千尋(ちひろ)、これよろしく」
「ん」

 カウンターの上へと差し出された、ドリップしたてのブレンドコーヒーに手を伸ばす。ぴかぴかに磨かれた銀色のトレイにそれをのせ、俺が向かったのは入口近くにあるテーブル席。
 入口のそばとはいえ、観葉植物を置いているため入店した客から丸見えというわけでもないそこに、まるで指定席とばかりに座っていたのは白髪の男で、

「ちーちゃんも大きくなったよなぁ」

 この前見たときはこーんなだったのに。と、両手ですくえるほどのサイズを示して見せる。

「だれがちびだよ」

 はは、と朗らかに笑うその男は、近所で小児科を営む開業医であり、俺のかかり付け医でもあった。
 まぁ、昔はたしかに小さかったのだ。中学を卒業するまでは身長順にならべば前から数えた方が早いくらいだった。その成長過程を知っている分、言われても仕方ないとは思っている。
 だけどそんな俺も高校に入ってからぐんと伸びた。あっというまに一六〇も後半となり、一七〇を超え(成長痛で泣きそうな日々だったが)、いまではそれなりに長身だと思っていた先生も抜いた一七八センチだ。
 だからこそよけい言わずにはいられない。

「そういう先生も年とったよなぁ。昔はあんなに若くてかっこよかったのに……」

 あえてしみじみと返しながら、下ろしたソーサーの上でカップの向きを変える。先生は俺の顔を見て瞬くと、次には大げさなくらい破顔した。
「言うようになったなぁ。まぁ、昔はかっこよかったってのは、褒め言葉として受け取っておくよ」

「言ってろ」

 俺はべ、と舌先を覗かせ、きびすを返す。
 トレイを戻しに行ったカウンターの中では、新聞を読んでいた店主――であり実の祖父(俺のじいちゃん)が、つられたように笑っていた。