「だからなに、このジンベイザメ!!」
今、ここは俺の部屋。翔はベッドに寝転びながら本を読んでいて、俺はその足元でジンベイザメを抱えながら座っている。
このジンベイザメが届いたのは、修学旅行から帰ってきた翌日のこと。まだ停止中だった俺の頭がようやく戻り始めたころだった。
”あの行為”についても聞かなければならないが、まずはジンベイザメだと、俺は初めて自分から翔にメッセージを送った。
「俺のだってば」
昨夜、送ってきたメッセージでもそう言っていた。意味が分からないと返したら、こうしてわざわざ家まで説明をしに来てくれたってわけなんだが。同じセリフを返すだけなら、何ら意味はない。
「なんでおまえのジンベイザメが俺の家に届くんだよ」
「明希の家に届くように水族館から送ったからだね」
「だからなぜ?!」
「しばらく預かってほしいなと思って。また今度取りに来るからさ」
「……いつまで?」
「んー、高校卒業するまで」
「結構長いな?!」
意味ががわからなすぎる。いや、俺が欲しがってたから買ったんだろうなって本当はわかってるけど。そう言っても俺は受け取らないと思って、こういう手段に出たんだろうなって。でも、それならなぜ期限があるのか。まぁその理由がわかったのは卒業式のあとなんだけど。その話はいずれ、また。
なんとも察しの悪い俺がため息をついていると、おもむろに起き上がった翔が俺にスマホを向けてくる。何かと思ったら、カシャリと軽い音が鳴った。
「今、写真撮った?!」
「うん、ジンベイザメ抱えてる明希がかわいくて」
「そんなわけあるか! 消せ!!」
スマホを奪おうと翔に飛びかかったのだが、これが悪手だった。
伸ばした手は軽々とつかまれ、気が付けば抱え込まれたままベッドに寝転がされていた。なにこの早業。しかもなぜそのまま抱きしめる?!
「はーなーせ!」
「ちょっとだけ」
頭を撫でられ、回された腕には少しだけ力がこもる。口ではやめろと言いつつも、結局俺は体の力を抜いた。本当に嫌なら引きはがしてベッドから落とせばいいし、やろうと思えばできる。でも、それをしないのは、こうされているのが嫌じゃないからだ。それどころか、近くで感じる翔の香りとぬくもりに心臓は跳ねて、喜んでいる。
――これはもう、”友情”とは言えないよな……。
さすがに鈍い俺でも自分の気持ちに気づくしかない。
それから、翔の想いにも。
だって、いつもの優しさも、あの時助けてくれたことも、キスも、”ただの友人”にするにはどう考えても度を越しているから。
でも、やっぱり孝太郎のことが頭によぎる。それもあって俺はその可能性になかなかたどり着けなかったし、今も素直になれずにいるんだけど。
これについては正直、話してくれない翔が悪いんじゃないのか? と思う。いや、俺も聞くタイミングを逃し続けているから同罪か。
だから今日こそはちゃんとしようと、俺はポンポンと翔の背を叩いた。
「翔、放せ」
俺の声が真剣だったからだろう。翔はすぐに俺から手を放し、体を起こした。
その横に俺も並んで座る。正面に向き合うのはちょっと照れくさくて、斜めを向いたまま。横目で見えた翔の耳には俺の渡したイヤーカフが付いてる。俺の腕にはもらったブレスレット。この部屋に日の光は入らないけど、同じ色の青がきらりと光って、背を押してくれる。
「修学旅行で聞けなかった話、今聞かせてくれ」
「うん……、そうだね。このままなあなあにしたままは、やっぱりだめだよね」
「ダメだな」
二人でちょっと苦笑いをする。多分、あいまいにしたままでも俺たちは一緒にいられると思う。でも、ちゃんと区切りをつけて次に進みたいから。
「明希」
翔に初めて名前で呼ばれたときはびっくりしたな。いきなり距離を詰めてくるイケメン怖って思ったっけ。でも、今ではそれも耳になじんだ。ちょっとくすぐったく感じるのは、気持ちの変化のせいだろうか。いや、ずっとそうだったかも。俺の名前を呼んでくれる翔の声が、本当はずっと嬉しかったんだ。
「俺は、明希が好きだよ」
ストレートな言葉に涙がこみ上げてくる。でも不思議と気持ちは穏やかだ。今なら、何でも聞けるし、何でも言える気がする。
「孝太郎のことは?」
「三星くんのことは俺の中で『恋』になりきらなかった。俺には、明希がいたから」
俺がいなければ、もしかしたら結果は違ったかもしれない。でもそれは、想像しても仕方がないことだ。だって俺はここにいて、翔と一緒にいると決めたのだから。
「明希は? 俺のこと、どう思ってる?」
なんでちょっと不安げなんだよ。思わずくすっと笑ってしまった。
そこは自信を持ってほしい。
だって、いつもめちゃくちゃ優しくて、つらい時に助けてくれて、ずっと側にいてくれる。そんなやつ、好きにならない方がおかしいだろ?
「俺も、翔が好きだよ」
俺はあふれてくる涙をぬぐって、思いっきり翔の胸に飛び込んだ。
こうして、イケメンで、頭もよくて、運動もできて、すっごく優しい。
そんな俺の友人は。
晴れて俺の恋人になった。
~END~
今、ここは俺の部屋。翔はベッドに寝転びながら本を読んでいて、俺はその足元でジンベイザメを抱えながら座っている。
このジンベイザメが届いたのは、修学旅行から帰ってきた翌日のこと。まだ停止中だった俺の頭がようやく戻り始めたころだった。
”あの行為”についても聞かなければならないが、まずはジンベイザメだと、俺は初めて自分から翔にメッセージを送った。
「俺のだってば」
昨夜、送ってきたメッセージでもそう言っていた。意味が分からないと返したら、こうしてわざわざ家まで説明をしに来てくれたってわけなんだが。同じセリフを返すだけなら、何ら意味はない。
「なんでおまえのジンベイザメが俺の家に届くんだよ」
「明希の家に届くように水族館から送ったからだね」
「だからなぜ?!」
「しばらく預かってほしいなと思って。また今度取りに来るからさ」
「……いつまで?」
「んー、高校卒業するまで」
「結構長いな?!」
意味ががわからなすぎる。いや、俺が欲しがってたから買ったんだろうなって本当はわかってるけど。そう言っても俺は受け取らないと思って、こういう手段に出たんだろうなって。でも、それならなぜ期限があるのか。まぁその理由がわかったのは卒業式のあとなんだけど。その話はいずれ、また。
なんとも察しの悪い俺がため息をついていると、おもむろに起き上がった翔が俺にスマホを向けてくる。何かと思ったら、カシャリと軽い音が鳴った。
「今、写真撮った?!」
「うん、ジンベイザメ抱えてる明希がかわいくて」
「そんなわけあるか! 消せ!!」
スマホを奪おうと翔に飛びかかったのだが、これが悪手だった。
伸ばした手は軽々とつかまれ、気が付けば抱え込まれたままベッドに寝転がされていた。なにこの早業。しかもなぜそのまま抱きしめる?!
「はーなーせ!」
「ちょっとだけ」
頭を撫でられ、回された腕には少しだけ力がこもる。口ではやめろと言いつつも、結局俺は体の力を抜いた。本当に嫌なら引きはがしてベッドから落とせばいいし、やろうと思えばできる。でも、それをしないのは、こうされているのが嫌じゃないからだ。それどころか、近くで感じる翔の香りとぬくもりに心臓は跳ねて、喜んでいる。
――これはもう、”友情”とは言えないよな……。
さすがに鈍い俺でも自分の気持ちに気づくしかない。
それから、翔の想いにも。
だって、いつもの優しさも、あの時助けてくれたことも、キスも、”ただの友人”にするにはどう考えても度を越しているから。
でも、やっぱり孝太郎のことが頭によぎる。それもあって俺はその可能性になかなかたどり着けなかったし、今も素直になれずにいるんだけど。
これについては正直、話してくれない翔が悪いんじゃないのか? と思う。いや、俺も聞くタイミングを逃し続けているから同罪か。
だから今日こそはちゃんとしようと、俺はポンポンと翔の背を叩いた。
「翔、放せ」
俺の声が真剣だったからだろう。翔はすぐに俺から手を放し、体を起こした。
その横に俺も並んで座る。正面に向き合うのはちょっと照れくさくて、斜めを向いたまま。横目で見えた翔の耳には俺の渡したイヤーカフが付いてる。俺の腕にはもらったブレスレット。この部屋に日の光は入らないけど、同じ色の青がきらりと光って、背を押してくれる。
「修学旅行で聞けなかった話、今聞かせてくれ」
「うん……、そうだね。このままなあなあにしたままは、やっぱりだめだよね」
「ダメだな」
二人でちょっと苦笑いをする。多分、あいまいにしたままでも俺たちは一緒にいられると思う。でも、ちゃんと区切りをつけて次に進みたいから。
「明希」
翔に初めて名前で呼ばれたときはびっくりしたな。いきなり距離を詰めてくるイケメン怖って思ったっけ。でも、今ではそれも耳になじんだ。ちょっとくすぐったく感じるのは、気持ちの変化のせいだろうか。いや、ずっとそうだったかも。俺の名前を呼んでくれる翔の声が、本当はずっと嬉しかったんだ。
「俺は、明希が好きだよ」
ストレートな言葉に涙がこみ上げてくる。でも不思議と気持ちは穏やかだ。今なら、何でも聞けるし、何でも言える気がする。
「孝太郎のことは?」
「三星くんのことは俺の中で『恋』になりきらなかった。俺には、明希がいたから」
俺がいなければ、もしかしたら結果は違ったかもしれない。でもそれは、想像しても仕方がないことだ。だって俺はここにいて、翔と一緒にいると決めたのだから。
「明希は? 俺のこと、どう思ってる?」
なんでちょっと不安げなんだよ。思わずくすっと笑ってしまった。
そこは自信を持ってほしい。
だって、いつもめちゃくちゃ優しくて、つらい時に助けてくれて、ずっと側にいてくれる。そんなやつ、好きにならない方がおかしいだろ?
「俺も、翔が好きだよ」
俺はあふれてくる涙をぬぐって、思いっきり翔の胸に飛び込んだ。
こうして、イケメンで、頭もよくて、運動もできて、すっごく優しい。
そんな俺の友人は。
晴れて俺の恋人になった。
~END~

