始業式の次の日。今日から本格的に授業が始まった。
4時間目が終わり、お昼休みになる。
同じクラスにまともな知り合いが柊斗ぐらいしかいない上、柊斗との関係を隠さないといけないので、実質的には一緒に昼食を取る人がクラスの中にはいない。
諦めて他のクラスの友達のところに行こうかと席を立ったところで、俺の前に1人が立ち塞がった。
「日永!一緒に飯食お!」
眩しいほどの笑顔で話しかけてくるのは塚田大輝だ。柊斗と同じく一軍で、生粋の陽キャだ。
「え…?なんで俺?」
塚田のような一軍陽キャが、俺みたいな平凡学生を誘うことなんて、秋に雪が降るぐらいには起こらないことだ。
「日永と仲良くなりたいからに決まってんじゃん?」
塚田は半ば強引に俺の腕を引く。断る術は持ち合わせていないので、大人しくついていく。
「日永連れてきたー!」
塚田は俺の肩に腕を回し、他のメンバーに言う。他のメンバーとは、椎谷健人、高野新、そして柊斗だ。柊斗の周りを囲うように椎谷と高野が座っている。
「俺、ここにいていいの?」
居た堪れなくなって、俺の近くに座っていた椎谷に聞く。椎谷に聞いたのは、単に近かったというだけではなく、この中で1番話しやすそうだと思ったからだ。椎谷は優しそうな柔らかな雰囲気を纏っている。
「ん?全然いいよ」
椎谷はそう言ってふわっと笑った。周りの女子から悲鳴が聞こえてくる。イケメンパワーっておっかないな。
そんなことを考えながらボンヤリと突っ立っていると、腕をクイと引っ張られた。
「早く座りなよ」
「あ、はい」
柊斗が自分の席に椅子を近づけポンポンと叩く。
ほぼ椅子がくっついているけどいいのだろうか。
「うわ〜。風間クン積極的〜」
俺を椅子に座らせようと急かす柊斗を見て、高野がスマホをいじりながら言う。積極性で言ったら塚田の方がある気がするけどな。
「うるさい高野。早く昼飯食えよ」
「チクチク言葉やめてくださーい。ふわふわ言葉にしてくださーい」
柊斗の言葉が全く効いてないように高野が返す。
それを聞いて、塚田がひらめいたように口を開く。
「わかった!『よろしければそのお口を閉じて頂けませんか、高野様。早くお食事をお食べになってください』って感じ?」
「それふわふわ言葉なの?」
思わず塚田につっこむと、横で椎谷がため息をついた。
「塚田も日永も、いちいち拾わなくていいよ」
椎谷の反応を見るに、この人たちはこれが平常運転らしい。
柊斗は弁当箱を取り出して蓋を開けた。
「え?柊斗弁当なの?去年は購買だったじゃん」
塚田の言葉で柊斗が一瞬固まる。
「……今年からは、弁当だから」
「へえー!そーなんだ」
柊斗が弁当なのは、俺のお母さんが柊斗の分までお弁当を作っているからだ。
と、そのことを思い出して俺も固まる。
「日永も弁当だろ?どんなやつ?」
塚田がこちらに話を振ってきて、全員の視線が俺に集まる。
「あぁ、ええっと……」
俺が渋っている理由はただ一つ。俺が今ここでお弁当を開けてしまうと、柊斗のお弁当と中身が全く同じことがばれて、芋づる式に俺たちが兄弟になったこともばれるかもしれない。
俺のヘマで柊斗に迷惑はかけられないので、ガタッと席を立った。
「お、俺、友達と一緒に食べる約束したんだった!ごめん!誘ってくれてありがと!」
「あ、おい!」
塚田の制止を振り切って、俺はその場から去った。
ーーーー
「三好〜、戸山〜」
俺は別のクラスの友達を訪ねる。去年同じクラスで仲が良かったのだ。
2人は俺が呼びかけると、こちらへ歩いてきた。
「なになに日永」
「どした?」
2人と話すのは久しぶりで実家のような安心感だ。
「今のクラス友達いなくて、昼飯一緒に食べていい?」
「おー」
「いいよ」
さらっと頷いてくれたのでホッとする。
2人の教室に引き入れられ、空いている席に座った。
「日永は4組だっけ?」
「あー、うん。そう」
三好の問いに頷くと、戸山が「あー」と腕を組んだ。
「じゃああの4人組と一緒か」
あの4人組、というのは柊斗たちのことだろう。
「あそこだけ世界観違うよなー。うちのクラスの女子もしょっちゅう覗きにいってるし」
三好が教室の外を指差すと、続々と女子が教室を後にしていた。早めに避難しておいてよかった。場違いすぎて死ぬところだった。
弁当の蓋を開け、箸を取り出す。
柊斗たちの話でもちきりな2人に、その4人組の1人と兄弟だ、なんて言ったらひっくり返るかもしれない。
2人の会話を聞き流しながら、弁当を食べ進める。
いちいち気を遣わなくていいから、この2人といるのは楽だ。
弁当を食べ終わり、片付けていると、三好がこちらに目線を移す。
「日永は4人組と喋ったん?」
「あー、なんか昨日話しかけられて。さっきも」
これくらいなら言っても大丈夫だろう。
俺の言葉に2人が目を見開く。
「なんで?」
「俺が聞きたい」
戸山にため息をつきながら返す。
「塚田は俺と仲良くなりたい、って言ってたけどそんなわけなくない?」
「卑屈だなぁ、日永は。ほんとにそうかもよ?」
三好は冗談半分で俺に言う。なんであんなザ・陽キャが俺みたいな一般人に興味持つんだよ。
そんな話をしていると、俺がいる教室、つまり1組の教室の中が急に騒がしくなった。
何事かと見回すと、その騒ぎの原因であろう人物が来た。
「日永。飯食い終わった?」
「高野?なんで?」
騒ぎの主は高野だった。ダルそうな目つきで俺を見つめる。ポケットに手を突っ込みながら、俺の隣にいた三好と戸山に目を移す。
「日永借りていい?」
「あ、うんどうぞどうぞ」
「利息なしで借りれます」
「おいお前ら」
簡単に売られた。この薄情者が!と三好と戸山を睨むと、目を逸らされた。
「じゃあ行くよ、日永」
「はい…」
もう勘弁してほしい。女子の「なにあいつ」みたいな視線が痛い。そんな俺の気も知らないで、高野は俺の腕を引く。
廊下に出たところで、俺は高野に聞く。
「高野、なんで俺呼びに来たの」
「それは風間に聞いて。あいつ『日永どこいったんだろ』ってうるさいんだよ。だから俺が駆り出された」
柊斗が?言葉の意図が読み取れない。
もしかして俺が誰かに兄弟だってことをバラすと思っているのかもしれない。
そこまで俺は信用がないのだろうか。
「高野はさ、なんでしゅ……風間が俺を気にしてるんだと思う?」
恐る恐る高野に聞く。もしかしたら何か知ってるかもしれない。
「なんでだろうね?」
高野はどこか含みのあるように笑った。
やっぱり、何か知ってる。
「なんか知ってんの?」
「知ってるよ。でもこれは俺が言うことじゃない」
なんだそれ。考え込むと一つの結論に辿り着く。
もしかして高野は俺たちが兄弟ってこと知ってる?
高野だけじゃなくて塚田も椎谷も?
そうだと仮定すると、塚田が俺と仲良くなりたい、って言った理由にもある程度説明がつく。
俺には誰にも言うな、って言っておいて自分はすぐに友達に言うのかよ。
そう思うと沸々と怒りが湧いてきた。
と、同時に悲しみも押し寄せる。
「日永どした?急に静かになったけど」
「……別に」
高野から目を逸らしていると、教室に着いた。
塚田が手をひらひらと振っていて、高野に背中を押されるままそこまで行く。
高野が柊斗を囲うように置いてあった椅子の一つに座る。その横に椎谷、塚田が座っていて、残り空いている席が柊斗の隣だけだった。
「日永はここー!」
塚田がその席をトントンと叩いた。さすがにこの流れに逆らう勇気もないのでそれに従う。
「り…日永、なんか機嫌悪い?」
「……悪くないよ?」
柊斗が俺の顔を覗き込んできたので、ヘラっと笑って返した。
俺のせいで雰囲気を悪くしたくないから。
それに何より、この感情を整理する必要があったから。
キーンコーンカーンコーン、とタイミングよくチャイムが鳴る。
「チャイム鳴ったから、自分の席戻るね」
まともに柊斗の顔を見ないまま、その日の学校は終了した。
ーーーー
家に帰って、風呂も全部終わらせて、リビングのソファーに座り一息つく。
「ただいま」
柊斗の声が玄関から聞こえて、慌てて立ち上がる。
自分の部屋に向かおうとすると、リビングに入ってきた柊斗に手首を掴まれた。
「理玖」
「……なに?」
俺が振り返らずに言うと、俺の手首を掴む柊斗の力が強まった。
「今日の昼くらいから機嫌悪いし、俺のこと避けてる気がして……俺、理玖になんかした?」
「そんなことないよ。考えすぎじゃない?」
嘘だ。そんなこと大アリだ。
だが、怒りの感情が膨れ上がって、ムキになる。
手に力を入れて、振り解こうとすると。
「待って」
柊斗は俺の肩を掴んで、ぐるっと自分の方に向かせた。
「本当のこと言って。俺、理玖には嫌われたくない」
必死な顔で俺を見つめる柊斗に、だんだんと罪悪感が降り積もる。
意を決して口を開く。
「……柊斗、俺たちが兄弟ってこと、塚田たちに言った?」
「え?」
柊斗が素っ頓狂な声を出す。
俺は構わず続ける。
「そうじゃないと理由がつかない」
「なんの?」
「塚田が俺と仲良くなりたい、って言った理由」
唇を噛み締めて柊斗を見つめる。
それに、と付け加える。
「柊斗、昼休みに俺がどこ行ったか気にしてたんでしょ。それって俺が誰かに兄弟だって言うかもしれないって焦ってたんじゃないの?」
「自分は友達に言ってるくせに、俺には誰にも言うな、って、随分自分勝手だな」
捲し立てて吐き捨てる。
怒りと同時に悲しみも押し寄せてきて、柊斗に背を向けた。その場に留まるのも憚られ、自分の部屋に行こうと歩き出す。
「待って理玖!」
そんな俺の腕を掴んで柊斗が引きとめる。
感情の昂りからか、いつのまにか目に浮かんでいた涙がポロッと溢れた。
「……なに」
「それ全部誤解だから」
「は?」
思わず柊斗を見上げると、俺が涙を溜めているのに気づいた柊斗が目を丸くした。
「ごめん、ほんとに。俺、誰にも言ってない。安心してよ」
柊斗はどうしたらいいかわからない、という風に俺の頭を撫でた。
「塚田たちはただただ理玖に興味があるだけ。そこに俺と理玖が兄弟だってことは関係ない」
「じゃあ、俺がどこに行ったか気にしてたのは?」
「それも俺が理玖に興味があるだけだよ。俺、理玖のこと信用してるから、理玖が誰かに俺たちのことバラすなんてこと思わない」
柊斗は真っ直ぐに俺を見つめる。さすがに嘘をついているとは思えなかった。
「ほんとに?」
「うん。命賭けれる」
「…そこまではしないでいいよ」
命まで賭けられてしまっては信じるしかない。
「わかった、信じる。だから一つだけ聞いていい?」
「いいよ。なに?」
前は聞く前に柊斗が行ってしまったので、タイミングを逃していたのだ。
「なんで俺と兄弟ってこと隠すの?」
「あー……えっと…塚田たちが知ったら理玖に変に絡んでいきそうだな、って。理玖がああいうノリ好きか分かんないし、迷惑かけたくなかったから」
「今も絡んできてる気がするけど……」
「それは俺も計算外だった」
どうやら俺を気遣ってのことだったらしい。だが、それも無意味だったようだ。
「なんかのタイミングとか、バレたら、とかの時に話す感じでいいかもな。わざわざ宣言することでもないし」
柊斗の言葉に頷く。隠す必要も無くなった気がするが、隠さない必要も無い。
「ごめん、理玖」
「いい……」
いいよ、って言いそうになって、一つ思いつく。
今なら柊斗はなんでもやってくれそうだ。この機会、使わないわけにはいかない。
「許してあげる代わりに、アイス買ってきてよ。えっと……お兄ちゃん?」
首を傾げて柊斗てニヤリと笑うと、柊斗がポカンと口を開けた。柊斗の顔がじわじわと赤くなっているのを見ていると、頭を乱暴に撫でられた。
「それはダメだって……反則」
柊斗がなにかポツリと呟いて、玄関へと歩いて行った。
慌ててそれを追いかける。本当に買いに行ってくれるとは思ってなかった。
玄関で靴を履いている柊斗に話しかける。
「待って柊斗。ほんとにいいの?」
「……いいよ。顔も冷ましたいし。何味がいい?」
「顔……?えっと、チョコがいい」
「ん。わかった」
柊斗はそう言って立ち上がる。
「理玖はいい子で待ってて?」
柊斗は微かに笑って、俺の頭を撫でた。
「いい子」って年齢でもないのに、と文句をつけるところかもしれないが、持ち前のイケメンパワーでそれがかき消されている。
柊斗は「行ってくる」と言って家を出る。
柊斗を見送る俺の顔は、火が出ていると錯覚するほど熱くなっていた。
あーあ。早くアイス買ってきてくれないかなぁ。
そんなことばかり考えていたこの時の俺は、高野が何を知っているか、なんてとっくに忘れていたのだった。


