「よい覚悟だ」

 デュロワは豪快に笑った。
 ゼバスティアは怪訝な表情を浮かべる。

「試すようなことをした。すまなかったな。
 アルトルト殿下はお前を“自分の大切な執事”だと私に紹介した。
 その大切な執事を、どうして私が殿下から勝手に引き離せよう。
 当然、お前は殿下と共にあるべきだ」

「ありがたき幸せ。閣下、感謝いたします」

 人間ごときに試されたとは業腹だ。
 だが、“アルトルトの大切な執事”という言葉に、胸の奥が少し熱くなる。

 ゼバスティアは胸に手を当て、深々と一礼した。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 王宮。

 本日は珍しく、最近は途絶えていたアルトルトからの書簡が父王パレンスに届いた。
 それは幼いながらも、しっかりとした文字で綴られた直筆の手紙。

『父上におかれては御政務にお忙しいと思われますが、
 今晩はこのアルトルトと共にお食事しませんか?』

 ――とのことだった。

 そこへ、ザビアの侍従が王の執務室を訪れ、
 「本日は王妃様も晩餐を共にされたいとのことです」と告げた。

 パレンスはアルトルトの書簡を机の引き出しにしまい、
 「そうか」とだけ答え、承知した。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 王の食卓。

 後ろにカイラルを引き連れて入ってきたザビアは、
 テーブルに並ぶ山のような肉料理を見て、うんざりと顔をしかめた。

 鳥、豚、牛、羊――
 王の前に並ぶのは、肉、肉、肉の山である。

 この夫婦、普段は食卓を共にしない。
 ザビア曰く――

「朝からぶ厚いベーコンにソーセージ、
 ゆで卵をいくつも口に放り込むのを見るだけで、
 明日の朝まで何も食べたくなくなるのよ」

 ――とのこと。
 要するに、食の趣味が合わないのだ。

 ザビアの前には、サラダとエビと野菜のゼリー寄せ、
 白身魚のグリルなど、美容に良いとされるメニューが並ぶ。
 息子カイラルにも同じものが供されていた。

 カイラルはちらりと、肉の塊を美味そうに頬張る父王を見やる。
 が、すぐに母の鋭い視線が飛んできて、大人しくサラダを口にした。

『お肉ばかり食べては、頭が脂に詰まってお父様のようになりますよ!』

 母親の言葉を思い出し、彼は口を閉じる。

 家族らしい会話のない、無言の晩餐。

 その静けさを破ったのは、侍従の焦った声だった。

「お待ちください!」

 何事かと一同が扉の方を振り向く。

 そして――

 食堂の大扉が開き、現れたのは黒髭の隻腕大公、デュロワ。

「やあやあ、これは陛下も王妃殿下もおそろいで」

「ベルクフリート大公! いくらあなたでも、国王の晩餐の席にいきなり立ち入るとは無礼ではなくて?」

 呆然としたままのパレンスをよそに、
 ザビアが鋭い目をして入口に立つ大公を睨みつける。

 しかし、デュロワはまったく怯まず――

「その国王陛下の晩餐に、私は“招待された”のですがな?」

「招待? あなたなどここに招いては――」

 王妃の「あなたなど」という言葉が終わる前に、
 デュロワは穏やかに続けた。

「アルトルト殿下の晩餐に、私は招かれたのです。
 陛下や王妃殿下にも、招待状が届いているのでは?」

 デュロワの深緑の瞳にじっと見つめられ、
 パレンスは「……ああ、ええ、確かに」と頷いた。

 ザビアは“なぜ正直に言うのよ!”とでも言いたげに顔をしかめる。

 たしかに彼女のもとにも、
 アルトルトから「父上と母上にカイラルもいかがですか?」
 との招待状が届いていたのだ。

 これはいつものこと。
 だから普段は夫と食卓を別にする彼女も、この時ばかりは“参加”する。

 ――もちろん、アルトルトと食事をさせないために。

「しかし、なにか行き違いがあったようですな。
 陛下とて、うっかりアルトルト殿下とのお約束をお忘れになることもあるでしょう」

「あ、ああ。うっかり忘れて、いつものように夕餉をとろうとしてしまった」

 パレンスはそう言いながら、手にしていたモモの丸焼きを
 名残惜しそうにテーブルへ戻した。

「では、アルトルト殿下の晩餐にまいりましょう。
 きっとこちらと変わらぬ温かな料理を揃えて、お待ちでしょうから」

「あ、ああ……」

 デュロワにうながされ、
 パレンスは食卓につっかえるほど突き出た腹を持てあましながら立ち上がる。

「兄上のところに行くのですか?」

 カイラルが嬉しそうに声を上げて立ち上がりかけたが――

「あなたはここに残りなさい」

「……はい」

 ザビアの冷たい声に、カイラルはしょんぼりと腰を下ろした。

 憤然とした王妃は、椅子を蹴るように立ち上がり、
 先を行く二人の男のあとに続いた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 本宮殿の裏にある離宮。

「父上、母上、大叔父上――ようこそいらしてくださいました」

 ゼバスティアに案内され、
 パレンス、ザビア、デュロワの三人が食堂に入ると、
 アルトルトが笑顔で出迎えた。

 四人で囲むのにちょうどよい円卓。

 その各席に並ぶ小さな皿を見て、パレンスはギョッとした。

 そこには――
 冷えた固いパン一つと、冷めた野菜くずのスープ。

 彼の顔から、血の気が引いた。