俺の友人は。

 ちょっとやりすぎだったかな?
 その後明希から「半径一メートル以内に近寄るな!」と接近禁止令を出されてしまった。

 バスケ部で出しているポテトフライのお店は校門から昇降口までまっすぐに伸びるレンガ造りの道の端っこ、校舎に一番近い場所に出店している。
 これは行列を見込んでの位置取りらしい。現に今も他のお店に比べてかなり長い行列ができている。

「おっ、諏訪野きた! ようやく交代できる~。もう全然行列途切れなくてさ。やばいよ、これ」
「お疲れ。在庫は大丈夫そう?」
「ハーブソルトとか、カレーとかこの辺のフレーバーはちょっとやばそう。でもまぁ売り切れたらそこで終わりにするしかないっしょ。キリないわ」
「ほんとそれ。もう、これは絶対売上一位とれるって。フレーバー考えた人マジ神よ」
「その神がこちら」

 どやっと俺の後ろにいた明希の肩を抱き、グイっと前に出す。

「おい、一メートル!」

 まだ接近禁止令は解除されていなかったらしいが、今こそ俺の明希を自慢する絶好のチャンス。抱っこを嫌がる猫みたいに両手を俺に突っ張る明希をここぞとばかりに抱き寄せる。

「おっ噂の須藤くんな! ほんとありがとね」
「えっ、いや、俺は、何も……」

 うわっ、人見知りを発動したせいで、つい今の今まで俺を引きはがそうとしていた手で俺の服を掴んじゃう明希、最高にかわいい。
 なお、このやり取りの間も店番のバスケ部員たちはちゃんとテキパキと動いている。それでもやっぱり行列は途切れない。これは、なかなか大変そうだ。

「……翔、よかったら俺手伝おうか? まだクラスのほうの交代まで時間あるし」
「えっいいの?! 助かる!!!」

 バスケ部員たちの勢いに圧倒されて一歩下がりつつも、明希は照れくさそうに「うん」とはにかんだ。

「……須藤くんいい人だ」
「ほんと、もっと怖い人かと……」
「はいはい、そろそろ交代しよ。自由時間なくなるよ」

 咄嗟に明希を背に隠して前に出ると、そいつらは「そうだった!」と慌てて着ていたエプロンを俺に渡していなくなった。
 ちょっとあからさますぎただろうか。ちらりと明希のほうをうかがいみてみたけど、特に気にした様子はなさそうで、ほっと胸をなでおろす。
 だってさ、明希のかわいいところを知ってるのは俺だけでいいんだよ。


「あーー疲れた! でも楽しかったなー!!!」

 こうして幕を閉じた文化祭。結果を見ると、飲食部門で売り上げ一位はバスケ部、二位は俺たちのクラスだった。頑張りが成果として出るのは嬉しいことだ。

「ほとんど翔のおかげだろ」
「そんなことないでしょ。むしろバスケ部は明希のおかげだし」

 確かにクラスの売り上げには貢献したと思うけど、バスケ部は違う。俺がいなくてもずっと行列だったんだから。

「別にただのポテトだったとしても、一位取れてたと思うけど」
「またそういうこと言う」

 明希はとことん自己評価が低い。自分がどれほどの影響を俺に、俺以外にも与えているかわかってない。そんな思いを隠さずむくれると、明希は困ったように笑った。

「……打ち上げ、ほんとに行かなくてよかったのか?」

 売り上げ二位を祝して、クラスで打ち上げをやると誘われたけど、それを断って今、明希と帰宅しているわけで。帰る前にも散々聞かれたのに、まだ明希は気にしているみたいだ。

「うん、大丈夫。明希だって行かないじゃん」
「俺は、別にいなくてもいいだろ。でも翔は……」

 立役者なのに、ってクラスのメンバーにも言われた。
 でも、明希も、三星くんだって打ち上げには参加しない。普通に帰って、普通にご飯にするって。
 クラスのみんなで打ち上げをするのもきっと楽しいと思う。でも、俺はこっちのほうがいいんだ。

「言ったでしょ? 俺は明希といるのが一番楽しいって」

 照れ隠しも含めて、今日のご飯は何かなーなんて言いながら明希を置いて先を歩く。

「……俺も、翔といると楽しいよ」

 追いついてきたと思った明希は、そのまま俺の横を通り過ぎて行った。言い逃げした後姿は耳が真っ赤になっている。今日の明希はかわいいの供給過多だ。俺はこらえきれず、明希に後ろから飛びついた。

「うわっ!!」
「あーき、今日のご飯なに??」
「今日はカレー」
「最高じゃん。早く帰ろ」

 離れろって言われないことをいいことに頭をぐりぐりと押し付けると、「やめろ」とぺちりとはたかれた。もう接近禁止令は解除ってことでいいかな?
 じゃれあっていたらあっという間に家についていた。

 俺は明希の家に来るようになるまで、包丁を握ったことなんて学校の調理実習くらいだった。でも、明希と並んで料理するっていうのがなかなか楽しくて、教えもらいながらだいぶ上達したと思う。今日だってもちろんカレーを作るお手伝いをする。
 まだ三星くんは帰ってきていない。いても彼は料理の手伝いはしないんだけどね。明希曰く、「孝太郎がいても手間が増えるだけ」らしい。
 俺もそう思われないように頑張らないと。気合を入れて、手を洗っていると、冷蔵庫を覗いていた明希が小さくため息をこぼした。

「しまった、牛乳がない」
「買ってこようか?」
「いいよ、ちゃちゃっと行ってくるから。悪いけど野菜切っておいてくれる?」
「ん、わかった」

 財布を掴んで出て行った明希を見送り、任されたニンジンを切りにかかる。
 俺は完全に浮かれモードだった。
 文化祭を明希と一緒に回れたのが楽しかったから。
 まるで家族の一員のようにこうして当たり前のように夕飯の準備を任せてもらえるのが嬉しかったから。

 だから、まさかこの時明希を一人で買い物に行かせたことを、後悔することになるなんて思いもしなかったんだ。