俺の友人は。

 修学旅行は沖縄に三泊四日。一日目のピークは正直、飛行機だった。人生で初めて乗ったが、あんなにも恐ろしい乗り物だとは思わなかった。
 乗るまでは平気だったんだけど。ふわっとする浮遊感がほんとダメで。そもそもどうしてあんなにも高いところを鉄の固まりが飛んでるんだよ。
 気が付けば隣に座る翔の服を握りしめていたわけだが。翔はというと、そんな俺を見てずっと笑っていた。

「大丈夫だよ、明希。落ちるときはみんな一緒だから」
「それのどこに大丈夫な要素があるんだよ?!」

 しかもそんな状態の俺を一人で置いてトイレに行くとか。この時初めて翔のことをひどいやつだと思った。
 あまりに怯える俺を見かねたクラスメイトが声をかけてくれて、もともといた窓側の席から、真ん中の席に変わってもらったんだけど。戻ってきた翔にすぐ元の席に連れ戻されるし。そのあとはもうひたすら翔の腕にしがみつきながら、目を閉じていた。帰りにもう一度乗らないといけないのかと思うと今から憂鬱だ。

「はぁ~」
「ため息深いなぁ。帰りも俺にしがみついてれば大丈夫だよ」
「……トイレは乗る前にすましておいてくれ」
「根に持ってる?! 帰りは気を付けます」

 そんなやり取りをしながら、定番ルートを回って宿泊場所へ。今日から三日間同じホテルに泊まる。俺はずっと翔と二人部屋だ。
 もし俺が修学旅行に来ないという選択をしていたら、翔はホテルでずっと一人ぼっちだったかもしれないと思うと、今更ながら申し訳ない気持ちになる。だからこそ、ここに来れたことを最大限感謝しながら楽しまないと!

 決意も新たに一旦部屋に荷物を置いて食事会場に行こうと廊下に出ると、ちょうど孝太郎が隣の部屋から出てきた。

「お隣だったんだね」

 目ざとく翔が話しかけているが、孝太郎はあからさまにチッという顔をして、ガン無視。同室の人がきょろきょろしているぞ。翔はそれを気にする様子もなく、前を歩く孝太郎たちについて歩き出した。
 そういえば翔と孝太郎の仲がうまくいったというのは俺の勘違いで。結局、関係は特に変わってはいないらしい。でもさ、これからも翔と一緒にいるなら、翔の孝太郎への”想い”だって、もう見て見ぬふりはできないから。
 それに、修学旅行だよ。高校生活最大のイベントだよ。ここで何か動きがあってもおかしくはない。

「なぁ、翔」
「ん? なぁに?」
「……俺、孝太郎と部屋変わろうか?」
「は?」

 この「は?」、前にも聞いたことあります。「なに言ってんだおまえ」って意味のやつですね。どうやらまた間違えたらしい。
 恐る恐る隣を歩く翔を見上げてみると、何やら思案顔。怒ってるわけではなさそうだ。

「……部屋は変わらなくていいよ。っていうか、変わらないで」
「そ、そっか、わかった」

 自分で言い出したくせに、ほっとしてしまう。芽生えてしまった嫉妬心はまだ健在らしい。厄介なもんだ。

「明希、その話、あとでちゃんと話させてくれる?」

 今度は心臓がドキッと大きな音を立てた。どういう話なのか。そこはやっぱり修学旅行中に告白しようと思ってる、とか。それともやっぱり付き合ってるって話とか? いやいや、実はもう振られてましたって可能性だって……。
 なんてことをずっと考えいたせいで夕飯に何を食べたかもあいまいなまま、気が付けば部屋に戻ってきていた。
 ついでに、なぜか部屋に戻る前、孝太郎が人目をかいくぐって話しかけてきたりして。俺の混乱は増すばかり。

「明希ちゃん、何かあったらすぐこっちの部屋にきなよ」

 ってどういうこと? 何があるっていうんだ? 虫が出るとか? 沖縄にいるゴから始まる虫はすごくでかいって聞いたことがあるけど、本当だろうか。確かにそれが出たら、隣に逃げるしかないかもしれない。

 ぐるぐるぐるぐると余計な考えが頭を回る。俺が先にシャワーを浴びさせもらったから、今は翔がシャワーを浴びているんだけど。聞こえてくる水の音までなんだか妙に生々しく思えてきて。俺は一旦落ち着こうとベッドの中にもぐりこんだ。


 そんで気が付いたらもう朝だったって信じられる? 翔がかけてくれたスマホのアラームの音で目を覚ましましたよ。

「おはよう、明希」
「ごめん、俺さっさと寝ちゃって……」
「いいよ、疲れてたんでしょ。ほら、準備して朝ごはん食べに行こ」

 起き抜けでもイケメンはイケメンだよ。ニッと笑った顔が朝日よりも輝いていた。
 今日はそれぞれで選んだアクティビティに行く。俺たちはマングローブカヤックだ。孝太郎は御嶽(うたき)に行くといっていた。
 そのあとはアメリカンビレッジでいろいろ見て回って、食べ歩きとかして。そしたら二日目もシャワー浴び次第、速攻で爆睡しました。
 そこでようやく気が付いた。俺は一日外で遊ぶという経験がほとんどない。旅行と呼べるものなんて中学の修学旅行以来。しかも一緒に楽しんでくれる友人までいる。だから、テンションが上がってるせいもあって、体力の配分がうまくできていないんだろうって。興奮して眠れないっていうパターンとどっちがよかったのか。
 とにかく、三日目こそは同じ失敗をしないよう、『今日は落ち着いて』を心のスローガンにしていたのだが、でっかい水槽の中を泳ぐでっかいジンベイザメを見てテンションを上げない方が無理だ。ジンベイザメのでっかいぬいぐるみを買うか真剣に悩んだが、この後国際通りに行くのに持って歩くのは邪魔すぎるという理由で断念した。
 断念してよかったと思う。じゃなかったら食べ歩きとか、ふらっと気になった店に入ったりとかできなかったと思うから。欲しかったけどな、ジンベイザメ……。
 でも、もっといいものが買えたから。良しとしよう。
 そして今日こそ、翔の話をちゃんと聞きたい。それに、俺からも話したいことがある。
 夜にはビーチで星空観賞なんてイベントもあるから、翔は女の子たちに捕まるんじゃないかとちょっと心配してたけど。

「どうするのか聞かれたから、明希と一緒にいるって言ったら、そうだよね、ってみんな言ってたよ」
「それはそれでなんでだよ」

 波の音に、満天の星空。ムードは充分。それこそカップルで参加してる人もたくさんいて。そんな雰囲気に当てられてだんだんと不安になってくる。
 部屋は変わらなくていいって言われたけど、この三日間は俺がずっと翔を独占してしまった。翔だって本当は孝太郎といたかったんじゃないのだろうか。俺と一緒にいて本当にいいんだろうか。
 そんなネガティブな想いと、「そんなことない」って思いたい気持ちとで揺れ動きつつも、どうしても口には出せなくて。だって、聞いて、やっぱり孝太郎のところに行くって言われたら……。想像しただけで胸が絞られたように痛む。これが本当に”友情”からくるものなのか疑わしくなるほどに。
 だから、翔がここにいてくれるっていうなら。このまま一緒にいてくれるなら。

 ――これを渡すんだ。

 俺は上着のポケットの中に入れておいたものを確かめるように、こっそりと握りしめた。