古くからある商店街の一角にある、地域住民の強い味方であり、俺のバイト先でもあるスーパーのパン陳列棚の前で俺は悩んでいた。
20%OFFの値札が貼られた消費期限が今日までの食パンにするか、それとも、消費期限が三日後の食パンにするか。明日の朝ごはんに食べるためのものだが、食パンは冷凍してしまえばいいから今日が消費期限でも別に問題はない。でも、俺は食パンはそのまま焼かずに食べたい派なのだ。そうすると、20%OFFのほうではだめだ。
なんせ今日、消費期限が切れたパンを食べた(と思われる)せいで、一日腹の調子が悪い。同じ失敗を犯すわけにはいかないが、20%OFFの魅力には抗いがたい。うーむ、と悩んでいると、完全にこの場にそぐわない色気のある重低音が後ろから響いた。
「明希―、これと、これ、どっちがいいの?」
振り返った先には、なぜか生肉を両手に持ったイケメンが。右手には国産黒毛和牛のすき焼き用肩ロース、左手には同じく国産黒毛和牛のしゃぶしゃぶ用もも肉。肉屋のCMだろうか。隣をすれ違った奥様が翔を見上げて頬を染めながら通り過ぎて行った。
「……なんに使うんだ?」
「あれ? 今日の晩御飯は野菜炒めって言ってなかった?」
「そう、だけど……」
確かにさっき、今日の晩御飯は何かと聞かれて野菜炒めと答えた。が、それと今両手に持っている国産牛たちと何の関係があるのか。
「俺の分の肉、追加で買って行った方がいいかなと思って」
何を言っているんだろうかこいつは。
「あっお米もいるよね?!」
ぽかんとしている間に翔は俺の持っていたかごに牛肉のパックを入れて、駆け足で行ってしまった。
学校で孝太郎にキレられた後、結局俺は翔にダメだといえず、授業が終わるなり散歩を待ち構えていた大型犬のようにうきうきとしっぽを振る翔を連れてこのスーパーへとやってきていた。目的はもちろん、パンを買うため。
学校から家までの道のりにスーパーがあるから途中で寄ったけど、今日の夜作る予定の野菜炒めの具材はすでに家にあるから買う必要はない。
それが、なぜかごにはこれまで買ったことがないような高級牛肉が??? というか、俺の分とは??
「明希―! お米って5キロあればいい?!」
「ちょっと待て!」
気が付けば20%OFFの食パンは棚からなくなっていた。
「そうか、野菜炒めは豚肉なんだな~」
手に持ったエコバックを覗きながら楽しそうに隣を歩く男に突っ込みたいのはそこではないが、俺はその気力すらわかないほど疲れている。
どうやらスーパーでの買い物が初体験だったらしい翔は、あの後も、お菓子からジュースからなぜか卵まで、目についたものを片っ端からかごに入れようとした。
無論、俺はそれをすべて却下し、今エコバックに入っているのは、食パンと豚もも肉(なんと国産黒豚)、そしてパックのご飯だけ。
スーパーで「戻してきなさい!」と子どもにキレるお母さんの気持ちがわかってしまった。
とはいっても、食パン以外は翔が自分でお金を払ったから、そう口酸っぱくいう必要もなかったのだが、つい、しみついた節約魂が不要な買い物を見過ごすことを許さなかった。
でも、そこに精いっぱいになってしまったせいで、気が付けば翔も晩御飯をうちで食べることが決定している。今からキレ散らかす孝太郎を想像するだけで頭が痛い。
「……ごめんね。俺ちょっと浮かれちゃって……」
俺がため息をついたからだろう、あからさまに肩を落とした翔の頭上にペタンと垂れた耳が見える。
あざとさが追加されたイケメンに勝てると思うか?
「……別にいい」
勝てるはずがない。
そんな俺に翔は空を飛んでいる鳥が気絶するのではないかと思うほどきれいに微笑んだ。
「げっ、連れてくるなって言ったじゃん!」
「あー悪い」
「おじゃましまーす」
「ちょっと! 明希ちゃん!!」
部屋に入るなり予想通り喚く孝太郎をスルーしながら、買ってきた物を片付ける。翔は荷物を置くと先にのんちゃんのところに行ってくると部屋を出て行った。
ついでに今朝食べたパンを確認してみたが、消費期限は今日だった。あれ?ということは原因はパンではなかったわけで。それならば20%OFFのほうを買えばよかった。何となく損をした気持ちになる。
でも、パンが原因でないのならば腹痛の原因あれしかない。そう、ストレスだ。
メンタルは強いほうだと思っていたが、体調を崩したせいもあって、思っていた以上に蓄積されてしまったのかもしれない。
まだ周りでギャーギャーと叫んでいる孝太郎に翔が買った肉を突き出す。
「今日は翔が買ってくれた国産黒豚でお前の好きな野菜炒め」
「……っ! いや、そんなんでごまかされませんけど?!」
一瞬怯んだくせに。
自分が食べる分だと翔は言ったが、200グラムある。さすがに一人分には多い。もちろんそう伝えたが、翔はそうなんだ? と言っただけでそのまま購入していた。多分、手土産の代わりなんだろうと俺もそれ以上は何も言わなかった。
「っていうか、晩御飯まで食べてく気なの?!」
「さすがに俺もそれは予想外だった」
「ちゃんと断ってよ!」
孝太郎の言うことは最もだ。でも、俺にはあの嬉しそうな顔を曇らせずに断るスキルも、勇気もない。
「ごめん」
それ以外何も言えなくて。微妙な沈黙が流れる。すると、タイミングがいいのか悪いのか、丁度翔が戻ってきた。
「今日は! 黒豚に免じて許してあげる!」
孝太郎はそう翔に向かって叫ぶと、どすどすと和室へと戻っていった。
「黒豚?」
首をかしげる翔に、俺は苦笑しか出ない。
そしてなぜか翔の後ろには、玉ねぎとニンジンを持ったのんちゃんがいる。
「私もご相伴に預かっていいかしら?」
カオスってこういうことを言うんだろう。
20%OFFの値札が貼られた消費期限が今日までの食パンにするか、それとも、消費期限が三日後の食パンにするか。明日の朝ごはんに食べるためのものだが、食パンは冷凍してしまえばいいから今日が消費期限でも別に問題はない。でも、俺は食パンはそのまま焼かずに食べたい派なのだ。そうすると、20%OFFのほうではだめだ。
なんせ今日、消費期限が切れたパンを食べた(と思われる)せいで、一日腹の調子が悪い。同じ失敗を犯すわけにはいかないが、20%OFFの魅力には抗いがたい。うーむ、と悩んでいると、完全にこの場にそぐわない色気のある重低音が後ろから響いた。
「明希―、これと、これ、どっちがいいの?」
振り返った先には、なぜか生肉を両手に持ったイケメンが。右手には国産黒毛和牛のすき焼き用肩ロース、左手には同じく国産黒毛和牛のしゃぶしゃぶ用もも肉。肉屋のCMだろうか。隣をすれ違った奥様が翔を見上げて頬を染めながら通り過ぎて行った。
「……なんに使うんだ?」
「あれ? 今日の晩御飯は野菜炒めって言ってなかった?」
「そう、だけど……」
確かにさっき、今日の晩御飯は何かと聞かれて野菜炒めと答えた。が、それと今両手に持っている国産牛たちと何の関係があるのか。
「俺の分の肉、追加で買って行った方がいいかなと思って」
何を言っているんだろうかこいつは。
「あっお米もいるよね?!」
ぽかんとしている間に翔は俺の持っていたかごに牛肉のパックを入れて、駆け足で行ってしまった。
学校で孝太郎にキレられた後、結局俺は翔にダメだといえず、授業が終わるなり散歩を待ち構えていた大型犬のようにうきうきとしっぽを振る翔を連れてこのスーパーへとやってきていた。目的はもちろん、パンを買うため。
学校から家までの道のりにスーパーがあるから途中で寄ったけど、今日の夜作る予定の野菜炒めの具材はすでに家にあるから買う必要はない。
それが、なぜかごにはこれまで買ったことがないような高級牛肉が??? というか、俺の分とは??
「明希―! お米って5キロあればいい?!」
「ちょっと待て!」
気が付けば20%OFFの食パンは棚からなくなっていた。
「そうか、野菜炒めは豚肉なんだな~」
手に持ったエコバックを覗きながら楽しそうに隣を歩く男に突っ込みたいのはそこではないが、俺はその気力すらわかないほど疲れている。
どうやらスーパーでの買い物が初体験だったらしい翔は、あの後も、お菓子からジュースからなぜか卵まで、目についたものを片っ端からかごに入れようとした。
無論、俺はそれをすべて却下し、今エコバックに入っているのは、食パンと豚もも肉(なんと国産黒豚)、そしてパックのご飯だけ。
スーパーで「戻してきなさい!」と子どもにキレるお母さんの気持ちがわかってしまった。
とはいっても、食パン以外は翔が自分でお金を払ったから、そう口酸っぱくいう必要もなかったのだが、つい、しみついた節約魂が不要な買い物を見過ごすことを許さなかった。
でも、そこに精いっぱいになってしまったせいで、気が付けば翔も晩御飯をうちで食べることが決定している。今からキレ散らかす孝太郎を想像するだけで頭が痛い。
「……ごめんね。俺ちょっと浮かれちゃって……」
俺がため息をついたからだろう、あからさまに肩を落とした翔の頭上にペタンと垂れた耳が見える。
あざとさが追加されたイケメンに勝てると思うか?
「……別にいい」
勝てるはずがない。
そんな俺に翔は空を飛んでいる鳥が気絶するのではないかと思うほどきれいに微笑んだ。
「げっ、連れてくるなって言ったじゃん!」
「あー悪い」
「おじゃましまーす」
「ちょっと! 明希ちゃん!!」
部屋に入るなり予想通り喚く孝太郎をスルーしながら、買ってきた物を片付ける。翔は荷物を置くと先にのんちゃんのところに行ってくると部屋を出て行った。
ついでに今朝食べたパンを確認してみたが、消費期限は今日だった。あれ?ということは原因はパンではなかったわけで。それならば20%OFFのほうを買えばよかった。何となく損をした気持ちになる。
でも、パンが原因でないのならば腹痛の原因あれしかない。そう、ストレスだ。
メンタルは強いほうだと思っていたが、体調を崩したせいもあって、思っていた以上に蓄積されてしまったのかもしれない。
まだ周りでギャーギャーと叫んでいる孝太郎に翔が買った肉を突き出す。
「今日は翔が買ってくれた国産黒豚でお前の好きな野菜炒め」
「……っ! いや、そんなんでごまかされませんけど?!」
一瞬怯んだくせに。
自分が食べる分だと翔は言ったが、200グラムある。さすがに一人分には多い。もちろんそう伝えたが、翔はそうなんだ? と言っただけでそのまま購入していた。多分、手土産の代わりなんだろうと俺もそれ以上は何も言わなかった。
「っていうか、晩御飯まで食べてく気なの?!」
「さすがに俺もそれは予想外だった」
「ちゃんと断ってよ!」
孝太郎の言うことは最もだ。でも、俺にはあの嬉しそうな顔を曇らせずに断るスキルも、勇気もない。
「ごめん」
それ以外何も言えなくて。微妙な沈黙が流れる。すると、タイミングがいいのか悪いのか、丁度翔が戻ってきた。
「今日は! 黒豚に免じて許してあげる!」
孝太郎はそう翔に向かって叫ぶと、どすどすと和室へと戻っていった。
「黒豚?」
首をかしげる翔に、俺は苦笑しか出ない。
そしてなぜか翔の後ろには、玉ねぎとニンジンを持ったのんちゃんがいる。
「私もご相伴に預かっていいかしら?」
カオスってこういうことを言うんだろう。

