咲かない春に、君を想う

 大学の構内に、桜が咲いていた。

 春になるたび、胸がざわつく。ふとした風の匂いにも、あの春の記憶が混じる。
 もう何年も経ったはずなのに、私はいまだに桜にうまく笑えない。

 「――来年も桜、見ようぜ」

 その言葉が、ずっと胸に刺さったまま、抜けないでいる。

 あれから、三度目の春。
 講義の合間、図書館へ向かう途中、ふと見かけた後ろ姿に足が止まった。

 誰かと間違えたわけじゃない。
 けれど、その人の雰囲気が、言葉にできないほど懐かしくて、思わず目を奪われた。

 図書館のカウンター横の閲覧席で、静かに本を読んでいた彼。
 顔を見た瞬間、心の奥で何かがひどく軋んだ。

 「……似てる」

 言葉には出さなかった。出せなかった。
 それでも、そう思わずにはいられなかった。
 彼に、どこか――ほんの少しだけ。

 もちろん、違うってわかってる。
 彼はもう、この世界にはいない。あの春、私を残して先に行ってしまったから。

 でもその日から、止まっていた時間が少しずつ動き出す音がした。
 彼を忘れたわけじゃない。思い出に蓋をしたわけでもない。
 それでも、私の心に新しい風が吹き始めていた。

 春が来るのが怖くなくなる日なんて、きっと一生来ないと思ってた。
 でも、もしこの春が、何かを変えてくれるのだとしたら。
 私はもう一度、あの場所に立ってみようと思う。

 そしてまた、桜の下で願ってみたい。

 ――「来年も、桜が見られますように」って。