俺の友人は。

「あっ須藤くん、諏訪野くんも! 映画見てくれたんだね! どうだった?!」

 教室を出てすぐ、声をかけてきたのは夏休み前に映画への出演を明希に打診してきた女子。映画のスタッフロールにも脚本として名を連ねていた。

「結末が予想外で、なかなか興味深かったよ」

 俺がにっこりと微笑んで見せると、彼女は毛を逆立てるようにして顔を真っ赤にして目線をそらした。でもそれはおそらく俺という存在に慣れていないだけで、俺への好意とかではない。
 うちの学校の女の子は割とこういう反応をする子が多くて、不必要に距離を詰めてくる子がいないから、学校生活ではとても助かっている。

「は、初めは普通に男女の恋物語にしようと思ってたんだけど、なんか違うなぁって悩んでるときに、二人を見てたらってビビッと来ちゃって! もうめちゃくちゃ参考にさせてもらっち、、あっ……!」

 やっぱり俺からは目をそらしたまま、それでも興奮した様子で勢いよく話し始めたと思ったら、彼女は唐突に自らの手で口をふさいだ。まさに「余計な事言った」って感じで。

「参考に……?」
「いやぁ、あははは」

 明希の怪訝そうな声に、彼女はあからさまに目を泳がせている。
 映画に出てきた金髪の少年は彼女が「明希にぴったりな役だ」と言っていたくらいだから、明希をモデルにしているんだろうなとは思ったけど、背の高い少年のモデルが俺だというのはあまりピンとこない。
 特に自分との共通点は感じなかった。だって、背の高い少年から感じたのは金髪の少年への執着や、少女への嫉妬と焦燥……そこまで考えて俺はある一つの可能性に気づき、はっとした。

「……っ!!」
「翔? どうした、顔真っ赤だぞ?!」

 ふとよぎったその可能性が頭の中に再生されるたびに体が火を噴いたかと思うほど熱くなっていく。
 考えすぎだと思いたい。いや、きっとそうに決まっている。
 まさか、俺が明希に”そういう感情”を抱いているように彼女には見えた、なんて……!

「もしかして気分悪いのか?! なんか飲み物買ってくるからそこ座ってろ!」
「あっ、ちがっ、待って明希……!」

 きっと俺は今、耳まで真っ赤になっていると思う。そんな俺の様子を、明後日の方向に勘違いした明希はすごい勢いでその場からいなくなってしまった。俺と、件の女子を残して。

 明希がいなくなった途端、どうしよう、諏訪野くんと二人っきりになっちゃった……シメられちゃう、はわわわっとキョドっている彼女をちらりと見上げると、おびえたようにびくりと肩を跳ねさせられてしまった。シメられるってどういうことだ。

 ごほんと咳払いをして、”いつもの俺”を意識して表情を取り繕う。明希はいなくなっちゃったし、この際だから疑問は解決したほうがいい。

「俺って、”あんなふう”に見えてた?」
「あんなふう?」
「執着心とか嫉妬心丸出しな」
「えっ、ちがっ、うってわけでもないんだけっど、もしかしてっていう私の妄想っていうで……」
「妄想? 例えば?」
「あー、えっと、あの……」

 言い淀む彼女に思わず笑顔の圧が強めてしまう。だめだ、余裕ないな、俺。

「す、諏訪野くん、須藤くんが誰かと話してると絶対に話に入ってくし、ボディタッチも多いし……。それが『明希は俺のだ!』っていうアピールだったら最高だなぁってそこからいろいろ妄想が膨らんで……」
「なるほど」
「いや、でも、あくまで、私の勝手な妄想だから……!」

 そういえば前に明希が「のんちゃんは何でもかんでもBL変換する」とうんざりしたように言っていた。例えば、並んで買い物をしているだけで、一緒に本をのぞいているだけで、そのすべてがBLに見えるのだと。
 多分、彼女の妄想もそれと同じことなんだろう。つまり、この子も腐女子なんだな。
 だから、あくまでそれは彼女の妄想で、俺の行動自体が()()見えていたわけではないとわかってちょっと安心。
 でも、

「……あながち間違いでもないかも」
「えっ?!」
 一匹狼だった明希が、俺には心を開いてくれたという優越感。それを他の誰にも譲りたくないと思う独占欲。そして、それが俺のうぬぼれであることを知った時に気づいた執着心。
 これは俺の中に確実にあるもの。自分本位で器の小さい”本当の俺”の感情だ。無意識のうちに行動に出てしまっていたっておかしくはない。
 それが”友愛”の域を超えるかどうかは、また別の話だけれど。

「あっ今の話、明希にはしないでね。きっと照れちゃうから」

 この話をしたらきっと明希は真っ赤になって「そんなわけないだろ!」って怒るんだろうな。想像しただけでかわいい。
 ふふっと思わず笑いを漏らすと、目の前の彼女はまた真っ赤になって、壊れたおもちゃのように何度も頷いていた。

「翔!」

 ちょうど明希も戻ってきたし、そろそろ部活の方に行かないと。

「じゃあ、またね」

 彼女に軽く手を振り、こっちに走ってきた明希の横に並び、腰に片手を回す。俺の心配をする明希は俺の手の行方にまで気が回っていなさそうだ。

「これ、飲め」
「ありがと、もう大丈夫だよ」

 明希へのボディタッチは無意識にしていることも多いけど、()()()していることがほとんどだった。だって、すぐに真っ赤になってかわいかったから。
 でも、最近は少し慣れてきたみたいであからさまな反応はしてくれなくなっちゃって。それがなんとなく悔しくて。
 だから、明希を部屋で抱きしめた時、一気に上がっていく体温に、驚いて硬直する体に、上ずった声に、そのすべての反応にゾクゾクした。明希が『俺を意識している』ことにめちゃくちゃ興奮した。
 それをもう一度味わいたくて、スキンシップがより過剰になってしまったことは認める。だって、触りたくなっちゃうんだもん。

 ようやく腰に回した手に気が付いた明希が焦って手をはがそうとしてくるから、逆にぐいっとより近くに引き寄せる。

「明希、俺は明希といるときが一番楽しいよ」

 俺より背の低い明希の頭に頬を摺り寄せてささやけば、案の定明希の顔は真っ赤だ。
 ほんと、かわいすぎ。