塚田たちに俺と柊斗が兄弟だということを明かして少し経った。
俺と柊斗は2人で登校することが当たり前になっていた。
以前は1週間で2回ほどだったのが、今では毎日だ。
「柊斗、外で待ってる」
俺はそう言って先に玄関を出て、家の前で待つ。
ふと自分の家の正面の家に、引越し業者のトラックが停まっていることに気づいた。
「あれ?あそこって……」
「理玖、お待たせ」
首を傾げるを柊斗が覗き込む。
柊斗は俺の視線を辿り、正面の家に目を向けた。
「どうかした?」
「あぁ、いや。なんでもない」
俺は特に深く考えず首を横に振る。
柊斗も特に気にしていないようだったので、俺たちは学校に向かって歩き出した。
ーーーー
学校に着くと教室中がざわついていた。
おはよう、とにこやかに挨拶をしてきた椎谷におはよ、と返す。
「なにかあったの?」
俺がそう聞くと、椎谷がきょとんとして口を開く。
「今日転校生が来るって。この前塚田が言ってたでしょ?」
「あれ、そうだっけ」
全く覚えておらず、頭の中で記憶を巡らせているとチャイムが鳴る。
全員が自分の席に着いたところでガラッと教室のドアが開いた。
「みんなおはよう!知っている人もいると思うが、うちのクラスに転校生が来ることになった!」
単刀直入に担任が切り出し歓声が上がる。
特に女子が騒いでいる、と言うことは男子なのだろう。
そんな浅い推理をしていると、担任が転校生を教室に招き入れた。
途端に女子の悲鳴が上がる。
無理もない。入ってきたのは、柊斗たちと見劣りしないほどのイケメンだったからだ。スラットした体型で、制服も見事に着こなしている。同じ制服のはずなのに、違って見える。髪の毛は色素が薄く、茶色がかっており、端正な顔立ちを引き立てている。
どこか知的な雰囲気も感じられる彼に、俺は見覚えがあった。
「大和!?」
思わず声を出して立ち上がった俺に、周りの視線が集まる。
ハッと気づいて、頭を軽く下げながら椅子に座ると、ははっと笑う声が前から聞こえてきた。
「理玖、久しぶり」
そうにこやかに言うと、教室中から悲鳴が上がった。どうやら注目はむこうに向いたらしい。
彼は担任から一言挨拶を、と言われて口を開いた。
「片桐大和です。よろしくお願いします」
よそ行きのイケメンスマイルを顔に浮かべた大和に、女子の悲鳴は止まない。
興奮気味の雰囲気を締めるためか、担任が口を開く。
「日永、片桐と知り合いなのか?」
「あぁ、はい」
「じゃあ当分片桐は日永の隣で。日永、片桐に色々教えてやってくれ」
「えっ、わ、わかりました」
まだ状況が掴めない俺に、次々に要求が追加される。
女子の視線が痛い。
確実にその目線は「なんでお前が?」って言ってる。
大和はそんなことお構いなしに俺の席まで歩いてくると、俺の隣の空いている席に座った。
それを確認すると、担任は前で話しだす。
大和は俺側に少し体を傾け、小声で言う。
「理玖、びっくりした?」
「びっくりしたよ……戻ってくるなら連絡してくれたらいいのに」
「理玖をびっくりさせたかったから。あんな反応してくれるとしたくなるじゃん?」
大和はそういうとニッといたずらに笑う。
久しぶりに会うが、前の大和と変わっていなくて安心する。唯一変わったところと言えば、イケメン度合いが増しているというところだろうか。
担任の長話が終わると同時にSHRが終わる。
女子はわれ先にと大和に駆け寄ろうとするが、ある人物によりそれは阻まれた。
「なあ、理玖とどういう関係?」
座っている俺と大和を見下ろすように柊斗が立つ。
大和は俺から柊斗に視線を移すと、冷ややかな声を投げかけた。
「そんなこと聞く前に、まずはお前から名乗れよ。一般常識だけど?」
「風間柊斗。これでいい?早く答えろ」
俺には見える。この2人の間に火花が散っているのが。
なんで?なんか因縁でもあるの?
全く状況が理解できない俺は、椎谷に視線を送り助けを求める。
椎谷は隣にいた塚田の肩を叩き、塚田と2人でこちらに向かってきた。
俺はその間に席を立って避難する。こんなイケメンの喧嘩に巻き込まれるのはごめんだ。
「はいはい、そこまで!一旦休戦!」
柊斗と大和の間に塚田が割り込む。
塚田はこういう時に頼りになる。
「一限移動教室だから、早く準備しないと。ね?」
椎谷も間に入り、雰囲気を和らげた。
塚田と椎谷がいてくれて助かったと心から思う。
「こぇ〜。バチバチじゃん」
他人事のように面白がって2人を見る高野が俺の隣に立つ。多分高野は助けてくれないタイプだろう。
「なんであんな仲悪いんだろう。高野はわかる?」
「まあ、日永じゃなければ誰でもわかるでしょ」
「まじか」
高野の返答に衝撃を受けていると、椎谷がこちらを向く。
「そこの2人も、早く準備しなよ」
「はーい」
高野がそう答え、俺は頷く。
机から教科書やノートを取り出して、隣にいた大和に声をかける。今日が初日なので、教室の場所はわからないだろう。
「大和、移動教室一緒に行こ」
「うん。なんの授業?」
「化学。実験だって」
そんなことを話しながら教室を出る。
俺たちの後ろに、柊斗たち4人衆も続く。
いつもよりも注目が集まっている。
理由は紛れもなく大和だろう。高校では珍しい転校生、というのもあるし、なによりイケメンだ。
今更だが、こんなイケメンたちと俺は一緒にいていいのだろうか。なんか居た堪れなくなってきた。
肩をすくめていると、大和が顔を覗き込む。
「りーく。なに考えてんの?」
「え、いや。とくに大したことは……」
至近距離の大和と会話していると、ぐいっと腕を引っ張られた。
「うわっ」
バランスを崩した俺は、腕を引っ張った張本人の腕の中にスッポリと収まる。
「な、なに?柊斗」
「…………別に」
心臓がバクバクしている俺とは裏腹に、不機嫌を最大限に顔に表した柊斗がそこにはいた。
柊斗と距離が近くなるのはあまりないので、まだ慣れない。というかこれからも慣れる気がしない。
自分の心臓の拍動を感じていると、大和が柊斗の腕から俺を解放した。
「急に引っ張ったら危ないでしょ。理玖が怪我したらどうすんの」
「は?俺が怪我なんかさせるわけないだろ」
また始まってしまった。
初対面なのに仲悪すぎじゃないか?
塚田たちに視線を送ると、やれやれ、という感じで2人の間に入る。ちなみに高野は例外だ。
「もーお前らすぐ喧嘩する!もう一周まわって仲良いんじゃねぇの!?」
「ずっとそんなことしてたら、いつまで経っても教室つかないよ」
「いーぞー、もっとやれー」
2人を説教する塚田と椎谷に対して、高野は一歩離れたところからヤジを飛ばす。もっとややこしくなるからやめてほしい。
高野の服の袖を引っ張って咎めると、はいはい、と半笑いで言われた。確実に面白がってる。
火に油を注ぐ係の高野はこれ以上ここにいさせてはいけないと、俺は高野の服の袖を引きながら歩き出す。
柊斗と大和がまだ言い合いをしているが無視だ。
「日永、俺を巻き込まないでよ」
「高野が面白がってるからだろ」
高野の小言には耳を貸さず、俺は歩き続けた。
ーーーー
化学実験室に着くと、先生から5〜6人の班を作って、班ごとに座れという指示を受けた。
先に実験室に着いた高野と俺は、残りの4人が来るのを待つ。俺は他の男子の班に入れてもらおうとしたが、高野に止められた。「日永がいなくなったら、あいつらどうすんの」ということらしい。
「高野くん!私たちの班1人足りないから、入ってくれない?」
「いや、日永とか塚田とかと組むから」
女子からの誘いをサラッと断る高野は、さすがモテ男と言ったところだろうか。本人は望んでいないらしいけど。
そこから何度か高野が断る場面を目にして、ようやく4人が教室にきた。
塚田と椎谷が疲れ果てた顔をしている。
2人に任せっきりで申し訳なさを感じた俺は、柊斗と大和の間に立つ。
「5〜6人で班作って座るらしい。この6人でいい?」
俺が聞くと塚田と椎谷、高野は頷く。
柊斗と大和は心底嫌そうな顔をしていた。こんなに顔に出るタイプだったっけ、この2人。
「……嫌?」
「……別にいいけど」
「俺も」
おそるおそる2人に聞くと、嫌そうな顔をしながらも頷いてくれた。
空いていた一番後ろのテーブルに、3人ずつで向かい合うように座る。席順は、塚田・椎谷・高野と柊斗・俺・大和だ。俺が端の席に座ろうとすると、「日永はここ」と満場一致で真ん中の席に移された。
「はい。今日は醤油を加熱して塩を取り出す実験をします……」
先生が話し出したところで、隣にいた柊斗が口を開いた。
「理玖、こいつとどういう関係なの」
ものすごく気になっていたらしく、どこか不安そうな顔をしていた。
塚田、椎谷、高野も俺の言葉を待っているようだった。
「幼なじみだよ。小さい頃からの。ほら、今日の朝俺たちの前の家に引っ越しのトラック止まってたでしょ?あそこが大和の家」
「ほんとに、ただの幼なじみ?」
「え?うん」
当然のように頷くと、柊斗はほっとしたような顔をした。すると後ろから大和俺の腹に腕を通し、頭に顔を乗せた。ここまでできるほど身長差が開いたことに少し悲しくなる。
「まだ、ね。それよりも理玖、風間とはどういう?」
「俺の義理の兄。母さんが再婚して」
「あー、そうなんだ」
サラッと頷いた大和に驚く。
俺の頭に顔を乗せている大和を見上げる。
「驚かないの?」
「茜に聞いてたから。理玖に兄ができたって。こいつだったんだ」
「え、待って。茜とは連絡取ってたの!?」
「あ、バレた」
「俺とは全然連絡してくれなかったのに」
「ごめんって」
と、しょうもない言い合いをしていると、ガタッと柊斗が立ち上がった。
周りの人たちも立ち上がっているため、先生の説明が終わったのだろう。全然聞いてなかったけど、まあ椎谷あたりがちゃんとしてくれるか、などと考えていると柊斗に腕を引かれた。
その勢いのまま、柊斗に抱きしめられる。
不機嫌そうな声が頭の上から聞こえる。
「くっつきすぎ。ただの幼なじみなのに」
「そっちこそ、ただの兄弟でしょ?」
また柊斗と大和がバチバチと火花を散らし始めた。
というか、早く解放してほしい。大和とは昔から一緒にいたから近くても何も思わないが、柊斗は慣れないんだって。
「あ、あの……柊斗、離してくれない?」
顔が熱くなっているのを隠すように俯いて言う。
柊斗と大和の口喧嘩が止まり、沈黙が流れる。
「し、柊斗?」
まだ離してくれない柊斗を見上げると、どこか傷ついたような、悲しそうな顔がそこにはあった。
柊斗は「……ごめん」と小さくつぶやいて俺から離れた。
慌てて弁明しようとするが、なんていえばいいのかわからず、俺は押し黙ってしまった。
「よし。じゃあ実験しよ」
空気を変えるように椎谷が言う。
俺は少し居心地の悪さを感じながら頷いた。
ーーーー
昼休み。前までは三好と戸山と一緒にお弁当を食べていたが、兄弟というのを隠さなくても良くなったため、柊斗たちと食べるようになった。
いつものように自分の席から柊斗の隣に移動しようとすると、そこを阻まれる。
「片桐くん!一緒にお弁当食べない?」
阻んだのは大和に声をかける女子だ。
なんかこの光景今日2回目だな、なんてことを考えながら見ていると。
「ごめん。理玖と食べるから。ね?」
大和は俺の手を引いて同意を求めた。
その目線から頷け、と圧を感じたのでコクコクと頷く。
女子は肩を落としながら去っていった。諦めがいいのは、柊斗たち4人衆のおかげだろうか。
「大変だなー、片桐も。俺らと一緒にくおーぜ」
いつのまにか塚田が俺らの元に来て背中を押される。
柊斗の元へ行くと、「そいつも一緒かよ」みたいな顔をされた。いつもは俺の隣が柊斗と高野だが、高野が大和に席を譲ったので、俺は柊斗と大和に挟まれることになった。
「そういえば片桐はなんでこのタイミングで引っ越してきたの?」
椎谷の問いに大和が答える。
「父親の転勤で3年前くらいに引っ越したんだけど、終わったから帰ってきた」
大和が引っ越したのは中学2年の夏くらいだ。今は高2の夏なのでちょうど3年前だ。
「俺が引っ越すってなったとき、理玖世紀末くらい泣いてたよね」
「うわ、やめてよ……」
いじわるな笑みを浮かべて俺を見る大和に恥ずかしくなる。
「当分引っ越す予定はないから、安心して」
「……もう泣かないって」
大和はどれだけ俺に恥ずかしい思いをさせれば気が済むんだ。顔が熱くなって俯いた俺の頭を大和が撫でようとするが、大和が伸ばした手を、柊斗が払う。
「触んな」
「は?何様なのお前」
「あーあーまた始まった!」
また言い合いを始めた2人を見て、塚田が声を上げる。
俺はサッと高野の近くに移動する。
「高野。あの2人が喧嘩する原因って……もしかして俺?」
「お、気づいた?成長じゃん」
どうやら高野は知っていたらしい。
知ってたなら早く言って欲しかった。
「日永、あれしてよあれ。『私のために争わないでー』ってやつ」
「やだよ」
完全に面白がっている高野にため息を落とす。
2人を眺めていると、ある一つの疑問が浮かぶ。
「……なんで俺が喧嘩の原因なの?」
「あ、まだそれには気づいてないんだ。じゃあ次はそれ考えてみて」
「知ってんなら教えてよ」
「それは面白くないじゃん?」
高野はニヤリと笑う。
どうやら高野は全てお見通しらしい。
結局俺は、昼休みが終わるまで頭を悩ませることになった。
ーーーー
あっという間に放課後になり、6人で学校を出る。
塚田、椎谷、高野は電車通学なので校門前で別れた。
俺、柊斗、大和が肩を並べて歩く。もちろん、俺は2人の間だ。
冷戦状態の2人を介するほどの能力は俺にはない。
塚田や椎谷に任せっきりだったツケが回ってきた。
緊張しながら話題を絞り出す。
と、言っても、今日の実験楽しかった、とか、明日の体育なんだっけ、とか無難な内容しか出てこない。
2人からは相槌しか返ってこないので、居心地の悪さは増す一方だ。
幸運なことに、俺たちの家まではそれほどかからないのでなんとか会話を途切れさせることなく、家まで辿り着いた。
大和に別れを告げて家の中に入ろうとすると、「あーっ!」という声が後ろから聞こえる。
声の主は、言うまでもなく。
「ねぇ理玖!またモデルやって!」
「……茜。また?もうやだよ」
駆け寄ってきた茜は、スケッチブックを持ってニコニコと笑う。それをみていた大和がこちらに歩いてきた。
「茜。久しぶり」
「大和!久しぶり!」
「まだこれやってたんだ」
「当たり前じゃん」
懐かしい幼なじみ同士の会話に少し嬉しくなる。
茜はこちらに向き直り、口を開いた。
「理玖はいいとして……柊斗くん!手伝ってくれる?」
「ちょっと茜、柊斗を巻き込まないでっていつも言ってるだろ」
俺は慌てて柊斗と茜の間に立つ。
前の時もそうだが、茜はなにを考えているんだ。というかなんで俺は確定なんだよ。
「だって2人必要なんだもん」
茜が口を尖らせる。
俺の後ろから、柊斗が一歩踏み出す。
「俺は別に……」
「じゃあ俺がするよ。理玖の相手役」
柊斗が何かを言いかけたが、それを遮るように大和が言う。
「は?」
「昔理玖と何回かやったことあるし。俺の方が慣れてるからその方がいいでしょ」
柊斗の鋭い目線を無視して大和が続ける。
また言い争いが始まりそうでビクビクする。
「俺だってしたことあるから、大丈夫」
「巻き込まれて迷惑でしょ?俺でいいよ」
俺の予想は当たったらしい。
戦いの火蓋がきられてしまった。
あいにく、塚田も椎谷もここにはいないので、俺が止めるしかない。
「2人とも落ち着い……」
「「理玖はどっちがいい?」」
「はぇ」
2人の間に立った俺に、予想外の質問が飛んでくる。
おかげで腑抜けた声が出てしまった。
そんなのもお構いなしに2人はジリジリと俺に近づいてくる。
「理玖がどっちか選んで」
「えっ、俺に拒否権は……」
「「ない」」
「まじですか」
そんなにしたいなら2人でしたらいいのに……なんて言ったら犬猿の仲の2人にかみ殺されるかもしれないので大人しく黙る。
2人の顔を見て結論を出す。それほど時間はかからなかった。
「……大和かな」
柊斗となんて俺の心臓がもたない。前回モデルした時に分かったことだ。途中で終わってしまった前回はなぜか茜に許されたけど、今回も同じとは限らない。茜の要求に応えるなら、慣れている大和とする他なかった。
おそるおそる言うと、柊斗はグッと口をつぐんだ。
「……じゃあ、理玖と大和は私の部屋来て!」
沈黙を破るように茜が口を開き、大和が俺の腕を引く。
柊斗に後ろ髪をひかれながら、俺は促されるがままに大和についていった。
ーーーー
「大和、何考えてるの?」
「別に?」
「大和も分かってるんでしょ?柊斗くんは……」
「理玖もいるから。その話は後で」
大和と茜が何やら話しているが、俺には聞こえない。
柊斗の悲しそうな傷ついたような表情が、頭から離れなかった。
「……く、理玖」
「え、あ、なに」
「大丈夫?」
「……うん」
大和が俺の顔をのぞく。いつのまにか違う方に意識がいっていた。
茜の指示に従って、ベットに座る。
「じゃあ大和が後ろから理玖を抱きしめる感じで」
「了解」
大和は軽く返事をすると、俺の後ろから腕を回す。
大和とこうやってモデルをするのも久しぶりだな、などと考えていると、大和が俺の耳元で口を開く。
「理玖、あいつのことどう思ってるの?」
「……耳、くすぐったい」
「話逸らさないでよ」
耳元で話されてくすぐったいのは嘘ではないが、話を逸らそうとしたのも嘘じゃなかった。じっと俺を見つめる大和に、これは逃げられないと悟る。
「好きなの?」
「…………好きだよ。兄弟として」
これも嘘じゃない。俺の好きは、家族愛とか、そんな感じだ。柊斗だって、俺を弟として大事に思ってくれている。俺だってそうだ。そうしないと──
「……ふぅん」
大和はそれ以上、なにも聞いてこなかった。
ーーーー
「理玖、ありがと!また頼むね」
「もう頼まないでよ……」
モデルのバイトも終わり、茜の部屋から出る。
茜の隣に立つ大和に目線を移す。
「大和は帰らないの?」
「茜とちょっと話してから帰る。気をつけて」
久しぶりに会ったし話したいこともあるか、と特に気に留めず俺は2人に背を向ける。
「あ、理玖」
大和に呼ばれて振り返る。
俺の頭にポン、と手を置いて俺の顔をのぞきこんだ。
「あいつに変なことされたら、俺のとこ来なよ」
「あいつ?」
「風間」
「柊斗は変なことなんてしないと思うけど……」
「うわ、心配」
大和は顔を顰める。「まあ杞憂かもしれないけど」などと言いながら俺の背中を押した。
「じゃあ、また明日」
大和と茜に手を振り、茜の家を後にする。
柊斗のことが頭から離れず、小走りで自分の家へ戻る。
玄関のドアを開けると、前から何かが飛びかかってきた。
ぎゅうぎゅうと締め付けられる。
視界は真っ暗だったが、匂いで分かった。
「柊斗、苦しい」
「…………」
「柊斗?」
柊斗に抱きしめられているという状況に、胸の鼓動は速くなっていく。
「柊斗、離して」
俺がそう言うと、反対に抱きしめる力が強くなる。
俺の心音が、柊斗に伝わりそうで怖い。
「……あいつはいいのに、俺はダメなの」
「え?」
ポツリと発された言葉が、どういう意図なのかわからない。ただ、どこか辛そうな声色だった。
「……なんでもない」
柊斗はそう言って俺から離れた。
柊斗はまだ辛そうで、悲しそうな顔をしていて。
俺はなにを言うべきなのか、わからなかった。


