その小さな違和感が気のせいじゃないことに気が付いたのは、夏休み明けから少したってからだ。
 明希にとって俺が、その他大勢とそう変わらない存在であることに気が付いてから、俺は一層明希を観察するようになった。明希にもっと深く入り込むために。

 三星くんのことを明希に初めて話した日、確かにあの時も違和感を覚えていた。
 いつもの明希なら、俺が楽しかったことは楽しそうに、悔しかったことは悔しそうに、むかついたことはむかついたように反応を返してくれる。
 もちろん、聞けば自分の意見も言ってくれるけど、基本的に明希は”俺の話”に、自分の感情を持たない。
 でも、三星くんのことだけは違った。俺の言葉に驚き、動揺していた。
 恋愛の話だから? それとも相手が男だから?
 そう思って、男同士で付き合っている友人の話をそれとなく話してみたけど、明希は普段通り。俺が好意的に話したから、好意的な反応を返すだけ。
 だから違う。
 それなら、答えは一つ。

 相手が三星くんだからだ。

 だからあえて俺は明希に三星くんの話をする。

「真剣な顔もいいよなぁ。何読んでんだろ。やっぱり純文学とかかなぁ。あっ歴史小説とかも好きそう」
「……聞いて来れば?」
「本読んでる時に邪魔されるの嫌じゃね? 急に話しかけたら変に思われるかもだし……」
「まぁそうか、タイミングは考えた方がいいかもな」

 はたから聞けば何の違和感もない会話。
 でも、明希は俺から視線を逸らす。
 多分、本人も気が付いてないけど、明希は思っていることがすぐ顔に出る。そこから、俺は明希の感情を拾い上げる。
 今も、気まずそうな顔をしているから、何か後ろめたいことがあるのだろう。

 でも、その”何か”がわからない。

 明希と、三星くんにも気が付かれないように、二人の接点を探した。
 最近わかったのは二人が同じ中学校出身だったということ。そこはこの学校から一番近い公立中学だから、二人の他にも同じ中学出身の人はいるけど、それを俺に言わなかった時点で、何かあるんじゃないかって疑っても仕方がないよね? まぁ知らなかったといわれたらそれで終わりなんだけど。

 でも、他にはなかなか見つからない。つい、いらだってしまう心を見せないよう、取り繕う。それは、俺の得意分野だ。


 しばらくもどかしい日が続いて。そのほころびを見つけたのは偶然だった。

「あれ、三星くんだ。こんなところで食べてたんだね」

 それは弁当を持ってくるのを忘れた日のこと。購買の帰りに通りかかった中庭で、一人弁当を食べる三星くんを見つけた。
 俺はいつも明希と教室で弁当を食べているけど、三星くんは昼になるとすぐに教室を出ていき、ぎりぎりに戻ってくる。教室にいてくれれば、話しかけるタイミングもあるかもしれないのに、と何回思ったことか。
 話しかけた俺にあからさまに嫌そうな顔をした三星くんにあえてにっこり笑って見せる。
 最近はもう睨まれることにも慣れちゃって、威嚇する猫みたいだなと思ったらなんだかかわいらしく見えるようになってきた。
 今や三星くんには”恋心”よりも、”明希との関係”のほうが気になっているから余計に。

「弁当、おいしそうだね」

 俺をスルーしようとする三星くんの弁当を覗き込めば、具材は焼き鮭ときんぴらごぼうと卵焼き。
 あれ? と思った。
 三星くんが弁当を食べているところに遭遇したのは今日が初めて。それなのに、なぜかすごく既視感がある。

「うん、おいしい」

 弁当を凝視していた俺は聞いたことがなかった柔らかい三星くんの声にはっと意識を戻した。
 それ以上の会話はなく、頭をひねらせたまま教室に帰って明希の前に座った時、その疑問は即座に解決した。

 あぁ、同じだ。
 弁当箱も、その中身も、全部。

「……ねぇ明希ってさ、弁当自分で作ってるって言ってたよね?」
「あぁそうだけど」

 明希の家は父子家庭で、料理は自分の担当だといっていた。
 茶色い弁当、なんて明希はあざけるけど、お手伝いさんが作ったものしか食べたことがない俺からしてみれば、”家庭の味”が詰まったような明希の弁当は憧れに近いものすらある。
 それと同じものを持っていた三星くんは、想像以上に明希に近い存在なのかもしれない。
 そう思うと、まるで胸の中に濁流が流れ込んだような気持ち悪さに襲われた。
 今すぐ吐き出してしまいたい。
 でも、まだ、だ。答えを出すにはまだ足りない。

 そうして、濁流にのみこまれまいと耐えた三日後。確信を深めた俺はあふれ出た疑問を明希にぶつけた。

「弁当ってさ、結構それぞれ家の特徴がでるよね」
「……そう、だな?」
「だよね。なら、家族じゃない人と弁当のおかずが100%一緒になることってあり得ると思う? しかも三日間も」

 どうか、明希から話してくれないだろうか。そんな思いもむなしく、明希は逃げ道を探して、あからさまに視線をさまよわせた。

「……ない、ことも、ないんじゃ、ない…かな?」

 返されたのは、俺と明希の間に横たわる深くて濃い、一本の線。
 激しく渦巻いていた胸の中の濁流は、むなしく俺の心をなぎ倒していった。