「やあやあ、我こそは、グリファニア王国王子、勇者アルトルトなり!
 極悪非道の大魔王! いざ尋常に勝負しろ!」

 魔王城の玉座。
 【お迎え】の魔法陣から現れた四歳の勇者は、昨年よりいっそう凜々しくなっていた。

 去年は噛んでいた口上も、今年は最後まではっきりと言えるようになったのだ。

 ぷっくり丸い頬はそのままに、線が少しすっきりとして、
 将来は姫君たちの頬を赤らめさせる美男になるだろう兆しが早くも見える。

 背もぐんぐんと伸び、同じ年頃の男子よりもすらりとした均整の取れた姿。
 その成長ぶりに、誰もが今後を楽しみにせずにいられなかった。

 なによりも──光そのもののような金色の髪に、青空のような瞳。

 いやいや、光そのもので当然だ、と玉座の上で足を組み、余裕を装う魔王ゼバスティア。
 今朝も変わらず、執事「ゼバス」としてミルクティーを捧げ、朝食のリクエストを完璧に叶えた。

 ブリッシュ生地のフレンチトースト、カリカリベーコンの目玉焼き、
 トマトとクレソンのサラダに、デザートはオレンジのきらめくゼリー。
 すべてが勇者のための一品である。

 そして金色の髪には、魔王自らブラシを入れた。
 完璧なブラッシングだ。輝く髪がさらに光をまとうのは当然である。

 そういえば──三歳の時は、あの美しい髪が少しくすんでいたものだ。
 ──おのれ、愛らしいアルトルトの髪をおろそかにするとは何事だ*
 使用人どもは今までなにをしていた?と怒りを覚えたものである。

 本日の勇者の装いも、もちろんゼバスティアが用意した。
 空色の瞳に似合うチュニックと、それに合わせた蒼のマント。

 四歳の身体に負担をかけぬよう、魔界の妖蜘蛛に織らせた羽毛より軽い布。
 背には金糸で縫い取った王子の紋章──守りの魔法入り。

 翼ある一角獣とグリフォンが、勇者の盾を支える意匠。
 魔王が夜なべでチクチクと刺繍した、勇ましくも華麗な一品である。

 なんて凜々しく愛らしい勇者の衣装!
 すべてを整えた我こそ天才! と、ゼバスティアは内心で自画自賛し、
 玉座で身もだえしたい衝動を必死に押さえていた。

 そうそう、本日の魔王の装束も、【勇者のお誕生日会】のために新調したものだ。

 ゆうちゃさんちゃい──じゃない、勇者三歳のときは普段着だったことをひどく後悔したのだ。
 初対面だというのに、黒づくめの部屋着姿だったとは!

 え? 今までの歴代勇者?
 そんな烏合の衆と会うときは、寝間着のガウン一枚で寝台から起き、
 寝起きのまま世界の果てに放り投げてやったが、何か?

 ともかく本日は、黒のレースのクラバットに胸元を飾る黒ダイヤ。
 光沢ある黒糸で縫い取った長衣に、黒鳥の羽と黒真珠をあしらったマント。

 結局黒づくめではないか? うるさい!
 魔王の装束は黒と決まっている! それが魔界の美学だ!

「よくぞ、そなたのお誕生日会──ではない!」

 いかんいかん。
 この一年手塩にかけた最高傑作の凜々しい姿に、つい本音が出かけた。

 ゼバスティアは咳払いし、いかにも余裕のあるふうを装って長い足を組み直す。
 小さな勇者の視線から、美しくも威厳ある角度を完璧に計算して。

「ごほん、ごほん! よくぞまあ、今年もこの魔王城の玉座まで来れたものだ」

 ふんす! と両足を少し開き、勇ましく立つアルトルト。
 なんとも可愛らしい。いずれは立派に育つだろうが、今はコロコロとした仔犬のよう。
 その太い四つ足で踏ん張る姿に、ゼバスティアの心は撃ち抜かれた。

 もう頭からバリバリ食べてしまいたい──
 無表情の裏で万華鏡のようにくるくる変わる心情に、魔王はうつつを抜かす。

「さあ、お誕生日の贈り物──ではない!
 たった一人でここまで来た褒美をだな……」

「問答は無用! 大魔王よ! 成敗してくれる!」

「ぐはっ! 不意打ちとは卑怯な……!」

 突撃してきた小さな身体を受けとめ、同時に床へ倒れながら、
 ゼバスティアは魔法でふわりと勇者を横に着地させる。

 魔王だから、この程度は当然である。

 ……が、棒読みのセリフと、派手に倒れる姿は相変わらず大げさすぎた。
 物陰から見ていた配下たちは、
 「魔王様、演技ヘタすぎてバレバレです」と小声でツッコミを入れる。

 倒れた魔王を見て「どうだ!」と胸を張る勇者に、
 「ふはははははは!」と高らかに笑い声をあげて起き上がるゼバスティア。

 それも普通にではない。
 小さな勇者を押しのけるようにふわりと浮かび上がり、玉座の前へと着地した。

「我は不滅! これぐらいのことで滅びると思ったか? 甘いぞ勇者!」
「むうっ! しつこい奴め!」

 そう叫びながらも、ゼバスティアは眉間を押さえていた。

 小鞠のように跳ねる勇者の体当たり、その剣の先がぷすっと刺さったのだ。
 さすがオルハリコンの剣。刃は落としてあったが、先は少々とがっていた。

 この魔王の肌に傷をつけるとは、さすが勇者。
 日々の素振り「てえぃ!」「やあっ!」を見守ってきた甲斐があった。

 ……いや、普通の人間なら眉間にプスリで昇天しているぞ。
 我、魔王でよかった。

 ゼバスティアは白い指でもみもみと眉間を押さえ、瞬時に傷を消す。
 眉間に穴を開けた格好悪い姿など、愛らしい者に見せられるわけがない。

 そして再び剣を構える勇者に、魔王は片手を突き出した。

「ちょっと待った! 我はまだ復活したばかり。
 そのような弱った者に刃を向けるなど、勇者として卑怯ではないか?」

「たしかに……ゆうしゃは、ひきょうなことはできないな」

 よし、今年も引っかかった──。
 素直な良い子の勇者に、内心ジタバタしながらも涼しい顔を保つゼバスティア。

 心の中では手足をばたつかせて転げ回っているが、外見は完璧な魔王である。

 これも修行か。
 魔王として“出現”してから努力などしたことのない我が、勇者のために修行している──!
 なんて崇高な精神だ!

「ならば、また一年後に勝負としよう。
 今年と同じようにお迎え──ではない。
 そなたの前に、この恐怖の大魔王の玉座へと続く転送門が開くであろう」

「わかった! では、また来年の僕の誕生日だな!」

 こくりと頷いたアルトルトが、すたんすたんと──去年の“とてとて”よりも成長した足取りで歩き去ろうとする。

 ゼバスティアは玉座から短距離を転移して、慌ててその前に立ちはだかった。

「ちょっと待ったぁあああ!!」

「せっかく用意した、お誕生日ケーキに、たくさんの贈り物も受け取らずに帰る気かぁああ!?
 そなたのために、この我が全力で用意したお誕生日会を──!」

 しまった。
 また本音が出てしまった。