美丈夫の大公と、可愛らしい王子が踊る姿を、人々は微笑ましく見つめていた。

 さらに大公は踊りながら、すれ違う人々に「おひさしぶりですな、男爵どの」や「久々だな、卿」と声をかけ、それにアルトルトも「はじめまして」と挨拶を返す。

 曲は三曲目となり、子爵や男爵、騎士たちが踊ってよい時間だ。
 彼らは先代勇者たる大公と、今の勇者王子に声をかけられる光栄に、頬を高揚させ笑顔で応じていた。

 王妃ザビアはそんな明るい広間中央の様子が、当然ながら面白くない。
 自分が彼ら子爵や男爵、騎士たちの挨拶の列を無視した無礼など、頭の片隅にもない。

「カイラル、この母と踊りましょう」

「あ、ははうえ……」

 息子の手を取って、広間中央へと出ようとした。
 だが、カイラルはマントに埋もれた小さな姿。
 しかも、母はいつも子供の手など取ったこともなく、世話は侍女任せ。気遣いなどまったくなく、自分の歩みでずんずんと前へ出た。

 カイラルは引きずられるように二、三歩、よたよたと進み、マントの裾を踏んで──ぴたん、と床に転んでしまった。

 うわあああああああああ~ん!

 盛大な泣き声に、ザビアは狼狽し、付きの侍女である伯爵夫人の名を呼んで「なんとかしなさい!」と声を上げた。

 その態度は、我が子を気遣うものではなく、ただ「思い通りにならない」苛立ちをあらわにしているだけだった。

 伯爵夫人がなだめても、カイラルは泣き止まない。
「かえりたい」とくり返すばかりだ。

 重いマントに、重い宝石。
 アルトルトより少し遅れて、ついこのあいだ三つの誕生日を迎えたばかりの幼児である。
 よくここまで耐えたほうだろう。

 しかし王妃ザビアは、「これでは自分が恥をかく」とばかりに、
「カイラル、ご機嫌を直して。この母と踊れば楽しくなりますよ」
 と猫なで声を出す。
 けれど、カイラルは「やだ!」と泣き続けるばかりだった。

 誰もが顔を見合わせるなか、床にうずくまり泣きじゃくるカイラルに──とことこと歩み寄る影があった。

 アルトルトだ。

 誰に促されるでもなく、自分からカイラルのもとへ向かう。
 デュロワもその行動に軽く目を見開き、静かに後を追った。
 ゼバスティアもまた、広間の隅でじっと見守っている。

「カイラル、僕と踊ろう」

 アルトルトは片膝をつき、泣きべそをかく弟と視線を合わせ、やわらかく笑いかけた。
 カイラルはきょとんと兄の顔を見つめる。

「アルトルトにいさま……」

 おずおずと、その名を口にする。
 昼間の式典にアルトルトも出席していたのだから、その顔は覚えていたのだろう。

「痛いところはないか?」

「はい」

 アルトルトはカイラルの両手を取って、そっと立たせた。
 そして後ろに立つデュロワを振り返る。

「大叔父上、僕とカイラルのマントを預かってください」

「おお、わかった」

 デュロワはまずカイラルの重いマントを取り、次にアルトルトの軽いマントも受け取って、両方を腕にかけた。

 ふう……とカイラルが息をつく。
 頬は真っ赤だ。
 たしかに、この人いきれのなか、重い毛皮のマントに包まれては暑くもなるだろう。

「さあ、この二人の紳士にふさわしい、可愛らしい音楽をかけておくれ」

 デュロワが指示を出すと、楽団員たちは笑顔でうなずき、目配せしあって軽やかな音を奏で始めた。

 それは──仔犬がくるくると遊び戯れるような、名曲のワルツ。

 アルトルトはカイラルの手を取り、くるくるとゆっくり回りはじめる。
 それはステップなどない、ただ手を取り合って回るだけのもの。

 けれど、頬を上気させ、幼い兄弟が笑顔で踊る姿に、人々の口元には自然と微笑みが浮かんだ。

 回るのが楽しくなったのか、カイラルはケラケラと笑い声を上げ、はじめはゆっくりだった回転を自ら速くしていく。
 それにアルトルトも「たのしいね」と笑顔で合わせて──

 最後は勢いがつきすぎて、二人そろって尻餅をついてしまった。

 人々は「あっ」と息をのむ。
 ゼバスティアも、マントを持っていたデュロワも、思わず一歩前へ出た。

 だが、子供たちは一瞬きょとんとしたあと、顔を見合わせて笑い出した。
 そしてお互いに手を取り合って立ち上がり、またくるくると回り始める。

 その光景に、大人たちも顔を見合わせて笑い合い、今度は彼らを囲むようにして踊り始めた。

 こうして王宮舞踏会は、大団円を迎えたが──

 一人、面白くない顔の王妃ザビアだけが、取り残されたのだった。