それから俺は少年と話をしながら、街へと向かって行った。

 どうやら、ノエルは依頼の魔物を討伐した帰り、ちょうど疲れ果てたところに魔物の群れに襲われたらしい。

 そして、疲れ果てたところにワイルドベア現れたとか。どうやら、随分とついていなかったみたいだ。

そんな話をする中で、俺は少年の名前を聞いていないことを思い出して、聞いてみることにした。

「すっかり聞き忘れていたが、君の名前はなんて言うんだ?」

「うち? うちはノエル。おっさんは?」

「おう、俺は田中博っていうんだ。好きなように呼んでくれ」

 俺が気さくな感じでそう言うと、ノエルは屈託のない笑みを浮かべた。

「分かったよ、おっさん!」

 ……名字でも名前でもどっちでも好きな風に呼んでくれという意味だったのだが。

 そんな表裏がない表情でおっさんと呼ばれると、今さら他の名前で呼んでくれともいなくなってくる。

まぁ、実際におっさんだし、もうそれでいいか。なんか定着してきたしな。他の呼び名で読んでもらうことは諦めることにしよう。

「おっさん、おっさんはなんで武器持たないで森の中にいたんだ?」

 俺はノエルの言葉に少し考える。

 他の世界からやってきたってことは迂闊には話せないだろうし、何かそれっぽい説明をした方がいいだろうな。

 そういえば、よく異世界物のアニメの主人公が使ってる定番の言い訳フレーズがあるな。

 俺はアニメやラノベで何度も使われているセリフを思い出しながら続ける。

「田舎から出てきたんだが、少し迷ってしまってな。気づいたら、魔物がいる森にいたって感じだ」

「へー、おっさん迷子か。まぁ、安心してくれよ! うちがいれば迷うことはもうないからさ!」

「それは心強い。さすが、冒険者というだけはあるな」

「へへっ」

 ノエルは俺に褒められたことが嬉しかったのか、胸を張って得意げに笑っていた。

 俺はそんなノエルを微笑ましく思いながら、ふとあることに気がついた。

「あれ? 普通、冒険者って複数人でパーティを組むもんじゃないのか?」

 異世界アニメやラノベの中の冒険者たちは、基本的にパーティを組んでいた。極端に強い冒険者ならパーティを組む必要はないと思うが。

 そんなことを考えて聞いてみると、ノエルは気まずそうにパッと俺から目を逸らした。

「そ、そんなの人によるだろ」

「まぁ、そうだけど。危険じゃないのか? 一人で依頼を受けるなんて」

「別に、いつもはそんなことはないって。今日はついていないことが重なっただけだからさ」

 ノエルは誤魔化すようにそう言って、それ以上そのことを語ろうとしなかった。

 もしかして、聞いたらダメなことを聞いちゃったか?

 少し言葉数が少なくなりながらしばらく歩いていくと、徐々に街の門が見えてきた。異世界アニメの冒頭の方みたいだと思いながら、俺は少し興奮気味にノエルと共に門の方へと向かっていった。

 すると、門番と思われる男がノエルと俺を見てから首を傾げた。

「あれ? ノエル。今日は一人じゃないのか」

「その言い方だとうちが独りぼっちみたいじゃんか」

 ノエルが不満げに門番を見ると、門番は笑いながら手を横に振った。それから、俺の方を見てふむと声を漏らす。

「別に、そういうつもりじゃないって。というか、初めて見る人だな。最近この街に来た冒険者かい?」

「いいえ。田舎からでてきただけで冒険者とかじゃないですよ」

 俺がそう言うと、ノエルが俺の腰あたりをポンと軽く叩いて、屈託のない笑みを浮かべた。

「おっさん、滅茶苦茶強いんだぜ!」

「ほう、ノエルがそんなに褒めるとは本当に強いんだな。とりあえず、何か身分証明あるか?」

 俺はそこで自分の身分を証明できるものが何もなかったことを思い出し、頬を掻く。

「えっと、俺の田舎では使われてなかったので、持ってないんですよね」

「まぁ、田舎の方じゃ確かに必要ないわな。ノエル、その人をギルドに連れていってやんな」

「分かった。行こうぜ、おっさん!」

 そんなことがあって、俺はノエルに連れられてギルドに行くことになった。

 ……なんか本当に異世界アニメの中に入ったみたいだ。

 あまりにも劣悪なブラック企業に長くいたせいか、何でもないような門番とのやり取りに、少し感動してしまうのだった。