俺の友人はおもしろい奴だ。
名前は 須藤 明希。
初めにその名前を見たのは、高校に上がって初めての中間テストの順位発表の時。中学時代は大体固定されていたトップ5に見覚えのない二つの名前があった。
その二人とも高校入学組の特待生だと聞いて、俺は完全な興味本位でどんなやつかと教室までそれとなく見に行ってみたんだ。
俺の一つ下の順位にいた三星くんは、その時は大人しそうな子だなって思ったくらい。
でも、もう一人のほう、つまり明希を見たときは、正直驚いた。
かわいらしい名前からは想像もつかないような、いわゆる三白眼の鋭いつり目。細い眉の間に深いしわを寄せ、口角を下げた仏頂面は圧倒的に不機嫌そうで。
『人を見た目で判断してはいけません』って祖母には口うるさく言われていたけど、おどろおどろしいデスメタル調の服も一役買って、椅子に足を広げって座る姿は完全にヤンキーだった。
今までこの学校にはいなかったタイプ。クラスでも明らかに異質なそいつは、見るからに遠巻きにされていた。
でも、そんな雰囲気ならスマホでもいじってるのかと思いきや、その時明希が手に持っていたのはなんと国語の教科書だったのだ。そのちぐはぐさにたまらなく興味をそそられた。
それ以来、俺は気が付けば明希を目で追うようになっていた。
後から聞いてみたら、スマホは持ってないし、話す相手もいなし、他にやることなくて暇だったから、たまたまだ、なんて言ってたけど。
今だって俺と話していないときはたいてい教科書を読んでるのにね。なぜか隠したがるけど、明希はすっごくまじめだ。
見た目は『学校なんてまじだりぃ』なんて言いそうな雰囲気なのにね。
もちろんそんなこと全然ないよ。授業中の態度は言わずもがな、体育では片付けを率先してやるし、他の授業の時も日直じゃないのに先生から何かしら雑用を頼まれてたりもする。廊下で見かけた時はたいていいっぱいの荷物を抱えてたっけ。
そんな様子を見ていたクラスメイト達も、初めは敬語を使うほど怯えていたのに、三学期になる頃にはため口で話しかけるくらいにはなっていた。それでも、いつも一緒にいるような友人はできなかったことに少し安堵していた俺はひどい奴かな。
俺はというと、結局一年生のうちは話しかけるきっかけをつかめず、一方的に観察するだけで終わってしまった。でも、俺は焦ってなんていなかったよ。
なぜなら、うちの学校は二年生から成績順にクラスが分かれる。だから、一年生のテストで常に上位5位以内にいた俺と明希が同じクラスになることはほぼ確定。そこからがスタートだって考えてた。
だって、接点皆無の状態より、クラスメイトとしてのほうが、どう考えても自然な流れで仲良くなりやすいでしょ?
実は文系クラスと理系クラスがあるから、確率は二分の一だったんだけどね。その時の俺は謎の自信に満ちていた。こういう根拠のない自信は俺の良いところでもあるけど、悪いところでもあるって祖母に言われたことがあったっけ。
なんにせよ、そうして迎えた始業式。神様は俺の味方だった。
同じクラスだっただけではなく、なんと、スドウとスワノで出席番号順の席が前後だったんだ。
相変わらずの仏頂面に、黒地に血をたらしたような赤い文字で『GO TO HEAVEN』と書かれたTシャツがすごく似合ってた。
当然すぐに話しかけたよ。「その服カッコイイね」って。明希はものすごく怪訝な顔をしたけどね。
その反応も、俺からしたら新鮮だった。俺が話しかけると、大抵の人は赤くなるか、挙動不審になるか。あんなふうにあからさまに警戒されたのは初めてだった。
そこからはまるで野良猫を手名付けるように、毎日声をかけ、褒め、頭をなで、時に餌付けをして。日々少しずつ俺に心を開いていく様は、たまらないものがあった。
明希と一緒に過ごすようになって気が付いたのは、明希は想像以上に表情豊かだったということ。
おいしいものを食べたときは、ふにゃって顔をほころばせるし、俺が頭をなでると顔を真っ赤にして怒る。でも、細い眉毛と、鋭い目をさらに釣りあげて怒るから、他の人から見たら結構怖いらしい。クラスメイトに「さっき、須藤にキレられてなかった…?」って心配された。
まさか、キレるなんてとんでもない。真っ赤な顔で「俺じゃなかったら勘違いするぞ!」なんて言うんだよ? そんなこと言われたら、もうかわいいしかないでしょ。
明希以外にはやらないから大丈夫って言ったら、今度は口をあわあわさせて、もっと真っ赤になってたっけ。ホントかわいいやつだよね。
それに、明希以外にはやらないってのも本当だしね。そんなことをしたら、明希の言う通り”勘違いされる”から。俺だってちゃんと人は選んでるさ。
祖国で女優をしていた祖母の美貌を存分に受け継いだ俺は幼いころから人の視線を集めた。だから俺にとってそれは普通のことで特に煩わしくはなかったんだ。
でも、何をしても「かわいい」と許される年齢を過ぎると、そこには期待とか、羨望とか、嫉妬とか、様々な感情が混ざるようになって。同時に俺への批判的な言葉も増えていった。
その容姿を生かさないと! って誘われた芸能の仕事を断れば、「思いあがってる」なんて言われたし、その頭脳を世界のために! って参加させられそうになったなんかの研究を断れば、「自分勝手だ」って責められたっけ。
特に最悪だったのは色恋関係。苦い思い出が山ほどある。
一番古い記憶はあれだな。小学生の時の話。
「○○ちゃんが、翔くんのこと好きなんだって」なんて、使命感に満ちたような顔をしたリーダー格の女子と、その後ろでもじもじしている○○ちゃん(もう名前すら覚えてない)。
その子たちは俺を見た目で『理想の王子様』とでも思っていたんだろうね。だからきっと、優しく微笑みながら「ありがとう」とか「嬉しい」とか答えると期待していたんだろう。でも、まだある意味純粋だった当時の俺に”正解”なんてわかるはずもなく。それはもう馬鹿正直に「だからなに?」と首をかしげた。
一方的に感情だけ伝えられたって、彼女がどうしたいのか、俺にどうしてほしいのかわからなかったから。まぁ相手も小学生だったんだから、そんなところまで考えが及ばなかったんだろうけど。
その結果、○○ちゃんは泣いた。そうしたらもう俺は悪者になる道しか残されてない。散々リーダー格の女子に罵倒され、しばらくの間その子の仲間内にはまるで凶悪犯のような目で見られたっけ。
こんなふうに勝手に期待されて、それと違うことをすると「裏切られた」といわんばかりに非難される、なんていうのを色々体験して俺はようやく悟った。
面倒事を起こさないためには、周囲が期待する『諏訪野 翔』という人間でいればいいのだと。
そうして出来上がったのが、”今の俺”だった。
明希は俺のこと万人に優しいと思ってるみたいだけど、そんなことはない。俺の”優しさ”は学校生活を円滑に送るための鎧に過ぎないから。これ以上は近づいてくれるなという境界線。つまりは全部自分のためだ。
本当の俺は優しくなんてないし、周りの目を気にせずにはいられない小さい人間だ。
だからこそ、明希に強く興味をひかれたのかもしれない。
初めはただの興味本位。遠くから見ているだけでよかった。でも、それじゃすぐに足りなくなって。
今、鋭い目を細めてもぐもぐと食べていたものは何? その、後ろの席の子が真っ青になるような服はどこで買ってるの? いつも急いで帰るのは何で?
彼のことを知りたい、彼と話したい。仲良くなりたいって思うようになった。
今はもう、ふにゃっと顔をほころばせながら食べている唐揚げは一日冷蔵庫で寝かせて味を染みさせたもので、商店街にある古着屋の常連で、同じ商店街にあるスーパーでバイトをしてるって知ってる。
そして、実は他人に対して結構冷めた考えを持ってるってことも。
外見で怖がられても、まぁ仕方ないか、で終わり。他人の考えは変えられないから、こっちだって無理して合わせる必要はないって。
それを聞いて俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
だって俺は、俺が”俺”でいることで起こる面倒事から逃げるために”今の俺”を作り上げたから。
だから、俺には明希の考え方はちょっとだけまぶしくて。ちょっとだけ苦しい。
無理して”今の俺”でいるわけじゃない。でも、もしかしたらそうじゃない未来も選べたんじゃないか。
そして、明希ならきっと、どんな俺でも受け入れてくれたんじゃないか、今だって受け入れてくれるんじゃないかって。
つい、期待をしてしまうんだ。
名前は 須藤 明希。
初めにその名前を見たのは、高校に上がって初めての中間テストの順位発表の時。中学時代は大体固定されていたトップ5に見覚えのない二つの名前があった。
その二人とも高校入学組の特待生だと聞いて、俺は完全な興味本位でどんなやつかと教室までそれとなく見に行ってみたんだ。
俺の一つ下の順位にいた三星くんは、その時は大人しそうな子だなって思ったくらい。
でも、もう一人のほう、つまり明希を見たときは、正直驚いた。
かわいらしい名前からは想像もつかないような、いわゆる三白眼の鋭いつり目。細い眉の間に深いしわを寄せ、口角を下げた仏頂面は圧倒的に不機嫌そうで。
『人を見た目で判断してはいけません』って祖母には口うるさく言われていたけど、おどろおどろしいデスメタル調の服も一役買って、椅子に足を広げって座る姿は完全にヤンキーだった。
今までこの学校にはいなかったタイプ。クラスでも明らかに異質なそいつは、見るからに遠巻きにされていた。
でも、そんな雰囲気ならスマホでもいじってるのかと思いきや、その時明希が手に持っていたのはなんと国語の教科書だったのだ。そのちぐはぐさにたまらなく興味をそそられた。
それ以来、俺は気が付けば明希を目で追うようになっていた。
後から聞いてみたら、スマホは持ってないし、話す相手もいなし、他にやることなくて暇だったから、たまたまだ、なんて言ってたけど。
今だって俺と話していないときはたいてい教科書を読んでるのにね。なぜか隠したがるけど、明希はすっごくまじめだ。
見た目は『学校なんてまじだりぃ』なんて言いそうな雰囲気なのにね。
もちろんそんなこと全然ないよ。授業中の態度は言わずもがな、体育では片付けを率先してやるし、他の授業の時も日直じゃないのに先生から何かしら雑用を頼まれてたりもする。廊下で見かけた時はたいていいっぱいの荷物を抱えてたっけ。
そんな様子を見ていたクラスメイト達も、初めは敬語を使うほど怯えていたのに、三学期になる頃にはため口で話しかけるくらいにはなっていた。それでも、いつも一緒にいるような友人はできなかったことに少し安堵していた俺はひどい奴かな。
俺はというと、結局一年生のうちは話しかけるきっかけをつかめず、一方的に観察するだけで終わってしまった。でも、俺は焦ってなんていなかったよ。
なぜなら、うちの学校は二年生から成績順にクラスが分かれる。だから、一年生のテストで常に上位5位以内にいた俺と明希が同じクラスになることはほぼ確定。そこからがスタートだって考えてた。
だって、接点皆無の状態より、クラスメイトとしてのほうが、どう考えても自然な流れで仲良くなりやすいでしょ?
実は文系クラスと理系クラスがあるから、確率は二分の一だったんだけどね。その時の俺は謎の自信に満ちていた。こういう根拠のない自信は俺の良いところでもあるけど、悪いところでもあるって祖母に言われたことがあったっけ。
なんにせよ、そうして迎えた始業式。神様は俺の味方だった。
同じクラスだっただけではなく、なんと、スドウとスワノで出席番号順の席が前後だったんだ。
相変わらずの仏頂面に、黒地に血をたらしたような赤い文字で『GO TO HEAVEN』と書かれたTシャツがすごく似合ってた。
当然すぐに話しかけたよ。「その服カッコイイね」って。明希はものすごく怪訝な顔をしたけどね。
その反応も、俺からしたら新鮮だった。俺が話しかけると、大抵の人は赤くなるか、挙動不審になるか。あんなふうにあからさまに警戒されたのは初めてだった。
そこからはまるで野良猫を手名付けるように、毎日声をかけ、褒め、頭をなで、時に餌付けをして。日々少しずつ俺に心を開いていく様は、たまらないものがあった。
明希と一緒に過ごすようになって気が付いたのは、明希は想像以上に表情豊かだったということ。
おいしいものを食べたときは、ふにゃって顔をほころばせるし、俺が頭をなでると顔を真っ赤にして怒る。でも、細い眉毛と、鋭い目をさらに釣りあげて怒るから、他の人から見たら結構怖いらしい。クラスメイトに「さっき、須藤にキレられてなかった…?」って心配された。
まさか、キレるなんてとんでもない。真っ赤な顔で「俺じゃなかったら勘違いするぞ!」なんて言うんだよ? そんなこと言われたら、もうかわいいしかないでしょ。
明希以外にはやらないから大丈夫って言ったら、今度は口をあわあわさせて、もっと真っ赤になってたっけ。ホントかわいいやつだよね。
それに、明希以外にはやらないってのも本当だしね。そんなことをしたら、明希の言う通り”勘違いされる”から。俺だってちゃんと人は選んでるさ。
祖国で女優をしていた祖母の美貌を存分に受け継いだ俺は幼いころから人の視線を集めた。だから俺にとってそれは普通のことで特に煩わしくはなかったんだ。
でも、何をしても「かわいい」と許される年齢を過ぎると、そこには期待とか、羨望とか、嫉妬とか、様々な感情が混ざるようになって。同時に俺への批判的な言葉も増えていった。
その容姿を生かさないと! って誘われた芸能の仕事を断れば、「思いあがってる」なんて言われたし、その頭脳を世界のために! って参加させられそうになったなんかの研究を断れば、「自分勝手だ」って責められたっけ。
特に最悪だったのは色恋関係。苦い思い出が山ほどある。
一番古い記憶はあれだな。小学生の時の話。
「○○ちゃんが、翔くんのこと好きなんだって」なんて、使命感に満ちたような顔をしたリーダー格の女子と、その後ろでもじもじしている○○ちゃん(もう名前すら覚えてない)。
その子たちは俺を見た目で『理想の王子様』とでも思っていたんだろうね。だからきっと、優しく微笑みながら「ありがとう」とか「嬉しい」とか答えると期待していたんだろう。でも、まだある意味純粋だった当時の俺に”正解”なんてわかるはずもなく。それはもう馬鹿正直に「だからなに?」と首をかしげた。
一方的に感情だけ伝えられたって、彼女がどうしたいのか、俺にどうしてほしいのかわからなかったから。まぁ相手も小学生だったんだから、そんなところまで考えが及ばなかったんだろうけど。
その結果、○○ちゃんは泣いた。そうしたらもう俺は悪者になる道しか残されてない。散々リーダー格の女子に罵倒され、しばらくの間その子の仲間内にはまるで凶悪犯のような目で見られたっけ。
こんなふうに勝手に期待されて、それと違うことをすると「裏切られた」といわんばかりに非難される、なんていうのを色々体験して俺はようやく悟った。
面倒事を起こさないためには、周囲が期待する『諏訪野 翔』という人間でいればいいのだと。
そうして出来上がったのが、”今の俺”だった。
明希は俺のこと万人に優しいと思ってるみたいだけど、そんなことはない。俺の”優しさ”は学校生活を円滑に送るための鎧に過ぎないから。これ以上は近づいてくれるなという境界線。つまりは全部自分のためだ。
本当の俺は優しくなんてないし、周りの目を気にせずにはいられない小さい人間だ。
だからこそ、明希に強く興味をひかれたのかもしれない。
初めはただの興味本位。遠くから見ているだけでよかった。でも、それじゃすぐに足りなくなって。
今、鋭い目を細めてもぐもぐと食べていたものは何? その、後ろの席の子が真っ青になるような服はどこで買ってるの? いつも急いで帰るのは何で?
彼のことを知りたい、彼と話したい。仲良くなりたいって思うようになった。
今はもう、ふにゃっと顔をほころばせながら食べている唐揚げは一日冷蔵庫で寝かせて味を染みさせたもので、商店街にある古着屋の常連で、同じ商店街にあるスーパーでバイトをしてるって知ってる。
そして、実は他人に対して結構冷めた考えを持ってるってことも。
外見で怖がられても、まぁ仕方ないか、で終わり。他人の考えは変えられないから、こっちだって無理して合わせる必要はないって。
それを聞いて俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
だって俺は、俺が”俺”でいることで起こる面倒事から逃げるために”今の俺”を作り上げたから。
だから、俺には明希の考え方はちょっとだけまぶしくて。ちょっとだけ苦しい。
無理して”今の俺”でいるわけじゃない。でも、もしかしたらそうじゃない未来も選べたんじゃないか。
そして、明希ならきっと、どんな俺でも受け入れてくれたんじゃないか、今だって受け入れてくれるんじゃないかって。
つい、期待をしてしまうんだ。

