俺の友人はイケメンである。
名前は諏訪野 翔。
幅の広い二重が描かれた切れ長の瞳、すっと美しく通る鼻梁、容の良い薄い唇が黄金値で配置された見るものを一瞬で虜にする小さな顔。
自然にウエーブがかった色素の薄い髪と青みを帯びた灰色の瞳はウクライナ人のおばあさん譲りだとか。
身長は186センチ、体重は知らん。でも、部活動で鍛えた太過ぎない腕筋とくっきりと割れたシックスパックは芸術品さながら。その下に伸びる引き締まった足の長さは言わずもがな。十頭身ってこういう体形のことを言うんだろう。
そのパーフェクトな見た目から発せられる歪のない低音ボイスは腰を砕けさせるって有名だ。
でも、外見だけだと侮るなかれ。彼は中身も文句なしのイケメンなのだ。
俺たちの通う高校は全国でも進学校と名高い。その中で成績は入学からずっと学年一位をキープ。全国でも上位だと聞いた。
だからといってガリ勉ということもなく、運動神経も抜群で、今年は所属するバスケ部を全国大会ベスト8に導いている。いわゆる文武両道だ。
そして、それらを鼻にかけるでもなく、性格は気さくで謙虚。誰にでも分け隔てなく接し、コミュニケーション能力もずば抜けて高い。
今だってたくさんのノートを抱えて教室に入ってきたが、おそらくもともとは隣を歩いている女の子が日直だからと先生に運ぶように頼まれたものだろう。隣を歩いている女の子の目には絵に描いたようにハートが浮かんでいる。
翔はこういうことを自然に、しかも男女問わずやる。
俺に対してですらドアを開けてくれたり、荷物を持とうとしてくれちゃうんだから。勉強もよく見てもらってるしね。
でも、教えてもらった問題が解けた時、「よくできました」なんて頭を撫でられながらしびれるようなイケボで褒められた時はさすがに固まった。俺じゃなかったら勘違いされるぞって言ったけど、きょとんとしてたなぁ。
翔にとってはどれも特別意識してやっていることではなく、それが当たり前で、普通のことらしい。
こんなふうだから当然、めちゃくちゃモテる。のかと思いきや、意外とそうでもない。告白なんてほとんどされたことがないと本人は言っていた。
実はみんなで愛でるべき存在だから、抜け駆け禁止、なんて暗黙のルールがあるとかないとか。多分、もう『アイドル』のような存在なんだろう。
そういえば体育祭で翔が登場するたびに、アイドルのイベントかのごとく黄色い悲鳴があがってたっけ。
確かに、リレーで3番手から前を走るランナーを一気に抜き去り、1位でゴールした時の光景は、青春ドラマの撮影だっただろうかと錯覚するほどキラキラと輝いていた。
そんな、今時少女漫画にも出てこないような全方位型イケメンである彼は今、クラスメイトに恋をしているらしい。
相手は、とろんとしたたれ目と唇の下のほくろがエロい、この学校で一番の巨乳といわれる佐藤さんではなく、クリックリでキラッキラの大きな瞳が女の子よりかわいいと評判の三宅くんでもない。
窓際で書店のブックカバーがかけられた文庫本を静かに読んでいる、分厚い前髪に黒ぶち眼鏡をかけた地味な男。
名前は三星 孝太郎。
多分、クラスメイトのほとんどがフルネームを覚えていないだろう存在感激薄のその人が 翔の想い人なのである。
きっかけは今もその人が読んでいる『本』だったらしい。
夏休みの少し前、翔は軽い捻挫をして1週間ほど部活を休んでいた時期があった。その時、暇つぶしに図書館へ行ったところ、図書委員である彼がたまたま貸出カウンターの椅子に座っていたそうだ。
もちろん全方位型イケメンの翔は彼のこともちゃんとクラスメイトだと認識していたし、名前も知っていた。
だから、教室と同じようにそこでも本を読んでいた彼に「何読んでるの?」と何気なく話しかけたらしい。さすがコミュ強。
急に声を掛けられ驚いたのだろう彼が勢いよく上を向いた時、いつもは分厚い前髪に隠れている黒目がちな瞳から、ポロリと一筋の涙が零れ落ちた。
それが余りにもきれいで、翔は思わず息をのんだという。
そして、その一瞬で恋に落ちた。
結局、その時何を読んでいたのか彼は教えてくれなかったらしいが、あんなにきれいな涙を流すなんて、どんな本を読んでいるのだろうと、翔は日々妄想に明け暮れている。
持ってきたノートを教卓に置いてから俺の横の席に座った翔は、教室の片隅で手に持った本をまっすぐと見つめる彼を見ながら小さくため息を吐いた。
「真剣な顔もいいよなぁ。何読んでんだろ。やっぱり純文学とかかなぁ。あっ歴史小説とかも好きそう」
「……聞いてこれば?」
「本読んでる時に邪魔されるの嫌じゃね? 急に話しかけたら変に思われるかもだし……」
好きな人相手にはさすがのコミュ強もそう簡単には発動できないらしい。眉を下げて弱気なさまもイケメンだ。
翔に話しかけられて嫌な奴なんていないだろ。だから、話しかけてこればいい。って相手が他のやつだったら言っていた。
でも、だめなんだ。どうしても背を押す言葉を俺はかけられない。
「まぁそうか、タイミングは考えた方がいいかもな」
なんて前進を阻むようなことをなんでもなさげに言うけど、翔の目を見られないのは後ろめたいから。
どうしてあいつなんだって。そう思ってしまうから。
「そうだよなぁ。あっそうそう、今日の朝、歩いてるの見かけたんだけど珍しくイヤホンしててさ。なに聞いてんだろなぁ~。趣味とかわかれば話しかけれるかもなのに……」
もう一度ため息を吐いた翔に、ごめん、と心の中で謝る。でも、これは翔のためでもあるんだ、なんて言い訳をしながら。
俺はチクリと痛む胸の痛みをぐっと握りつぶした。
名前は諏訪野 翔。
幅の広い二重が描かれた切れ長の瞳、すっと美しく通る鼻梁、容の良い薄い唇が黄金値で配置された見るものを一瞬で虜にする小さな顔。
自然にウエーブがかった色素の薄い髪と青みを帯びた灰色の瞳はウクライナ人のおばあさん譲りだとか。
身長は186センチ、体重は知らん。でも、部活動で鍛えた太過ぎない腕筋とくっきりと割れたシックスパックは芸術品さながら。その下に伸びる引き締まった足の長さは言わずもがな。十頭身ってこういう体形のことを言うんだろう。
そのパーフェクトな見た目から発せられる歪のない低音ボイスは腰を砕けさせるって有名だ。
でも、外見だけだと侮るなかれ。彼は中身も文句なしのイケメンなのだ。
俺たちの通う高校は全国でも進学校と名高い。その中で成績は入学からずっと学年一位をキープ。全国でも上位だと聞いた。
だからといってガリ勉ということもなく、運動神経も抜群で、今年は所属するバスケ部を全国大会ベスト8に導いている。いわゆる文武両道だ。
そして、それらを鼻にかけるでもなく、性格は気さくで謙虚。誰にでも分け隔てなく接し、コミュニケーション能力もずば抜けて高い。
今だってたくさんのノートを抱えて教室に入ってきたが、おそらくもともとは隣を歩いている女の子が日直だからと先生に運ぶように頼まれたものだろう。隣を歩いている女の子の目には絵に描いたようにハートが浮かんでいる。
翔はこういうことを自然に、しかも男女問わずやる。
俺に対してですらドアを開けてくれたり、荷物を持とうとしてくれちゃうんだから。勉強もよく見てもらってるしね。
でも、教えてもらった問題が解けた時、「よくできました」なんて頭を撫でられながらしびれるようなイケボで褒められた時はさすがに固まった。俺じゃなかったら勘違いされるぞって言ったけど、きょとんとしてたなぁ。
翔にとってはどれも特別意識してやっていることではなく、それが当たり前で、普通のことらしい。
こんなふうだから当然、めちゃくちゃモテる。のかと思いきや、意外とそうでもない。告白なんてほとんどされたことがないと本人は言っていた。
実はみんなで愛でるべき存在だから、抜け駆け禁止、なんて暗黙のルールがあるとかないとか。多分、もう『アイドル』のような存在なんだろう。
そういえば体育祭で翔が登場するたびに、アイドルのイベントかのごとく黄色い悲鳴があがってたっけ。
確かに、リレーで3番手から前を走るランナーを一気に抜き去り、1位でゴールした時の光景は、青春ドラマの撮影だっただろうかと錯覚するほどキラキラと輝いていた。
そんな、今時少女漫画にも出てこないような全方位型イケメンである彼は今、クラスメイトに恋をしているらしい。
相手は、とろんとしたたれ目と唇の下のほくろがエロい、この学校で一番の巨乳といわれる佐藤さんではなく、クリックリでキラッキラの大きな瞳が女の子よりかわいいと評判の三宅くんでもない。
窓際で書店のブックカバーがかけられた文庫本を静かに読んでいる、分厚い前髪に黒ぶち眼鏡をかけた地味な男。
名前は三星 孝太郎。
多分、クラスメイトのほとんどがフルネームを覚えていないだろう存在感激薄のその人が 翔の想い人なのである。
きっかけは今もその人が読んでいる『本』だったらしい。
夏休みの少し前、翔は軽い捻挫をして1週間ほど部活を休んでいた時期があった。その時、暇つぶしに図書館へ行ったところ、図書委員である彼がたまたま貸出カウンターの椅子に座っていたそうだ。
もちろん全方位型イケメンの翔は彼のこともちゃんとクラスメイトだと認識していたし、名前も知っていた。
だから、教室と同じようにそこでも本を読んでいた彼に「何読んでるの?」と何気なく話しかけたらしい。さすがコミュ強。
急に声を掛けられ驚いたのだろう彼が勢いよく上を向いた時、いつもは分厚い前髪に隠れている黒目がちな瞳から、ポロリと一筋の涙が零れ落ちた。
それが余りにもきれいで、翔は思わず息をのんだという。
そして、その一瞬で恋に落ちた。
結局、その時何を読んでいたのか彼は教えてくれなかったらしいが、あんなにきれいな涙を流すなんて、どんな本を読んでいるのだろうと、翔は日々妄想に明け暮れている。
持ってきたノートを教卓に置いてから俺の横の席に座った翔は、教室の片隅で手に持った本をまっすぐと見つめる彼を見ながら小さくため息を吐いた。
「真剣な顔もいいよなぁ。何読んでんだろ。やっぱり純文学とかかなぁ。あっ歴史小説とかも好きそう」
「……聞いてこれば?」
「本読んでる時に邪魔されるの嫌じゃね? 急に話しかけたら変に思われるかもだし……」
好きな人相手にはさすがのコミュ強もそう簡単には発動できないらしい。眉を下げて弱気なさまもイケメンだ。
翔に話しかけられて嫌な奴なんていないだろ。だから、話しかけてこればいい。って相手が他のやつだったら言っていた。
でも、だめなんだ。どうしても背を押す言葉を俺はかけられない。
「まぁそうか、タイミングは考えた方がいいかもな」
なんて前進を阻むようなことをなんでもなさげに言うけど、翔の目を見られないのは後ろめたいから。
どうしてあいつなんだって。そう思ってしまうから。
「そうだよなぁ。あっそうそう、今日の朝、歩いてるの見かけたんだけど珍しくイヤホンしててさ。なに聞いてんだろなぁ~。趣味とかわかれば話しかけれるかもなのに……」
もう一度ため息を吐いた翔に、ごめん、と心の中で謝る。でも、これは翔のためでもあるんだ、なんて言い訳をしながら。
俺はチクリと痛む胸の痛みをぐっと握りつぶした。

