「おっさん、つっよ」

 俺が剣についた血を払ってから鞘にしまうと、ノエルが斬られたジャイアントキャンガルを見てそんな言葉を漏らしていた。

 随分と驚いているのか、ノエルはジャイアントキャンガルを見つめたまましばらく動けなくなっていた。

「畳みかけるって言ってたけど、おっさんが一人で倒しちゃったな」

「ノエルが初撃を防いでくれたからスムーズに倒せたんだと思うぞ」

「いや、多分おっさんなら何事もなくあの一撃もかわしてそうだけどな」

 ノエルが目を細めてこちらを見てきたので、俺はその視線から逃れるようにそっぽを向いた。

 『そんなことはなかった』そう言うにしては、スキル『おっさん』の力が強すぎる気がする。実際に、ノエルが一撃目を防がなくても何とかなった気がしてしまうしな。

「さっきの投げナイフといい、剣の腕といい、それらも全部スキル『おっさん』の力なのか?」

「ああ。そうなるな。ノエルは俺の力を買ってくれていたかもしれないが、種を明かせばスキルの力なんだよ」

 俺はそう言って少し脱力したような笑みを浮かべた。

 多分、ノエルもこれまでの力がすべてスキルによるものだと分かったら、がっかりすると思う。

 俺の強さはちゃんとノエルみたいに魔物と戦ったり、修行をしたりして強くなったわけじゃなくて、偶然手にしてしまった強さだ。

 それでも、ノエルにずっと力のことを隠しておくのはなんだか申し訳なく思った。まぁ、これで尊敬されるような目で見られることは少なくなるかもしれないが、それはそれで仕方がないことだろう。

 俺はそんな後ろめたさから逸らした視線をノエルに戻す。すると、ノエルはなぜか今まで以上にキラキラとした目を俺に向けていた。

 それから、ノエルはぐいっと前のめりになって口を開く。

「やっぱり、すっごいんだな! おっさんって!!」

「そ、そうか? いや、スキルで強いだけだぞ?」

 俺がそう言うと、ノエルはぶんぶんっと首を激しく横に振る。

「それを含めて凄いんだって! おっさんが強いことに変わりはないというか、それを使いこなすのが凄いって言うか……とにかく、おっさんは凄いぞ!」

 ノエルは興奮し過ぎて上手く言葉が出てこないのか、最後は強引に押しきるようにそう言った。

 俺はあまりにまっすぐに褒められ過ぎて照れ臭くなって頭を掻く。

 どうしたものかと考えていると、視界の端にさっきまでジャイアントキャンガルと戦っていた冒険者のような人が立っていたことに気がついた。

「あ、あのっ、あなたたちは?」

 十代くらいの女の子が控えめな感じでそう聞いてきた。

後ろで膝をついて肩で息をしている人たちも顔を上げて俺たちの言葉を待っている。というか、後ろにいる二人も結構若くないか?

そんなことを考えてから、俺は自分がノエルを助けに入った後、魔物を倒してからずっとノエルと喋ってしまっていたことを思い出した。

 俺は三人を放置していたことを申し訳なく思いながら口を開く。

「俺は田中博、新米冒険者だ。それで、こっちがノエル」

「し、新米冒険者? あんな無駄のない太刀筋なのにですか?」

 十代の女の子は俺の言葉を聞いて、信じられないものを見るような目を向けてきた。

 ……まぁ、新米冒険者って感じの歳でもないし、おっさん剣士の力を使って魔物を瞬殺したしで思う所はあるのだろう。

 俺はどう説明した物かと考えてから、助けた子たちの服装を見てとあることに気がついた。

「なんか街の冒険者たちとは少し違うな」

 冒険者にしてはやけにしゃんとしているというか、ラフな感じが全くしない。というか、何かの制服のように見える。

 俺がそう言うと、ノエルが当たり前のことを言うように口を開いた。

「そりゃそうだろ。この人たち憲兵だし」

「憲兵? え? 憲兵も魔物と戦うのか?」

 俺が知っている異世界ものの憲兵と言えば、罪人を捕まえたりするだけだった気がする。いや、印象が薄いだけで中には魔物と戦うような憲兵もいたか。

「もちろん。特に憲兵の調査課ってところは、街に何か危害を及ぼすような魔物がいないかとか調査して、場合によっては冒険者ギルドに報告するんだよ」

「なるほど、それで調査中に魔物に襲われたってことか」

 ノエルの言葉に頷いてちらっと視線を女の子に向けると、女の子は俺たちにピシッと姿勢を正した。

「お、お礼が遅れてしまってもうしわけありません! 私、今年から調査課に配属されました、エイラっていいます! この度は助けていただきありがとうございました!」

「調査課の憲兵がこんなに疲弊しているのかよ。何か変なこと起きてんの?」

 ノエルが眉をひそめて聞くと、エイラが眉を下げて答えにくそうに口を開く。

「えっと、まだ調査中なんですけど……」

 そして、俺たちは街周辺で起きていることを聞くことになった。