放課後。
いつも通り、遥桜と並んで歩いていた。
「小春と二年生同じでよかった!修学旅行も一緒だし!」
弾んだ声が横から響いてくる。けれど私の心は、ずっと白川朔のことでいっぱいだった。
「遥桜、あのね」
思わず名前を呼ぶと、彼女が首を傾げて振り返る。
「昨日話した、不思議な男の子のこと覚えてる?」
「勿論!」
笑顔で頷くその表情に、胸の奥を押されるような感覚が広がった。
「その彼がね……同じクラスで、しかも後ろの席だったの」
自分の口から言葉が零れた瞬間、遥桜の目がまん丸に見開かれる。
「え、それって運命じゃない!?」
私は慌てて首を横に振った。
「違うってば。そんな偶然、ただの――」
「いやいや!」遥桜は食い気味に私の肩をつつく。「初めての図書館で出会って、次の日にまたぶつかって、名前も知らないまま同じクラス? それ以上の運命ってある?」
「だから、違うってば!」
思わず声が大きくなってしまう。自分でも驚くほど強く否定していた。
そのときだった。
「……何やってるの?」
背後から低い声が落ちてきて、心臓が大きく跳ねた。
振り返った視線の先に、白川朔が立っていた。
夕陽が差し込む窓明かりに照らされて、彼の横顔の輪郭だけが鮮やかに浮かび上がる。
声が出ない。言葉を探そうとしても、喉が固まってしまう。
ただ胸の奥で、何かが熱く音を立てていた。
そんな私の横で、遥桜が小さくニヤリと笑う。
「ほらね、噂をすればでしょ?」
「白川くんだっけ?同じクラスの。帰る方向、一緒だったんだね」
先に口を開いたのは遥桜だった。
「うん。こっちの駅の方が近いから」
朔は少しだけ歩幅をゆるめて、私たちに合わせてくれる。
「なるほどね。白川くん……じゃなくて、朔、だったよね?朔って呼んでもいい?」
にこっと笑いながら遥桜が言うと、ぱっと視線をこっちに振ってきた。
「ね、小春もそう思うでしょ?」
突然ふられた私は驚いて、慌てて首を横に振る。
「ち、違っ……!」
声にならない声が漏れるけれど、遥桜はお構いなしに笑った。
「そんな照れなくたっていいのに。ね、朔もそう思うでしょ?」
「うん……まぁ」
困ったように後頭部をかく彼の仕草に、胸がまた熱くなる。
「じゃあ、決まり!私たちのことも呼び捨てでいいから。さ、駅まで一緒に行こ!」
遥桜は楽しそうに両手を広げて歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
慌てて後を追いながら、私は彼の存在がすぐそばにあることを意識しすぎて、うまく息ができなかった。
三人で並んで歩く道。夕陽に照らされた影が長く伸びて、少し照れくさくて、でもあたたかかった。
「クラス一緒だし、修学旅行も一緒だね。小春、よかったね!」
遥桜が笑顔で私の背中を押す。
「……うん」頷きながらも、心は全然落ち着かない。隣を歩く彼の横顔が、夕暮れに淡く浮かんで見えた。
しばらくは私が遥桜に隠れて彼とただ歩いてるだけだった…
ふいに遥桜が「あっ」と声を上げる。
「ごめん、小春!ちょっと寄り道あるの忘れてたから、ちょっと先行ってて!」
「え、ちょ、ちょっと――」呼び止める前に、彼女は軽やかに手を振って駆けて行った。
残されたのは、私と彼。
言葉が出なくて、ただ足音だけが並んで響いた。
横目でそっと覗いた彼の横顔に、胸の奥がぎゅっと詰まる。
河川敷を2人でただただ歩いている時間が過ぎる。
「……そういえば」
彼がふと思い出したように言う。
「あの図書館よく使うの?」
一瞬、足が止まる。
「え?」
「ほら、昨日と、一昨日?君に会ったけどもっと前から使ってたのかなって」
「ううん…一昨日が初めてだったよ」
「そうなんだ。俺はねあの図書館によくあるから、もしかしたらまた会うかもね」
そう言いながら彼は微笑みながら私の目を見た。頬が熱くなるのを感じて、慌てて顔をそらした。
春の風がちょうどその瞬間、髪をさらっていった。
「朔くんはさ、本好きなの?」
不意に口を開いた私に、彼は少し驚いたように目を見開き、それから柔らかく微笑んだ。
「うん……好き。本は、俺のすべてだと思ってるんだ。何かあった時、本の中に逃げ込めば、何も考えなくていい。それだけで、ちょっとだけ幸せになれる気がするんだ。」
その笑顔は穏やかだったけれど、どこか寂しげで、儚い影を落としていた。
「小春は?本、好き?」
「うん……私も。本にたくさん救われてきたから。」
ひとりぼっちだった時間を、埋めてくれたのはいつもページの向こう側の世界だった。
彼は少しだけ歩調を緩めて、私の方を見た。
春の陽ざしが、彼の横顔をやさしく照らす。
「だったら……俺たち、仲間だね。」
「え?」
思わず顔を上げると、彼の笑みが風に揺れていた。
川面がきらきらと光を跳ね返し、二人の影だけが静かに並んで伸びていた。
