「さてと、サクッと倒すとするか」

 俺はそう言って切っ先をクマのような魔物に向ける。サクッと倒すとは言ってしまったが、剣なんて初めて持つ俺がどこまでできるのかは分からない。

 分からないはずなのに、体が剣の使い方と立ち回り方を理解しているようだった。

 確か、少年がこのクマのことをワイルドベアと言っていたっけ?

 見た目はクマのようではあるが、随分と気性が荒いみたいだ。

「ガアア……」

 魔物は俺との距離を測っているだけで、中々突っ込んでこようとはしなかった。きっと、『おっさん剣士』のことを警戒しているのだろう。

 俺が短く息を吐くと、しびれを切らしたワイルドベアが勢いよく俺に向かって突っ込んできた。

 巨体なのに移動スピードは速く、どんどんと俺との距離を詰めてくる。

 本来の俺ならば、クマに突進されてきたというだけで卒倒してしまっていたかもしれない。

 それなのに、俺の体は逃げるどころか剣を構えて、魔物が間合いに来るまでじっと静かに待っている。

 スキル『おっさん』のせいか、魔物に対する恐怖心もまるでなく、呼吸が偉く落ち着いている。

「ガアアア!!」

 そして、魔物が俺の間合いに入ったと思った瞬間、最小限の動きから繰り出される鋭い一太刀がワイルドベアの腹部を襲った。

 ザシュッ!

「ガアアアッアアッ」

 ワイルドベアは俺に突っ込んできた勢いをそのままに、上半身を引き裂かれてズルッと地面に体を打ち付けた。

 え? クマが真っ二つになった? そんなことできるのか?

 そんなことを考えてしまうが、俺の足元には俺が切ったクマのような魔物の上半身と下半身が別々で倒れていた。

 走ってきたクマを剣で真っ二つにするって……おっさんというか、達人やんけ。

 俺は一瞬で終わったワイルドベアとの戦いを振り返って、そんなことを思うのだった。

「すげーな、おっさん! ワイルドベアが一撃って、マジかよ!」

 すると、少年が興奮気味にそう言って俺のもとに駆けよってきた。羨望の眼差しを向けられてしまい、俺は照れ臭くなって頭を掻く。

 やっぱり、かっこいいものが好きって言うのは男の子全般に言えることだよな。

「おっと、そうだった。この剣ありがとうな」

「いやいや、礼を言うのはこっちだって! おっさんいなかったら、うち死んでたかもしれないし!」

 少年の言葉を聞いて、俺が駆け付けるまで少年が一人で魔物と戦っていたことを思い出した。

 辺りを見渡して見るが、周りに大人がいるようには見えない。

「そういえば、君は一人でこんな所で何してたんだ?」

 俺がそう聞くと、きょとんとした顔をした。

「何って、依頼だよ。うち冒険者だし」

「冒険者? いや、まだ子供じゃないか」

「別に、うちくらいの歳なら珍しいことでもないぜ」

 少年は当たり前のようにそう言ってから、首を傾げる。どうやら、少年の中では俺が変なことを言ったということになって言うらしい。

「この歳で冒険者をやるのか。すごいな異世界は」

「異世界?」

「い、いや、こっちの話だ」

 俺は咄嗟に漏れそうになった言葉を誤魔化した。

 いや、別に隠しておく必要はないのかもしれないが、必要以上に喋る必要もないだろう。

 下手に喋って色んな人に広まってしまったら、色々と面倒くさそうだしな。

 俺はそう考えて、意識を再び目の前にいる少年に戻す。

「とりあえず、色んなところ怪我してるみたいだし、今日は街に帰ったらどうだ?」

「おっさんも街に行くのか?」

「お、おう。そのつもりだ」

 嫌味っぽさも感じられないし、別に悪意があるわけではないのかもしれないけど、未だに面と向かっておっさんと呼ばれると少し抵抗があるな。

 しかし少年はそんな俺の考えなど気づくはずがなく、ニカッと屈託のない笑みを浮かべた。

「分かった。それなら、一緒に行く」

 こうして、俺は見知らぬ少年と共に街に向かうことにしたのだった。