「理玖、今日の放課後空いてる?」
朝、学校に行くためにいつものように家から出ると、俺に続いて出てきた柊斗が俺の顔をのぞき込んだ。
「空いてるけど……なんで?」
意図が読めなくてビクビクしていると、柊斗はポケットから小さな紙を取り出した。
「この前もらったこれ、一緒に行かない?」
そう言って見せられたのは、アイスクリーム屋の商品券だった。茜にモデルのバイトをさせられ、そのお代としてもらっていたものだ。
確か、最近できたばかりの店で、普通のアイスクリームよりも値段が高く上質らしいので気になっていた。
「いいけど、俺とでいいの?塚田たちとかと……」
「あいつらにこれの価値がわかると思う?」
眉間に皺を寄せながら言う柊斗に苦笑する。柊斗は塚田たちへの当たりが強い。深い関係値ゆえのことなのだろう。
「俺もこれの価値わかんないかも」
「理玖はそれでいいよ」
どうやら俺はいいらしい。最近わかったことだが、柊斗はなにかと俺に甘い。まあ、部屋と脱衣所以外で着替えるのはまだ怒られるけど。
「わかった。放課後空けとく」
「さんきゅ」
俺が頷くと、柊斗が微かに笑う。
それを見ると、心臓がドキンと音を立てる。
これも最近わかったことだが、俺は柊斗がたまに見せる笑顔に弱いらしい。柊斗がイケメンだからだろうか。
その謎はまだ、わからないままだ。
ーーーー
放課後。
流石に一緒には行けないので現地集合にすることにした。
柊斗は塚田たちに絡まれていたので、俺より後に着くだろう、と思いながら店に向かう。駅前の商店街に新しくできたアイスクリーム屋だ。
一度見かけたことがあるので、すぐに着くだろうと思っていたのに、商店街に入ったあたりで道がわからなくなる。
スマホのマップアプリを起動して、アイスクリーム屋の名前を入れると、店の場所にピンが立った。今いる場所から歩いて5分程度だ。「開始」のボタンを押すと、ルートが表示される。
「問題はここからだよなぁ……」
1人でそう呟く。俺はマップアプリを使うのがとてつもなく苦手なのだ。ルートの示す方向に歩いているはずなのに、逆方向だと表示される。俗に言う、方向音痴なのだ。
結局どっちに行けばいいんだ、とスマホを見ながらその場でぐるぐると回っていると、トンと肩を叩かれた。
「なにしてんの?」
「あ、柊斗!よかった……」
柊斗を見た途端ホッとする。どうやら追いつかれたらしい。そんな俺の頭を柊斗が撫でる。
「道どっちかわからなくなって迷ってた」
「だからぐるぐるしてたんだ」
ふふ、と笑みが溢れる声がして、思わず柊斗の顔を見つめる。柊斗が声を出して笑うのは初めて見た。
嬉しくなって、柊斗の顔をうかがう。
「面白かった?」
「ん?可愛いなって」
「へ?」
柊斗の口から出た言葉が予想外で、素っ頓狂な声が出る。今、可愛いって言った?
「あ、いや、忘れて…!」
柊斗が慌てて言う。「う、うん」と頷いたけど、忘れられる訳がない。俺の脳はそれを記憶しようと必死に動いているし、心臓はドキンと音を立てている。
「は、早く行こ」
柊斗はそう言って俺の腕を引く。俺は黙ってついていくことしかできなかった。
ーーーー
カランカラン。
店のドアを開けると、ドアにつけられていたベルがなる。目の前には大きなアイスクリームショーケースがあり、その奥でにこやかに店員さんが笑っている。
「いらっしゃいませ〜。注文はお決まりですか?」
「理玖、注文」
「え、あ、はい」
こんなおしゃれな店にあまり来たことがないので、動きが固くなる。柊斗が俺の後ろで声をかけてくれる。
「桜木さんからもらった券、2つのフレーバー選べるみたいだよ」
「ふれーばー?」
「2つの味ってこと」
そんなおしゃれな言い方があるのか、と感心しながら、ショーケースに目を移す。
「理玖はチョコじゃないの?」
「うん。一つはチョコにする」
俺の好みを把握してることはさすがとしか言いようがない。覚えていてくれて嬉しいのは単純だろうか。
「いちごか、クッキーアンドクリームか、ぶどうもいいな……」
自分が優柔不断で困ってしまう。
頭を悩ませていると、少し身を屈めて俺と同じ目線になりながらショーケースを見ていた柊斗がこちらを向く。
「じゃあ理玖はいちごにしなよ。俺がクッキーアンドクリームとぶとう頼むから」
「え、でもそれじゃ柊斗が選べないよ」
「いーよ。俺お兄ちゃんだから」
最近、柊斗は「俺は理玖のお兄ちゃんだから」と言うことが多い。俺が一度柊斗のことを「お兄ちゃん」と呼んでからずっとだ。
柊斗が店員さんに注文し、店内の席に座って待つ。
お客さんは俺たち以外に2組ほどしかおらず、見る限り学生では無さそうだ。学生が行くには少し高いから当然なのかもしれない。
少し待つと、店員さんが2つのカップを席に持ってきた。
俺に渡されたカップには、チョコレートといちごのアイスクリームが入っている。
「おいしそ……」
「溶けないうちに早く食べよ」
柊斗がスプーンを手渡してくる。それを受け取って、チョコレートのアイスクリームを掬って口の中に入れる。
「うま!」
説明するほどの語彙力は持ち合わせていないので、目で柊斗に訴える。
「柊斗も食べてみて!」
この美味しさは共有しないと損だと、俺はスプーンでアイスを掬い、柊斗に差し出した。
「えっ」
「ん?どうかした?」
「……いや、なんでもない」
柊斗がどこか緊張した面持ちで、俺が差し出したスプーンを口に入れる。俺が柊斗に食べさせるような構図になった。
「おいしい?」
「……ん、うまい」
柊斗が頷いて微笑む。嬉しくなって、もっと多く掬って差し出すと、手で制された。
「いいよ、俺は。理玖が食べな」
止められてしまっては仕方ない、と柊斗に差し出したスプーンをそのまま自分の口に運ぶ。量を多く掬ったので、その分チョコレートの味が口いっぱいに広がった。
上機嫌に堪能していると、突然柊斗の手が俺の顔に向かって伸びてくる。
「ここ、ついてる」
そう言って俺の口の近くについていたチョコレートアイスを拭った。
「あ、ありがと」
突然のことで驚いたのか、心臓がバクバクと激しく動いている。柊斗に触れられたところが、燃えるように熱い。
「俺のも食べていいよ」
柊斗は自分の分のカップを俺に差し出すが、俺は顔の火照りを抑えるために、アイスを頬張るのに精一杯だ。
そんな俺を柊斗は頬杖をついて見つめる。
「好きなんだね」
「えっ?」
「アイスが」
「あ、うん、そう…アイス…」
出てきた単語に動揺して、相槌が曖昧になってしまった。
「俺も好き」
アイスのことのはずなのに、妙に真剣な柊斗の表情は、なぜか俺の脳裏に焼き付いて、心臓の鼓動を速めた。
この正体はなんなのだろうか。
答えは見つかりそうで見つからない。


