あれから1週間後、俺は王都にある試験会場に向かっていた。
 マルマーク家の王都別邸に前泊したので、今日は徒歩である。

 試験は学園ではなく、別会場で行われる。

 学園の入学は必須だ。基本的に貴族は学園卒業という肩書が必要だし、俺は4大貴族だ。
 メインストーリーに絡まなくても、破滅回避してひっそりエンジョイするにも、学園は卒業した方が良い。

 とにかく―――

 目立たないことだな。

 学園はゲームストーリーに関わるキャラが多数登場する。
 俺としては、あまりネームドキャラとは関わらず、その他モブキャラとしてすごせればいいのだ。

 ひっそりと合格して、ひっそりと入園して、ひっそりと卒業する。
 モブであっても、ゲーム舞台の知られざる部分を見つけたりと、ファンとして堪能することはできるし。

 とにかく注目を浴びないようにしよう。

 と思っていたのだが……

 「きゃ~~! 聖女様よ!」
 「ウソ~~! 麗しすぎるぅううう!」

 なぜこんなに周りが騒がしいのか?
 その理由は、俺の隣を歩く純白の法衣に身を包んだ超絶美少女。

 聖女ステラである。
 彼女は一緒に試験会場に行こうと、朝一でわざわざ俺の別邸まで来たのだ。
 もちろん俺もステラと一緒に歩けるのは嬉しい。

 ―――しかしだ!


 死ぬほど注目を浴びてるぞ―――これ!


 ステラが目立つのはいい。メインヒロインだし。世界を破滅から救うキャラの1人だし。
 なによりかわいいし。

 だが……

 「ねぇ、聖女様の隣のいる人……」
 「あぁ……マルマーク家の……」
 「たしかアビロス? うわさではスカートめくりが趣味らしいわ」
 「し、絡んじゃダメよ。何されるかわからないわ」
 「なんであいつが聖女様と一緒にいるのかしら?」
 「きっとパンツよ、パンツ握られてるのよ、鬼畜だわ。聖女様かわいそう」


 おい、パンツ握られてるってなんだ? 弱みを握ったみたいに言うんじゃない。
 貴族令嬢らしき娘たちから嫌悪の視線を感じる。

 転生してからの俺は修行と勉強に集中して、出来る限り社交の場には出ていなかった。
 それでも、転生前のアビロスが色々やらかしていたのだろう、俺の知らんところで低評価が広まっているようだ。

 つまり悪役アビロスとしては、ステラと歩くだけでヘイトが自然に溜まっていくのだ。

 しかし、今は気にしてもどうしようもない。
 さっさと試験会場に向かおう。

 そんな急ぎ足となった俺に、声をかけてくるステラ。

 「アビロス、ちゃんと筆記用具はもってきましたか?」
 「ああ」
 「アビロス、朝はちゃんと食べましたか?」
 「ああ」
 「アビロス―――」

 「ちょっと待てステラ」
 「はい? どうしましたアビロス?」

 これじゃまるでオカンじゃないか。とは思わない。

 そうじゃない。
 不安なのだろう。

 ステラの表情が少し緊張しているし、いつもよりソワソワしている。

 5年間必死に修行したし、勉強もやった。
 しかし試験は試験、一発試験なのだ。

 良ければ合格、ダメなら落ちる。

 ましてやステラは将来を期待された聖女。周りからの期待も半端ないだろう。
 だから俺は一言だけステラに返答する。

 「ステラ、俺たちなら大丈夫だ」

 「フフ、そうですね。あの地獄を経験した人はそうはいないでしょうね。頑張りましょうアビロス」

 ステラが小さな手をキュッと握って、ガッツポーズをしてみせた。

 よし、いい顔だぜ。俺も頑張らんとな。

 ちょっといい気分になっていると、後ろから変な笑い声が聞こえてくる。

 「ビャハハッハ~~ステラじゃねぇか~」

 振り返ると男が立っている。俺と同い年ぐらいか、受験生なんだろう。ステラの知り合いか?

 「ビャハハッハ~~それにクソアビロスじゃねぇかよ~~」

 んん? 俺を知っている? みたところ貴族っぽいが。

 「ビャハハッハ~~なにポケーっとしてんだ。このビノリア家の次男ヒファロさまに見惚れてんのかぁ~~」

 「4大貴族の次男坊……おまえなんか知らん! だれだ?」
 「え? どちらさまですか?」

 「はぁあああ! なに面白いボケかましてんだぁあ!」

 ビノリア家と言えば俺たちと同じ4大貴族。長男はわかるが次男なんてゲームに登場したか? 思い出せんな。

 「ちっ! まあいい。それより~~ステラぁあ久々にみたら色々と育ってんじゃねか~ビャハッ~~」

 ヒファロの視線がステラのタユンポヨンを捉えて、下卑た笑いをこぼす。

 「なんですか! き、気持ち悪い! ちょっと近寄らないでください!」
 「ビャハハハ、いいじゃねぇか~~そんな変態クソ野郎より俺様と試験うけにいこうぜぇ~~」

 ステラの腕を掴もうと手を伸ばすヒファロ。
 が、その手はステラに届かなかった。

 俺がヒファロの手首を掴んだからだ。

 「ああ……? なにやってんだよ、変態アビロスくんよぉ」
 「変態はおまえだろうが」

 その下卑た手に黒い炎がともる。

 「ぎゃぁあああ! あちぃ~~んだよこれぇ! おい消えねぇぞ!」

 「さあ、ステラ行くぞ」
 「え、ええアビロス」

 俺はステラの手を取って、スッとその場を去る。後ろではヒファロが覚えてろ!とかなんかわめいているが、知らん。

 「ステラ、あんなやつにかまうな」
 「アビロス……ありがとう」

 強く握った聖杖から力を抜くステラ。

 「ああいう奴は悪人アビロスの専門だ、任せとけ」
 「ええ、わかったわ。フフ、優しい悪人さん」

 ステラも、ヒファロにされるがままになる気など毛頭ない。
 あと少し。俺が割って入るのが遅ければ、ヒファロはステラにどぎつい一発をかまされていただろう。

 だけど、あんなクソに手を汚す必要はない。俺はそう思った。
 それに、ステラにちょっかいを出されて、俺自身イライラしたのは確かだしな。

 「さあ午前の筆記試験、頑張りましょうねアビロス」

 そう言って微笑んだステラは、まるで天使のようだった。



 ◇◇◇



 筆記試験が終わり、午後の実技試験がもうすぐはじまる。

 「ここが実技試験の会場か」

 会場は小さめの、簡易的な円形闘技場だった。
 観客席には、試験待ちの受験生たちがそこそこいる。

 「アビロス! 今までやってきたことを出しつくしましょう! そうすれば周りのあなたへの見方も変わるはずです!」

 ステラが力こぶを作るポーズで俺を送り出してくれた。
 恐らくは周りから聞こえる俺の悪評が、ステラにも聞こえているのだろう。なんとかしたいと思ってくれたんだ。

 やっぱステラって超いい子だ!


 よ~~~し、やる気出てきた! 超絶美少女に応援されてモチベマックスだぜ!


 俺は試験が行われるリングへと上がる。

 さて、俺の対戦相手は……

 「おらぁあ~~俺様の相手をするクソザコはどいつだ~~ビャハハッハ!」

 おまえかよ……ヒファロ。


 まあいい、思いっきりやってやるぜ。