「あ、そういえば俺、恋人できた」
「へ?」
親友の森谷からそんな報告を受けたのは、渡り廊下であぐらをかきながら昼ごはんのたまご蒸しパンを頬張っている時だった。
思わず飲み込むタイミングを間違えて喉に詰まらせている俺に「大丈夫かよ?」と、森谷はスマートに水を渡してくれた。
「ゲホゲホっ、だ、大丈夫、大丈夫! 恋人ってもしかして塾が一緒の?」
「うん、昨日から付き合いはじめた」
「マジか! おめでとう!」
森谷に親しい人がいることは前々から聞いていた。森谷は好青年なだけじゃなく、手のかかる弟に似ているという理由で、俺の面倒もよく見てくれるほど、とにかくいい男だ。
「じゃあ、カップルのふりも今日で終わりにしなきゃだな」
俺と森谷は、わけあって付き合っているふりをしている。そうしたほうがいいと提案してくれたのは、他でもない森谷だ。
俺は昔から人に対して警戒心がなく、無意識に相手を勘違いさせたり、迫られたりしがちだった。そんなトラブルを回避するため、去年から森谷に彼氏のふりをしてもらっていたけど、恋人ができたからには甘えるわけにはいかない。
「いや、学校ではこのまま彼氏役をやり続けるよ。恋人にもちゃんと話してあるから」
「ダメダメ! 森谷は恋人にだけ優しくしてろ」
「でも、天使には過激なファンが付いてるから、俺みたいなのが隣にいないと危ないって」
「う、うーん」
そう言われても……と、腕組みをして考える。
自分で言うのもおかしいけど、俺はかなりビジュがいい。モテ期が途切れたことはなく、小さい頃から『天使くん、天使くん』と持て囃され、本名は楢橋みうだけど、高2の今でもあだ名は〝天使〟で通っている。
天使と呼ばれるのは好きだし、自分でも天使だって思ってるけど、森谷の言うとおり一部には過激なファンもいる。
スマホを替えても連絡先はすぐ出回るし、家の住所も筒抜け。小中時代の卒アルが当たり前に流失してるだけじゃなく、出待ち・盗撮は日常茶飯事になっている。
「さすがに森谷以外の人に彼氏のふりをさせるわけにはいかないじゃん? 俺は助かるけど、相手にはなんのメリットもないわけだし」
「ふりじゃなくて、天使も恋人を作ったら?」
「え、む、無理、無理! 人間的に好きな人はいっぱいいるけど、恋愛のす、すきとかよくわかんないし……」
「天使って人たらしなのに誰よりもウブだよな」
「そ、そうだよ、悪かったな!」
顔を真っ赤にしながら、残りの蒸しパンを一気に口の中に入れた。
友達はたくさんいるし、誰とでもすぐ仲良くなれるから距離感もバグってるってよく言われる。色んな人から有難いことに好かれているけど、付き合いたいと思ったことは一度もない。
そもそも付き合うって、なにをするんだろう? カフェめぐりとか?
「彼氏が無理ならボディーガードをつけるとか?」
「ボディーガードなんて雇うお金ないよ」
「雇わなくても利害が一致してればいいわけだし、やってくれそうな知り合いいないの?」
「ボディーガードをやってくれる人なんて――」
「俺じゃダメですか?」
渡り廊下に、一瞬静かな間が落ちた。背後から聞こえた声にゆっくり振り向くと、そこには真剣な顔をした男子生徒が立っていた。
「えっと……君、誰?」
「急にすみません。俺、一年の城築すみって言います」
前髪で目を隠しているすみは、俺より20センチ以上は大柄で、制服の上からでもわかるほどがっしりした体つきをしていた。
「俺、空手部に入っているので、みう先輩のことを守れる自信があります」
「え、みう?」
「名前、みう先輩ですよね?」
「そう、だけど……」
天使と呼ばれすぎて、本名だとちょっと照れる。この状況をどうするべきか森谷に視線を送ると、ぽんと肩を叩かれた。どうやら話くらい聞いてやれということらしい。
「とりあえず、ここに座って」
森谷の気遣いでふたりきりになり、俺は床を二回ほど叩いて腰を下ろすように促した。
「はい、失礼します」
「いや、正座じゃなくていいよ」
「でも、面接ですよね?」
「め、面接っ?」
「俺がみう先輩のボディーガードに相応しいかどうか判断するんじゃないんですか?」
「真面目か!」
かしこまりすぎて、こっちの調子が狂いそうになる。
「別にすみを分析したいわけじゃないよ。ただなんで俺のボディーガードになりたいなんて言ってくれたのかなって」
「俺、みう先輩のことが好きなんです」
「ん?」
「みう先輩を一目見た時から、ずっと片思いしてました」
「んん?」
あれ、今、告白された……? されたよね? え?
展開が速すぎて頭がついていかない。でも、俺に好意を持ってくれているなら話は色々と変わってくる。
「ごめん、ボディーガードをお願いするのは難しいかもしれない」
「なんでですか?」
「俺たちの話をどこまで聞いてたかわからないけど、ボディーガードをつけたほうがいいってなったのは過激なファンがいるからなんだ」
「理解してます」
「いやいや、してない。だって、すみは俺のことが好きなんだろ?」
「はい、誰にも近づいてほしくありません」
「えっと、気持ちは嬉しいけど、はっきり言うね。過激なファンとすみの違いは……?」
「俺はみう先輩を追いかけ回したりしないし、嫌がることも絶対にしません!」
勢いのまま手を握られた。痛い、強い、折れる……!
「わ、わかった、わかったから」
「じゃあ、今日一緒に帰りましょう。昇降口で待ってますね」
一方的な約束をされたところで、昼休みが終わるチャイムが鳴った。



