80年前_鹿児島県鹿屋市
夜明け前の鹿屋基地。湿った海風が廉太郎の頬を撫でる。聞こえるのは機体のプロペラ音、整備兵達の声、大佐の狂気に満ちた声。そして、自身の心臓の音。廉太郎は襟巻きに顔を埋め深く息を吸い込む。油と鉄が染み込んだ匂いの中に、どこか桜の花弁のような甘い匂いがした気がした。いや、気のせいだろう。出撃前で気が滅入っているだけだ。廉太郎はぶんぶんと頭を振り、余計な考えを打ち消す。
神谷廉太郎、20歳。彼は今日、人間爆弾・桜花に乗り込み、日本国のために、その生涯を終える。
「神崎二飛曹。」
背後から呼ぶ声に振り向く。そこには、年配の大佐が立っていた。端正な顔立ちに、深い皺。厳格な目の奥には、日本国の絶対勝利を信じて疑わない思いが込められていた。
「祖国の未来は、貴様のような若者に託されている。貴様の死を持って、日本国は勝利と近づく。その生を祖国のために散らすこと、誇りに思え。」
「…はい。必ずや敵艦をこの手で撃破してみせましょう。」
廉太郎は大佐に敬礼し、静かに微笑んだ。彼もまた、同じく信じているのだ。自身の犠牲の上に立つ未来があると。
「桜花…我が愛機…こんな棺桶に桜花なんて名前をつけるなんてな…これも日本人の情緒の豊かさかね…」
廉太郎は桜花を撫でながら、誰にも聞こえない程の小さな声で呟いた。
廉太郎は一式陸上攻撃機、通称イッシキに乗せられ、敵艦の近くまで運ばれる。その時間はまるで、死刑執行を待つ囚人のようだ。
「廉太郎!!敵艦が見えた!!」
イッシキを操縦している同期の声を合図に、彼は桜花へ乗り込む。狭い操縦席に体を収め、風防を閉めた。廉太郎が二度と、生きて帰ることが叶わなくなった瞬間だった。彼の世界が静かになり、心臓の音だけがやけに響く。不思議と恐怖は感じていなかった。この瞬間を心待ちにしていたのだろうか。むしろ気持ちが高揚しているような気さえする。
「征きます。」
彼は息を大きく吸い込み、イッシキへ合図を送る。その瞬間、桜花はイッシキから切り離された。
敵艦の影が夜明けの光に照らされている。廉太郎は敵艦目掛け、一直線に突入する。
次の瞬間、視界が光に包まれ、空と海が溶け合った。痛みは感じない。彼の心は不思議と静かだった。
_どうか、未来を生きる若者が、平和な時代に生まれますように_
廉太郎はその想いを胸に、桜花と共に散って逝った。
夜明け前の鹿屋基地。湿った海風が廉太郎の頬を撫でる。聞こえるのは機体のプロペラ音、整備兵達の声、大佐の狂気に満ちた声。そして、自身の心臓の音。廉太郎は襟巻きに顔を埋め深く息を吸い込む。油と鉄が染み込んだ匂いの中に、どこか桜の花弁のような甘い匂いがした気がした。いや、気のせいだろう。出撃前で気が滅入っているだけだ。廉太郎はぶんぶんと頭を振り、余計な考えを打ち消す。
神谷廉太郎、20歳。彼は今日、人間爆弾・桜花に乗り込み、日本国のために、その生涯を終える。
「神崎二飛曹。」
背後から呼ぶ声に振り向く。そこには、年配の大佐が立っていた。端正な顔立ちに、深い皺。厳格な目の奥には、日本国の絶対勝利を信じて疑わない思いが込められていた。
「祖国の未来は、貴様のような若者に託されている。貴様の死を持って、日本国は勝利と近づく。その生を祖国のために散らすこと、誇りに思え。」
「…はい。必ずや敵艦をこの手で撃破してみせましょう。」
廉太郎は大佐に敬礼し、静かに微笑んだ。彼もまた、同じく信じているのだ。自身の犠牲の上に立つ未来があると。
「桜花…我が愛機…こんな棺桶に桜花なんて名前をつけるなんてな…これも日本人の情緒の豊かさかね…」
廉太郎は桜花を撫でながら、誰にも聞こえない程の小さな声で呟いた。
廉太郎は一式陸上攻撃機、通称イッシキに乗せられ、敵艦の近くまで運ばれる。その時間はまるで、死刑執行を待つ囚人のようだ。
「廉太郎!!敵艦が見えた!!」
イッシキを操縦している同期の声を合図に、彼は桜花へ乗り込む。狭い操縦席に体を収め、風防を閉めた。廉太郎が二度と、生きて帰ることが叶わなくなった瞬間だった。彼の世界が静かになり、心臓の音だけがやけに響く。不思議と恐怖は感じていなかった。この瞬間を心待ちにしていたのだろうか。むしろ気持ちが高揚しているような気さえする。
「征きます。」
彼は息を大きく吸い込み、イッシキへ合図を送る。その瞬間、桜花はイッシキから切り離された。
敵艦の影が夜明けの光に照らされている。廉太郎は敵艦目掛け、一直線に突入する。
次の瞬間、視界が光に包まれ、空と海が溶け合った。痛みは感じない。彼の心は不思議と静かだった。
_どうか、未来を生きる若者が、平和な時代に生まれますように_
廉太郎はその想いを胸に、桜花と共に散って逝った。
