「2人とも良くやった! 頑張ったな! 文句なく合格だ!」

 「「うぶっ! ―――せ、先生!」」

 帰ってくるなり、俺たちは先生の強烈な抱擁を受けた。
 どでかいタウンポヨンに埋まって窒息しそう―――

 「おっと、悪かったな。ワタシともあろうものが、久々に気分が高揚していたようだ」

 力強すぎだ。息できないし、内臓が飛び出るかと思った……


 「そして、すまなかった。オークダンジョンは完全に把握していたはずだが、そこまでとはな」


 やはり先生も想定外だったか……
 俺はオークキングの異常な強さについて、ラビア先生に報告した。

 オークキングは俺のゲーム知識においても想定外の強さだった。
 そして熟練のラビア先生も想定を見誤った。

 つまりストーリー改変にともない、各種設定も相当な変動が起こっているとみていい。
 ひとつの改変が他の改変を誘発して。恐らくは未来に至るまで。

 いまこの瞬間も。

 「いずれにせよ、2人とも今日はゆっくり休め」

 ラビア先生が俺たち二人の肩をポンと叩いた。

 そうだよな、さすがに疲れた。
 今日はゆっくり寝たい。ベッドも久しぶりだしな。

 そこへタタタといつもの足音が。

 「ご主人様~~~おかえりなさいです~~」

 元気な声が俺を迎えてくれた。専属メイドのララだ。

 「「「「「アビロスさま、おかえりなさいませ!」」」」」

 さらに他の使用人のみんな、そして料理長のポキンさんまで。
 屋敷のほとんどの人が集まっているじゃないか。

 「み、みんな……ありがとう」

 アビロスに転生した当初は、こんな笑顔で迎えてはくれなかった。
 完全にやらされている感のある表情や、怯えた顔ばかりだった。

 これじゃダメだ―――
 なんとかして変えようと決意した俺。

 といっても俺のやれることは、毎日の挨拶や、ちょっとした気遣い程度だ。
 破滅回避という目的もあるが、なによりも長く暮らすであろう場所なんだ。気持ち良くすごしたいじゃないか。

 コツコツと地道に、クソ悪役ムーブを改善していったかいがあったな。

 この5年間の行いが無駄では無かったことに、ホッとする。

 なんだか安心したら急に疲れが湧き出てきたぞ。
 ダンジョンからずっと気を張っていたからな……

 「ふわぁああ~~ご主人様疲れてるです! お風呂にするですか? お食事にするですか?」

 俺を見るなりすぐに状態を把握するララ。
 この子は5年間ずっと俺のことを気遣ってくれている。

 「とりあえず食事かな、なにか腹に入れたい」
 「わかったです~~」

 ララに手を引かれて食堂に向かっていると、ステラが深刻な顔をして、母上のナリーサと話をしていた。

 「あ、あのナリーサ様。その、あの、もう少しだけお屋敷に滞在させて頂けないでしょうか」
 「まあ、もちろんよ! アビロスちゃんの傍にいたいのね~~ステラちゃんかわいいわぁあ」
 「ち、ちがいます! そんなのではなくて」
 「あら~~じゃあなんでかしら~~」
 「え、えと……その、アビロスとちょっと、その後日食事に行く約束をしたので……」
 「まあ! デートね! 私のお洋服を貸してあげましょう! あ、でもステラちゃんだとお胸がきついかも~~そうだわ! すぐに洋服屋さんを呼びましょう!」
 「へぇえ!? で、で、で、デート!? いや違うんです! 服は今着ているので大丈夫ですから」
 「そうなの~~? じゃあその法衣を光輝くまで綺麗にしましょうね~~。や~~ん、あなた~~可愛すぎる娘ができるわ~~~ルンルン」
 「そ、そんな! だから、違うんですって!」

 はっきりとは聞こえんが、なんかコントみたいな会話が繰り広げられていた。
 母上はグイグイ物事を進めちゃうからなぁ。

 そこへ俺の手を引いていたララがステラの元に駆け寄り、グイグイこちらに引っ張ってきた。

 「ちょ、ララちゃん!?」
 「ステラ様もご主人様と一緒に、お夕飯食べるです~~!」

 俺とステラの2人をニコニコの笑顔で引っ張る小さなメイドさん。
 母上とメイドの強引なコミュニケーションにタジタジの聖女さま。

 こんな一幕は、ゲーム原作だとありえないシーンだな。
 俺はステラの方を向いてそう思った。

 「―――あ、アビロス! あんまりこっち見ないでください!」

 おっと、機嫌が悪いらしい。

 ステラはその小さな顔を真っ赤にさせて、プイッと横を向いてしまった。



 ◇◇◇



 オークキングを討伐した翌日。
 俺とステラは屋敷の正門前でラビア先生と向き合っていた。

 いよいよ先生とお別れの時がきたのだ。

 「アビロス! この5年間よく耐えたな! 吐かなくなったのはお前がはじめてだ!」
 「ステラ! 女でワタシの元を卒業できたのはお前がはじめてだ! よく頑張った!」

 先生が俺とステラの肩に手を置いた。


 「本当に強くなったな……2人とも」


 俺たちから離れた先生は、両手に何かを持っていた。

 「お前たちへの餞別だ。卒業証書のかわりだと思ってくれ!」

 俺が渡されたのは、【ダークブレイド】。魔剣の一種だ。
 ぬるりと光る漆黒の刃、おお~~カッコいい!!


 ステラは――――――!?


 「そ、それは!?」

 「ほう、アビロスこれがなんだか知ってるのか?」
 「え……いや。すごく綺麗な杖だなぁと……」
 「だろう! ステラにぴったりだなと思ってな!」

 俺の記憶が正しければ、ステラに渡されたのは【純白の聖女神杖】、聖杖の中でも最上位の一品だ。
 これは、盗賊ギャングキングを倒さないと手に入らない武器のはず。

 「いや~~、こないだ酒場で喧嘩を売られてな。いい気分で飲んでたところに水を差しやがったから、ついカッとなってしまって。全員ボコボコにしたついでに巻き上げたんだよ」

 なるほど、ラビア先生が無自覚イベントクリアしてしまったようだ。

 「それから―――」

 ラビア先生が奥に視線を向ける。

 ああ、そうだよな。彼女も頑張った1人だ。
 俺はララに手招きする。

 頭に?を浮かべながらもこちら来るララ。

 「ララ! この5年間よく頑張った! これはおまえの卒業祝いだ!」

 ララは、卒業試験を受けなかった。メイドの仕事を休むわけにはいかないと言って。
 俺は、少しぐらい長期休暇を取ってもいいと言ったのだが、「ララの本分はメイドです!」といって仕事を優先していたのだ。


 「ふぇえええ! あたしも貰えるですか!」


 「当たり前だ。ワタシのしごきを仕事兼任で耐えきった奴などこの世にいない。ララ、おまえは王都の騎士団の誰よりも根性があるぞ!」

 「うわぁああ~~~ん。ありがとうございます~~嬉しいです~~」

 その場で大粒の涙を流す俺の専属メイド。
 本当に良く頑張ったな。

 ララが貰ったのは【ポイズンウイップ】、いわゆる毒の鞭だ。
 毒属性持ちのララにはぴったりの武器だな。


 「さて―――名残惜しくもあるが、そろそろ行くぞ」


 ラビア先生が俺たち3人の肩をポンポンと叩いていく。

 それに対して俺は一礼を、ララはメイド服でお礼のお辞儀を、そしてステラは先生に【祝福】をかけた。
 3者3様のお別れだ。


 「ワタシはこれでお役御免だが、日々の鍛錬を怠るなよ―――じゃあな!」

 ラビア先生はそう言うと、次の瞬間にはその場から消えていた。

 遥か彼方に、先生が走ったあとであろう土埃が巻き上がっていた。

 「すげぇええ……」

 なにかしらの付与魔法は使っていないし、身体強化もしていない。
 つまりガチの脚力だ。

 マジかよ……とんでもないスピードだ。
 この5年間で先生に幾度となく模擬戦でしごかれたが、そのどれよりも速い。

 「フフ、アビロス、とんでもない先生ですね。私たちはまだまだです」
 「ああ……そうだな」

 未だに地面の振動を感じる。おそらくは、ラビア先生が走り出す際に地を蹴った余韻だろう。

 この5年間で俺は各段に強くなった。肉体も、魔法力も、精神力も。
 そして卒業試験をクリアして、【深淵闇魔法】も覚醒した。


 だが――――――


 まだまだ上には上がいる。

 先生には、最後の最後まで教えられっぱなしだな。

 俺もステラも、そしてララも、まだまだ伸びしろはある。いつか必ず……

 俺は先生が走り去った彼方をみつめて、グッと拳を握りしめた。