お昼寝をたっぷりしたあとは、遊びの時間だ。
 勉強は午前のみ。

 お昼寝のあとは剣の稽古をすると言ったアルトルトを、詰め込み過ぎはよくないとたしなめたのはゼバスティアだった。

「アルトルト様のお身体はお小さい。剣を振るう前に、まずは軽い運動からはじめましょう」

 そもそも三歳児が剣を振るうこと自体が早いのだ。
 無理に素振りなどすれば、変なクセがつくどころか、身体が歪む可能性もある。

 なんで魔王がそんなことを知っているか?
 我に知らぬことなどないのだ!

 そう、一晩で古今東西の人に関する医学書や教育書、一万冊を速読しまくったぐらいには。

 そのなかには名もなき乳母マレーヌの単なる日記というものもあったが、あれが一番参考になった。
 スープで煮込めば苦手なセロリも克服でき、野菜が美味しく感じるマヨネーズのレシピもそこから得た。
 アルトルトも大好きな肉団子のトマト煮など、ありがたく真似させてもらった。

 やはり、実践こそが黄金の定理であるな。

「ですから、午後はのびのびと自由に遊びましょう」

「遊んでいては、身体を鍛えることにならないのではないか?」

「お庭を駆け回るだけでも、十分にお身体を動かすことになります」

「そうか、では、ゼバスと遊ぶ」

「はい、悦んで!」

 思わず大声で叫んでしまい、目を丸くしたアルトルトに、咳払いでごまかしたゼバスティアだった。

 午後は鬼ごっこに、かくれんぼ。
 相手はゼバスティア一人だ。

 無邪気に笑いながら追いかけてくるアルトルトを独占できるのなら、魔王が児戯に真剣になるのも当然である。

 実際、かくれんぼで身を縮めて足を抱えているうちに、いつまでたっても見つけてくれないアルトルトに、
 ま、まさか忘れられているのでは!? などと不安になったことも……決してない!

 「みつけた!」という声とアルトルトの輝く笑顔に、天からの救いか!? と思ったことなども、ない!

「ゼバスはむずかしいところにばかり隠れるんだから」

 と唇をとがらせる可愛い顔に、涼しい顔で「申し訳ありません」と謝りながら、内心では――尊い!尊すぎる!! とデロデロになっていたわけだ。

 さて、最近アルトルトがハマっている遊びとは。

「極悪非道の魔王よ! 姫を返せ!」

 アルトルトが剣を向けているのは――当然? 魔王役のゼバスティアではなく。
 椅子に座った、大きなクマさんのぬいぐるみである。

「ていっ! やあっ!」

 かけ声も勇ましく、クマさんに斬りかかるふりをして、魔王を倒した勇者は――。

「姫、ご無事でしたか!」

 と、椅子ごと倒れたクマさんの横に立つ。
 姫役のゼバスティアに声をかけた。

「ああ、勇者様、きっと助けてくださると信じていましたわ」

 ゼバスティアは胸の前でしおらしく手を組み、感激の姫を演じる。

「姫、このアルトルトも、姫を必ず魔王からお助けすると、あなたへの愛に誓いました!」

「うれしゅうございます、勇者様……」

 片膝をついて騎士の礼を取るアルトルトに、身を屈めて手を伸ばすゼバスティア。
 その手をとり、甲にうやうやしく勇者は口づけた。

 ゼバスティアの蒼白い頬がいささか染まっていたのは、演技ではなく――。

 ────ああ、アルトルトのぷにぷにの唇が……わ、我の肌にぃぃぃ!!

 頭は沸騰しそうで、天にも昇る心地だった。

 そして後日。

「勇者と姫ごっこも、あきたな」

「では、次はどのような遊びをいたしますか?」

 腕を組んでむーんと考えこむアルトルトの愛らしさに目を細めながら、ゼバスティアは訊いた。
 魔王の自分が姫役というのは、たしかにかなり抵抗はあったが――あの“ご褒美”が無くなるのは、残念だった。

「僕は勇者だ」

「そこはお変わりになられぬのですな」

 たしかにアルトルトは勇者だ。それ以外はありえない。
 ゼバスティアは納得した。

 そういえば最近、“ゆうちゃ”ではなく“勇者”としっかり言えるようになった。
 それもご立派です、トルト様――と執事の心で思いつつ。

「ゼバスは“聖女”だ!」

「はぁ!?」

 アルトルトにぴしりとそのちんまりした指で指されて、思わず声をあげてしまったゼバスティアだったが……。

 その後、勇者と二人、“愛の力”によって、やっぱり椅子に座った魔王くまさんを倒したのだった。

 二人で剣を握りあって魔王を倒すときの、あのぷにぷにとした手の感触――素晴らしかった。

 魔王の自分が“聖女”というのは、もうどうでもよかった。