俺の友人は。

 ――降りしきる雨の中、公園の四阿に辿り着いた傘を持たない少年はそこで段ボールに入れられた子猫を見つける。
 少年は濡れた金色の髪を後になでつけ、子猫を抱き上げた。
 『お前も一人か?』
 その様子を少し離れたところから少女が見ていた。――


 三星くんたちと別れたあと、また他校の女の子たちに捕まってはかなわないと、ちょうど近くの教室で上映していた映画を見ようかということになった。夏休み前、明希が出演を打診されていたやつだ。

 人もまばらな教室の後ろの方の席で足を広げてドカリと椅子に座り、胸の前で腕を組んでスクリーンを睨みつけるその姿は、スクリーンの中にいる金髪の少年よりもよっぽど”不良”っぽい。
 でも、実際は他の邪魔になるほど広げているわけではないし、睨みつけるようなその視線は真剣に上映中の映画を見ているだけ。
 あぁでも、さっきの出来事でちょっと疲れちゃって、余計に視線が鋭くなっているのかもしれないな。
 大勢の人の中、大きな声を上げるなんて、きっと明希としては慣れないことだったはずだ。
 それを俺のためにしてくれたのかと思うと、心臓をくすぐられたような、堪らない気持ちになる。
 初めて明希の方から『線』を超えてきてくれた。
 二人で夏祭りに行った時、他の友人たちのところに置き去りにされた時と比べたら大きすぎる進歩だ。
 自然と緩んでいく顔をごまかすようにまた前に向ける。


 スクリーンの中では金髪の少年が拾った子猫を少女が引き取ったことで、二人は連絡先を交換し、たわいもないやり取りをしながら距離を縮めていく。
 そして、少女の家に子猫を見に行くことになった金髪の少年の楽し気な後姿を、背の高い少年が恨めしそうに見ていた。


 ふとその背の高い少年の表情と、三星くんの顔が重なった。
 俺が明希の横にいると、三星くんはいつもこんな顔をする。
 ついさっき、明希の手を握る俺の手を叩き落としたあとも彼はこんな顔をしていた。
 憎らしいような、恨めしいような、とにかく気に入らないという顔。
 まぁ実際、気に入らないんだろう。
 もう何度も明希たちの家にお邪魔しているけど、三星くんは毎回ちゃんと嫌な顔をしてくれるから。それが楽しくて、嬉しくて。
 明希はそんな俺たちのやり取りを少し呆れながらも、どこか複雑そうに見ている。
 気を揉ませてしまって申し訳ないな、とは思うけど、そんな明希の姿にも俺の心は喜んでしまう。
 我ながら本当に性格が悪い。
 でも、それがどんな感情であれ、打算も媚びもない、素直な感情を俺に返してくれることが嬉しくてたまらないんだ。




 少女やその母親に温かく招き入れられた金髪の少年は、自身が置かれた境遇との違いに驚きながらも、その居心地の良さに心を癒されていく。




 あぁ、わかる。わかるよ。
 俺もそうだから。

 強引に入り込んだ明希たちの家は、まさに俺の全く知らない世界だった。
 履き古された二足のスニーカーが並んだ玄関。その先に続く暗い細い廊下。ほとんどがベッドで占められたシンプルな部屋と、本が乱雑に積み上げられている和室。
 小さな食卓には寄り添うように椅子が並んでいて。
 他の人と夕食を囲む、なんてことも初めてした。家族ともほとんどしたことないのに。
 にぎやかな食卓で食べる明希のご飯は本当においしくて。涙が出そうになった。

 別に俺はネグレクトをされているわけでもないし、両親には愛されていると思う。その証拠に何不自由なく育ててもらった。
 でも、いつでも彼らの第一優先は『仕事』。家事はお手伝いさんがやるもので、幼いころの俺の面倒はほとんど祖母が見ていた。

 だからこそ、すべてに人の息遣いと温度を感じる明希たちの住むこのアパートを”家”と呼ぶのだと思った。
 そこでは『本当の俺』が自然と息をすることができたんだ。そんな場所、「手放したくない」と思って当たり前だよね。



 それなのに、金髪の少年が少女の家を出るとそこには現実を突きつけるように険しい顔をした背の高い少年が立っていた。
 どうやら背の高い少年は、金髪の少年の知り合いだったようだ。
 昔は仲が良かったけど、ちょっとしたすれ違いで溝ができてしまった関係って感じ。
 掴まれた腕を振り払おうとする金髪の青年を、やにわに抱きしめる背の高い少年。

 『ずっと、お前が好きだった……!』



 あれ? そういう話なの???
 急展開に思わずポカンと口が空く。
 話はそのまま、金髪の少年も同じように昔から背の高い少年が好きだったことを告白し、幕を閉じた。

 まさか、少女の方が当て馬とは……。
 一緒に見ていた人たちも一様にポカンとしているから、この結末を想像していた人はほぼいなかったんだろう。
 明希はというと、砂を食わされたような顔をしていた。

「マジで断ってよかった……」

 心の底から吐き出したようなその声に思わず苦笑が漏れる。
 明希はこの、いわゆる”BL”というジャンルが苦手なんだもんな。
 俺も今までは触れる機会はなかったし、最初はあまりに明希が「俺のじゃない!」と必死になるから、逆に興味がわいて借りていっただけだったけど、読んでみたら結構面白かったし、興味深かった。
 男同士だという葛藤とか、女の子とは違うときめきポイントとか、友情が性愛に変わっていくきっかけだとか。

 まぁ本の持ち主はとっても曲者だったけどね。
 初めて本を貸してほしいと訪ねた時も、

「おすすめはこれかな~」

 なんて、ヤンキーものと優等生ものを両手に持ち、「どっちにするの?」って口には出さずともあからさまに顔に書いてあった。

 彼女はいつも優しく微笑んでいるように見えるけれど、その瞳はきっと見定めている。
 俺の、そして、明希と三星くんの選択を。

 あぁ結局ヤンキーものと優等生もの、どっちの本を借りたかって?
 もちろん、両方だよ。

 俺はまだ、このぬるま湯のようなあいまいなさの中を漂っていたんだ。