雨の日の件から2日後。
俺の体調は全快、とまではいかないが学校に行けるくらいには回復した。
「理玖、本当に平気?今日も休んだ方がいいんじゃ……」
「大丈夫。心配してくれてありがと」
心配そうに俺の顔をうかがう柊斗と肩を並べながら登校する。
「昨日も熱下がってなかったでしょ?体調悪くなってきたらすぐ言ってよ?」
「わかってるよ」
柊斗は俺に対して過保護な気がする。
軽く返すと、柊斗が怪訝な目線を俺に向ける。
詰められそうな気がしたので、それよりも、と話題を変えた。
「俺たちが兄弟ってこと、高野たちに説明したの?」
俺は昨日学校を休んだので、その話は柊斗に任せきりだったのだ。
「とりあえず理玖が来てから、ってことにした。勝手に言うのもなんか違う気がしたから」
「そっか」
ちゃんと説明するとなると少し緊張する。
そんな俺を見たからか、柊斗は少しトーンをあげて話す。
「まあ、多分大丈夫。あいつら面倒くさいけど悪いやつじゃないし」
面倒くさい、は余計だと思うが柊斗がそう言うならそうなのだろう。
柊斗の言葉を信じて、俺は足を前に進めた。
ーーーー
学校に着くと、まだSHRまで時間があるからか、教室にいる人は少なかった。
「あ、日永だ!おはよー!元気なった?」
「おはよう塚田。もう平気」
朝からニパッとまぶしい笑みを向けてきたのは塚田だ。
いつも通りの振る舞いで少し安心する。
そうだ、と俺はあることを思い出す。
「買ってきてくれた水のお金返すよ」
雨の日に熱を出した俺に水を買ってきてくれたのだ。
あの時は気が回らなかったが、ちゃんと返さないとと思っていた。
そう財布を出そうとした俺の手を塚田が止める。
「いーよいーよ!俺ら友達じゃん?ありがとうでいいよ!」
「…わかった。ありがと」
「おう!」
塚田はニッと笑って俺の肩に腕を回した。
塚田は根っからのいいやつなんだと実感する。
「で、その話は置いといて」
空気を変えるように言いながら、塚田の首根っこを掴んだのは高野だ。落ち着いている高野のトーンに、俺は少し緊張する。
「まだ2人の話聞いてない」
高野は俺と柊斗を交互に見る。塚田とその隣にいた椎谷も、俺たちの言葉を待っているようだった。
「ちゃんと話す……けど、場所変えたい」
柊斗はそういうと周りに目を遣る。いつのまにか、結構な注目がこちらに集まっていた。
確かに、この学校で一際目立つ一軍4人が一緒にいるとなると、誰だって気になる。
「それならいい場所がある。ついてきて」
柊斗の言葉を受けて提案したのは椎谷だ。柔らかな笑みを浮かべて、俺たちを先導する。
ホームルームの教室がある棟から、理科実験室や音楽室などの特別教室がある棟へ移動する。ここは移動教室でしか使われないので人が少ない。
椎谷がガラッと扉を開けた部屋は、俺たちのホームルームと同じような普通の教室だった。
「なんかここだけ普通の教室なんだよね。あんまり使われてなさそうでしょ?」
そう言って椎谷は笑う。確かに、この学校で一年と少し生活していたのに使ったことのない教室だった。
全員が教室の中に入り、高野が扉を閉めたのを確認すると、それぞれある程度の間隔を保って向き合う。
「それで、本題は」
「俺らが兄弟ってことだろ」
一呼吸置いてから発された椎谷の言葉に続けて、柊斗が口を開いた。
塚田が息を飲む音が聞こえて、俺もなんとなく背筋が伸びる。
「結論から言うと、俺らの親が再婚して、兄弟になった」
単刀直入に言う柊斗に、俺を含めみんな何をどう言うべきかわからず、黙って聞いていた。
「お前らに話さなかった理由は、理玖に変に絡みに行きそう、っていうのも、まぁあるんだけど」
「おい」
「俺らをなんだと思ってんだよ」
「今だってそうだろうが」
塚田と高野が軽くつっこんだことに対して、柊斗が口を尖らせて言う。いつものやり取りに少し心が軽くなる。
で、と柊斗は続ける。
「なんかお前ら気つかうんじゃないかって思って。俺が片親ってことはみんな知ってたから。新しく環境が変わった、って言ったら心配するだろ?俺は知ってるよ、お前らがそういうやつだってこと」
だから言わなかった、と柊斗は話を締め括る。
塚田たちはどこか張り詰めた表情で聞いていた。
過去に俺の知らないなにかがあったのだろうか。
そういえばまだ俺は柊斗のお母さんの話は聞いてないが、塚田たちは知ってるのかもしれない。
そんな想像を働かせ、俺も少し緊張する。
「まあ、話聞いて思ったのは……」
緊張した雰囲気の中で一番最初に口を開いたのは椎谷だ。
椎谷の言葉に頷いて、塚田が続ける。
なんだろう、と固唾を飲む。
「柊斗、俺らのこと好きすぎ!!!」
「それな」
突然発されたその言葉に、呆気にとられる。
そんな俺をよそ目に、高野は塚田の言葉に同意すると、柊斗の隣に行ってガシっと肩に腕を回した。
「いつもツンケンしてる風間ク〜ン。俺たちのこと大好きで、心配かけたくなかったんだねぇ〜。かわい〜」
ほれほれー、と高野は悪い笑みを浮かべて柊斗のほっぺをつつく。柊斗は眉間に皺を寄せ、高野の指を掴んだ。
「それ以上やったらお前の指折る」
言っていることは物騒だが、いつもより覇気がない気がする。多分柊斗なりのデレ隠しなのだろう。
柊斗は疲れたような顔をしながら、話を変えるように口を開く。
「まあ、そういうことだから。知っといて」
「おっけー!」
「了解」
柊斗の言葉に、塚田と椎谷が返す。ちらっと高野に目を遣ると黙って頷いていた。
俺はホッとして大きく息を吐く。無意識のうちに呼吸を止めていた。
とりあえず、もう塚田たちに隠す必要は無くなったし、特になにも言うことなく受け入れてくれたことに安堵する。
ふと視線を4人に戻すと、じっとこちらを見ていた。
「……え、なに?」
「これからよろしくな!」
「え、あ、うん」
塚田の言葉に頷くと、塚田と椎谷はニコニコと笑っていた。
2人がなにを考えているのかはわからないが、なにか大きなものを託されている気がした。
そのまましばらく5人で雑談をしていると、キーンコーン、と予鈴が鳴る。
それを合図に塚田、椎谷、高野が部屋を出る。3人に続いて出ようとすると、後ろにいた柊斗からトンと肩を叩かれた。
「なに?」
首を傾げた俺の耳に、柊斗は顔を近づける。
「これでこれからもっと一緒にいれるね」
「へ?」
耳元に発された言葉に驚いて足を止める。
柊斗は少しいたずらに笑って、固まっている俺の隣を通り過ぎた。
「日永どした?早く教室戻らないとSHR始まるぞ!」
「……あぁ、うん」
塚田の呼びかけに上の空になりながら頷いた俺の心臓は、激しく脈打っていた。
それはもう、塚田の「今度うちのクラスに転校生がくるらしい」という話を聞き逃すほど。


