さて、お昼だ。
「ゼバス、僕も作る!」
「ありがとうございます」
離宮のちいさな厨。
もとはメイド部屋だったが、良い子のアルトルトがすやすや眠っているあいだに、
魔界から呼んだ大工たちが一晩で作り上げた特製キッチンである。
「こちらをお好みで重ねてください」
お手伝い用の台にのったアルトルトの前に、
パン、野菜、ハムやチーズなどのサンドイッチの材料を並べる。
「わかった。僕の好きでいいのだな?」
「セロリを抜いてはダメですよ」
ポタージュをかき混ぜながら、ゼバスティアが言うと、
背後から「う……」と小さな声。
振り返らずとも、眉を下げた可愛い顔が思い浮かぶ。
口の端が勝手に上がるのを抑えながら、淡々と続ける。
「セロリごときに怯えていては、ご立派な勇者となって魔王は倒せませんよ」
「せ、セロリなど怖くはない! それにゼバスのマヨネーズなら食べられるし……!」
「ありがとうございます」
そう、セロリ嫌いのアルトルトのために――
この魔王が三日もかけて開発した、特製マヨネーズである!
おいしくないはずがあろうか! と、心のなかで胸を張るゼバスティアだった。
アルトルトがあれもこれもと欲張って重ねたため、
具だくさんだが、ちょっと不格好なサンドイッチが出来上がる。
もちろん、しっかりセロリも入っている。
それに、牛乳たっぷりのポタージュ。
こちらも、煮込んで形がわからなくなったセロリ入りなのは――内緒だ。
デザートは、うさぎの形に切ったリンゴに、カラメルの光るプリン。
「いただきます」
ちょこんと席についたアルトルトが、ちらりと横目で見上げて言う。
「今日もゼバスは一緒に食べてくれないのか?」
「食べておりますよ」
ゼバスティアは皿を片手に、優雅にサンドイッチを口に運ぶ。
アルトルトの横に控えたまま、姿勢を崩さず。
「そうじゃなくて……」
アルトルトが小さくつぶやき、
手に取ったサンドのトマトと目玉焼きの断面に瞳を輝かせて、がぶり。
口の端についたケチャップを、ゼバスティアがさっとナプキンで拭ってやる。
「…………」
アルトルトは、その自分の顔を恨めしそうに見上げた。
上目づかいの大きな瞳が愛らしい。
まるで仔犬がおねだりするような、その姿。
言いたいことはわかっている。
一緒のテーブルで、並んで食べてほしい――そう言いたいのだろう。
だが、アルトルトは王子であり、ゼバスティアは執事。
主人と使用人が、同じ席で食事など――けしてありえない。
いくらこの場が二人きりでも、“けじめ”はつけねばならぬ。
「トルト様のサンドイッチは、とても美味しゅうございます」
「僕は、はさんだだけだぞ?」
「それでもです。トルト様が作ってくださったと思うだけで、美味に感じます」
「それは、僕がゼバスのご飯を美味しいと思うのと同じだな!」
少し不満げだったアルトルトの顔が、ぱっと笑顔に変わる。
「このポタージュも大好きだ!」と、ご機嫌な声を上げる。
――本来なら、使用人が食事の姿を主人に見せるなど、あってはならない。
しかし、アルトルトの喜ぶ顔が見られるのなら……と、
つい甘くなってしまうゼバスティアだった。
お昼のあとは、食後のお茶を飲んで、うとうと。
椅子で舟をこぎはじめたアルトルトを、ゼバスティアがそっと抱き上げてベッドへ運ぶ。
すやすやと眠る姿は、神聖にして清らか。
ベッドの傍らで膝をつき、思わず祈りたくなるほどに――いや、魔王がなにを祈るんだ、だが。
ぷくぷくした頬。
薔薇色に色づいたほっぺに、長いまつげの影。
閉じた瞼の下でも、愛らしさが隠しきれない。
普段の天真爛漫さが静まり、神秘的でさえある。
……その寝顔を、無表情のままじっと見つめる魔王。
実際のところ、悶々と想いを飛ばしている。
お昼寝する幼児に熱視線を送りながら微動だにしないその姿を見たら――
側近たちは、きっと涙するだろう。
魔王様、それではヘンタイです!
――本人は、あくまで「執事として主人の眠りを見守っている」つもりである。
そして、そんな視線をガンガン受けながらも、すぅすぅと眠り続けるアルトルト。
さんちゃいにして勇者、さすがであった。
