これを火にかけて、沸騰する前に火を止める」
「沸騰する前に……あ、そっか。ゼラチンは熱に弱いから」
「……そう。よく知ってたな」
「前にちーちゃんに教わったから」
意外だった。たしかに教えたことはあったかもしれない。だけどそれはこの店でクリスマス会をしたときだったから、ゆうに三年以上は前の話だ。
思わず瞠目する俺をよそに、由良が適当なタイミングで火を止める。
「はい。これくらいでいい?」
「ん。そこに粉入れて、よく混ぜる。あんま泡が入らねぇようにできたらもっといい」
こんなに記憶力がいいのに、なんで勉強だけは同じ問題何度も聞いてくるんだよ。
興味の違いか? やる気の問題か?
内心呆れ半分に苦笑しながら、俺は由良の手元を黙って眺める。
「あとはまた粗熱を取って、具を入れたガラス容器にゆっくり注ぐ。それを冷蔵庫でかためて完成」
「あと少しだ」
嬉しそうに呟きながら、由良が残りのメモをとる。
「こんな感じ?」
「おー、いいんじゃねぇか」
「わ、ちーちゃんのきれいすぎる」
店のガラスの容器をいくつか借りて、角切りした野菜の上に、殻をむいたエビをどーんとのせる。エビはあえて切らずにそのままで、けれどもその下の詰め方には性格が出ていた。
思うままに詰めた由良に対して、俺は端から整然と並べていた。別に誰に振る舞うでなし、どっちだってよかったが、じいちゃんがよくそうしていたせいか、気がつけば自然とその形になっていた。
パシャリと、スマホのシャッター音がした。
「なんで俺まで撮ってんだよ」
顔を上げると、由良がカメラを構えていた。
五つ分バットに並べた器を撮っているのかと思ったら、その延長で俺まで被写体に収められていたらしい。
「ごめん、なんかきれいだったから」
「きれいって。テリーヌが、だろ」
「う、うん」
由良はスマホをおろし、ばつが悪いように眉尻を下げた。俺は瞬き、その頭を軽く小突く。
「俺なんか撮っても、容量の無駄だわ」
「そんなことないよ」
だって、ほんとにきれいだったから――。
ややして落とされた声は、冷蔵庫へと向かうために背を向けたあとのことで、俺にはよく聞こえなかった。
じいちゃんの許可を得て、予定通り、店休日の店のキッチンを借りることができた。俺は十時ごろから先に店に、由良はエビとゼラチン、個人的に入れたいというヤングコーンなどを買いにスーパーに寄ってから来ることになった。
店を手伝うときにいつも使っている深緑色のエプロンをつけ、俺は近所の人にもらった野菜や他の材料をチェックする。ほどなくして裏口のドアが開き、エコバッグを下げた由良が姿を現した。
「おはよう、ちー……千尋くん」
「……はよ」
わざわざ言い直された呼び名に一瞬反応が遅れたけれど、なんでもないふりで短く返す。ワークトップにエコバッグを置いた由良に、じいちゃん愛用の黒いエプロンを差し出すと、
「あ、そっか。エプロン……」
ありがと、と微笑ってそれを受け取った。
「じゃあ、早速始めるぞ。今日は四品試作するんだからな。ちゃっちゃとやらねぇとすぐ日が暮れる」
「ん。がんばる」
「お前はちゃんとメモもとれよ」
「はい」
慣れない手付きでエプロンをつけ、頷く由良を横目に俺は取り出したステンレス製のバットを天板に置く。そこに野菜を一種類ずつ並べると、エビは耐熱皿に、水煮のヤングコーンには小さなざるを添えた。
「すごい、野菜いっぱいだ。これ以外に必要なのは……」
「ゼラチンと白だしだな」
「ゼラチンかっこ顆粒、白だし――」
「ひとまず五倍で作る」
「五倍」
かたわらに置いたレポート用紙に、由良はシャーペンを走らせる。清書は後ですることにして、ひとまず気がついたことは全て書き留めているようだった。
「オクラの下茹でと、エビからやる」
「オクラ……!」
「いいから早くやれ」
わずかに上体を引いた由良を一瞥し、まな板の前へと促した。包丁を手に持ち、先に一つだけ手本のように処理してみせる。さっと洗ったオクラのヘタを切り落とし、ガクの部分を林檎の皮をむくように取り除く。そこに軽く塩をかけて表面をこする。
「こんな感じで、とりあえず五つ……だから、あと四つ。塩をかけたあとは、まな板の上で転がしてもいいけどな」
「わかった」
差し出した包丁を受け取った由良は、たどたどしくも見様見真似で手を動かし始める。
思ったほど悪くない。そうだ、こいつは案外器用なのだ。一度教えれば二度教えなくても覚えていることが多い。
「そう、そしたらそのまま鍋に入れる」
「はい」
鍋に沸かしたお湯に五本全て投入し、箸で返しながら二分弱。ザルに上げて、冷水に浸す。冷めてから水気を切って、更にキッチンペーパーで表面を拭いた。
「次はエビ」
「せわた? っていうのをとらないとなんだよね?」
「そう」
頷きながら、軽く洗ったエビをバットに入れる。引き出しから爪楊枝を取り出すと、殻の境目に先端を挿し入れ、背わたをゆっくりすくい上げた。途中で切れることなく引き抜かれたそれを由良に見せ、「こうな」とそのままバトンタッチ。
最初は途中でちぎれたりもしていたけれど、別の境目から同じように引き出して、何とか五尾揃えることができた。耐熱皿に並べたそれに酒と塩を振ってラップをかける。茹でるのと迷った末に選んだのはレンジ調理。その方が由良も自宅で再挑戦しやすいと思ったからだ。
「レンジでできるんだ?」
「ん。500Wで、とりあえず二分……様子見てもう一分って感じだな」
「500Wで、二分……」
レンジにセットし、ふたたびメモをとる由良を横目に、俺は残りの野菜をシンクで洗う。
「ピーって鳴ったら、取り出して粗熱をとる」
「はい」
「あ、その間にパプリカとズッキーニも茹でる」
「パプリカとズッキーニ」
「適当に切って、さっと」
「切って、さっと」
復唱しながらこくこく頷いた由良は、オクラを茹でた鍋でふたたび湯を沸かす。その間にピーマンと同じ要領で切った黄色いパプリカと、縦四つに切ったズッキーニを沸騰した鍋の中へと投入。すぐに「さっとってどれくらい?」と聞かれたので、「まぁ一分」と答えた。
ほどなくして背後でレンジの音がする。中を確認したのは俺で、追加で三十秒ほど加熱してから、ザルに上げたパプリカやズッキーニとともにワークトップの奥においた。
「待って、ちょっとメモるから」
「ん」
由良が手を拭き、これまでの手順を書き留めていく。やはり記憶力はいいらしく、改めて確認されるようなことはほとんどなかった。写真も適宜撮っていて、そのあたりのぬかりはないようだった。
「次、野菜を切る」
「切ります」
「今日はもう、全てコブサラダみてーに切ればいい。ミニトマトも、ヤングコーンも水を切ってそのまま」
「コブサラダ……?」
「これくらい」
ピンと来ていないのは明らかなので、先に俺がまな板の前に立ち、包丁を握る。全てを小さめサイズの角切りに、とそれぞれの野菜を一つずつ手本として切って見せた。
「わかった。コブサラダって、ちーちゃんが去年の俺の誕生日に作ってくれたやつだ。モッツァレラチーズとか、ゆで卵とか入ってた……」
「そう、それ」
由良の誕生日に飯を食わせてやることも珍しくはなかった。ちょうど下の弟と誕生日が同じなのだ。それもあって、おじさんが遅いときには一緒に祝ってやることもあった。
「でもこれ、ちーちゃんちではなんか別の呼び方してたよね?」
「サイコロサラダだろ。もしくはころころサラダ」
「それだ」
「弟たちがそう言うから、ついな」
笑みに呼気を揺らしつつ、由良と場所を入れ替わる。野菜を茹でた鍋を軽く洗い、そこに今度は計量カップで量った白だし五十、水二五〇を静かに注いだ。
「これで、言ってた五倍な」
「はい」
素直に返事をした由良は、俺の手元も横目にちゃんと確認していた。
「できた。これでいい?」
「おー、上出来」
わずかに口角を上げて褒めれば、由良は幸せそうに破顔する。
「じゃあ、次。これを火にかけて、沸騰する前に火を止める」
「沸騰する前に……あ、そっか。ゼラチンは熱に弱いから」
「……そう。よく知ってたな」
「前にちーちゃんに教わったから」
意外だった。たしかに教えたことはあったかもしれない。だけどそれはこの店でクリスマス会をしたときだったから、ゆうに三年以上は前の話だ。
思わず瞠目する俺をよそに、由良が適当なタイミングで火を止める。
「はい。これくらいでいい?」
「ん。そこに粉入れて、よく混ぜる。あんま泡が入らねぇようにできたらもっといい」
こんなに記憶力がいいのに、なんで勉強だけは同じ問題何度も聞いてくるんだよ。
興味の違いか? やる気の問題か?
内心呆れ半分に苦笑しながら、俺は由良の手元を黙って眺める。
「あとはまた粗熱を取って、具を入れたガラス容器にゆっくり注ぐ。それを冷蔵庫でかためて完成」
「あと少しだ」
嬉しそうに呟きながら、由良が残りのメモをとる。
「こんな感じ?」
「おー、いいんじゃねぇか」
「わ、ちーちゃんのきれいすぎる」
店のガラスの容器をいくつか借りて、角切りした野菜の上に、殻をむいたエビをどーんとのせる。エビはあえて切らずにそのままで、けれどもその下の詰め方には性格が出ていた。
思うままに詰めた由良に対して、俺は端から整然と並べていた。別に誰に振る舞うでなし、どっちだってよかったが、じいちゃんがよくそうしていたせいか、気がつけば自然とその形になっていた。
パシャリと、スマホのシャッター音がした。
「なんで俺まで撮ってんだよ」
顔を上げると、由良がカメラを構えていた。
五つ分バットに並べた器を撮っているのかと思ったら、その延長で俺まで被写体に収められていたらしい。
「ごめん、なんかきれいだったから」
「きれいって。テリーヌが、だろ」
「う、うん」
由良はスマホをおろし、ばつが悪いように眉尻を下げた。俺は瞬き、その頭を軽く小突く。
「俺なんか撮っても、容量の無駄だわ」
「そんなことないよ」
だって、ほんとにきれいだったから――。
ややして落とされた声は、冷蔵庫へと向かうために背を向けたあとのことで、俺にはよく聞こえなかった。
