「アビロス―――」

 帰りの馬車から顔を出すステラ。

 俺のいるマルマーク邸は丘の上にある。
 ふもとの市街地までステラの馬車をエスコートすることになったのだ。

 治安が悪いのかというとそうでもなく、母上が最後までちゃんと見送りなさいとの一声でこうなった。
 俺は馬なんて乗ったことがないのだが、元悪役アビロスの体が覚えていたのかちゃんと乗れている。

 「あなたが謝ったのは意外でした」
 「え?」
 「変わろうとしているのでしょう? メイドさんにもお礼言ってましたし」

 なるほど、いい子だな。意外にも俺の事をよく見ていたようだ。
 ゲーム設定では、聖女ステラはどんな者にもチャンスを与えるキャラだった。だから目の前にいるステラも、俺が悔い改めたとわかれば必要以上に敵視するつもりは無いのかもしれない。

 それにアビロスへのヘイト溜めが初期段階で、そこまで溜まってないことも影響してそうだ。
 いずれにせよ、これで聖女とはお別れだ。のちに会うかもしれないが、極力接触は避けていこう。

 「ああ、そうだな。変わろうと努力はしているよ」
 「フフ、あなたの口からその言葉出てくるなんて、本当に今日はおかしな日」

 ステラはその綺麗な銀髪を風に揺らしながら、俺の顔をじっと見た。
 憧れのメインヒロインもこれで見納めか―――

 ……?

 俺は馬の手綱を引いて、定位置に戻ろうとしたが、その手が少し止まった。
 馬車の窓から覗かせているステラの顔が、やけに寂しそうな表情だったからだ。

 なんだろうな?

 ゲームでは絶対にわからないような、微妙な表情。

 まあ俺が気にすることでも無いか。
 今度こそ手綱を引いて、馬を戻そうとした瞬間だった―――


 ステラが急に森の方へ視線を向ける。


 「―――アビロス! 何かきます!」
 「え? くるって? なにが―――?」


 俺が言葉を言い終わる前に何かが森から飛び出したかと思うと、前方にドーンという轟音が響く。地面がそして馬車がグラグラと揺れる。
 前を進んでいた護衛の騎馬2頭は、その衝撃で吹き飛ばされてしまった。

 美少女の顔がさらに険しくなった。

 「なにか嫌な感じがします! 気を付けて!」


 馬車の前に立ちふさがる大きな影。

 ―――おいおいおい

 こいつは―――

 「ギギ……セイジョのニオイ~~セイジョはマッサツ~~」

 ―――魔族ガルバ!!

 魔王の配下で、下級魔族。聖女ステラ抹殺の命を受けている。
 ちょっと待て。こいつが登場するのはもっと後のはずだぞ。
 しかもこのイベントで聖女を救うのはゲーム主人公で、2人の出会いとなる重要なイベントだ。

 ヤバイ、まさかこんな初期段階でバトル発生とは。
 しかも主人公不在。

 「ギギ……オデはガルバ~~セイジョはオマエだなぁ~~」

 魔族ガルバがステラの馬車に迫る。

 クソッ! グダグダ考えている暇はない―――

 「ステラ! ここは俺が食い止めるから君は―――」


 「えいっ!」

 へ?

 「えいっ!」「えいっ!」

 「イデ! イデぇええ!」

 ええぇ~~~聖女様、馬車から飛び出して魔族を聖杖で殴ってらっしゃる……

 めっちゃアクティブやん、この子。

 ステラは聖女になったとはいえまだ10歳。最大の武器である聖属性魔法はまだ使えないはず。
 だが、聖杖の打撃に聖属性魔力が若干付与されているようだ、殴るたんびになんか神々しく「ぱぁ~」と輝いている。

 「アビロス! 今のうちに従者を連れて下がりなさい。そしてお屋敷に救援を!」

 かっけぇえ―――それ俺が言おうとしたセリフ……

 屋敷に救援を求めるのは良案だ。

 だが、それじゃステラが死ぬ。
 今の攻撃程度では、ガルバを仕留めるのは無理だ。

 ―――このまま聖女を見捨てて逃げれば、破滅回避になるかもしれない?
 ―――でも、その後の世界の危機イベントは聖女なしじゃ乗り切れない?

 どっちが俺にとって得?

 違うだろ!

 ソロバンなんかはじいてんじゃねぇ!


 ――――――こいつを守ると、いま決めた!


 俺はステラの方に馬を走らせる。

 ステラに無くて、俺にあるもの。
 それはゲーム知識だ。

 今のアビロスには、主人公のような身体能力もなければ、大量の魔力もない。
 だが、情報だけは持ってるぞ! 

 「イデェなあ~~このコムスメ~~! オデはオコッタぞ~! ギギ~~」

 足を聖杖で殴られていた魔族ガルバが、その目を真っ赤に染め始めた。まずい!

 くっ……間に合うか? 

 「ステラ! 伏せろっ―――!」


 「―――赤い閃光(レッドレーザー)!!」


 ギリギリのところで、ステラと魔族ガルバの間に滑り込む。

 赤い閃光がうなりを上げてこちらに飛んでくる。
 これは魔族の固有能力だ。この世界の人間が使う魔法とは違い、ほとんど詠唱無しで発動できる。
 魔族のほとんどはゲーム後半になり登場するので、いまはみんな予備知識が無いのだ。ステラも含めて。

 アビロスは防御魔法なんて使えない。
 というか、さぼりすぎてほとんど魔法は使えなかったはず。

 いまできること―――


 体はるしかねぇえええ!!


 「ぐっ……ぎぃいいいいい!!」

 俺の背中に直撃する赤いレーザー。


 「あ、アビロス! 何やってるんですか! あなた!」

 こちらに駆け寄ろうとするステラに手を突き出して制止する。
 せっかく盾になっているんだから、動かないでくれ。

 ガルバのレーザーが消えていく。
 そこまで長時間の照射ができないのは、ゲームで履修済だ。

 「ナ、ナンダ~~オマエ~~タダノニンゲンのクセに~~ナゼ死なナイ~」

 何故って……そんなこと決まってるだろ。

 「―――ヘイトキャラ耐性なめんなよ!!」

 ゲーム設定では、悪役アビロスの特徴の一つとして「打たれ強い」って特殊能力が備わっている。
 ヘイトキャラなので、多少ボコられてもすぐに復活する必要があるからだ。復活したらまた成敗されるの繰り返し。ようは主人公たちによるサンドバック可能キャラってことだ。


 ―――でも


 めっちゃ痛いんですけど!

 背中が焼けるように痛いんですけど!


 我慢するしかない……クソ、ここで破滅するわけにはいかない!


 『「―――したっぱ魔族ごときがなめんなよ! こんなところで終わってたまるかよ!」』