「うおぉおおおおおお! 不屈の肉壁(アビロスシールド)!!」

 【オークブレス】、岩の弾丸が次々と俺の身体に打ち付けられる。

 痛くねぇ―――


 てのはウソだ! めっちゃ痛いぃいいい! が耐えるぅううう!!


 耐える耐える耐える!

 怒涛の攻撃に足元がぐらつく。なにやってんだ!

 ここで吹っ飛ばされたら、後ろのステラに当たるだろうが!

 俺は気合で岩の雨を防ぎ続けた。

 最後の弾丸が俺の身体に弾かれる。

 なんとか切り抜けた……地獄の5年と俺特有のヘイト耐性に感謝だな。
 全ての弾丸を受け切った俺は、オークキングが硬直しているのを見逃さなかった。

 「隙だらけだぜ! そらぁ!」

 俺は最後の力を振り絞って、剣をオークキングの片目に投げつける。

 「フゴォガアァアア!」

 意表を突かれたのか、顔を掴んで転げまわるオークキング。

 これで時間ができた。俺はもう動くことすらできんがな……
 ―――っ、両足の感覚がない。折れてるのか消失したのか。
 膝から地に崩れ落ちながらも、力を振り絞ってステラに声をかける。


 「よし……ステラぁ……今の……うちだ」

 「なにがよしですか! なにが今のうちですか!」

 「……ああ?」

 「アビロス! なんでこんな無茶をしたの!」

 いや、だから俺は……というかこんな押し問答している場合じゃない。早く……

 フワリといい匂いが俺を抱き起した。

 ステラは必死に回復魔法を詠唱しはじめる。魔力など尽きているのに。

 「バカ野郎……俺のところに来る元気があるなら……逃げろよ」
 「なに言ってるんですか! あなたを置いて行けるわけないでしょう!」

 そもそも聖女ステラのゲームキャラ設定は全てを救う者。基本的に誰にでも救いの手を差し伸べる性格だ。
 だから簡単には見捨てられないのだろうが……

 アホか……俺に構うなよ。

 俺は悪役キャラだぞ。

 転生後は、クズ行為をしていないが、それでも幼少の頃からの俺へのヘイトは消えている訳がない。

 救う奴を見極めろよ……たく、この聖女は。

 俺の言葉に構わず、ヒールを詠唱し続けるステラ。

 「だからさっさと行け……無駄な事をするな……」
 「嫌です! 諦めませんから、私! 回復魔法(ヒール)! 回復魔法(ヒール)! 初級魔法分ぐらいの魔力は絞り出してみせます! 回復魔法(ヒール)!」

 だが、ステラの魔力は完全に底をついているのだろう。
 ステラの詠唱の声だけがダンジョンに響く。

 「なぜ……そこまでするんだ……?」
 「それは私のセリフです!」

 どういうことだ?

 「私、あまり長くは生きられません……天啓で聖女の力を得た時に、慈愛の女神さまに告げられました」

 あ………

 ステラの言ってるのはゲーム上の設定のことだ。
 彼女は聖女の力を得るのと引き換えに、余命10年ほどに寿命が縮まる。
 だが、それはゲーム主人公の覚醒イベント「聖女の口づけ」を交わすことで解消されるんだ。

 どのルートのエンディングでも、ゲーム主人公と共に幸せに天寿を全うしたと出てくる。

 「でもそれはいいんです! 悲しくないと言えば嘘になりますけど、私の力で多くの人が救えるなら! でも……」

 ああ、それでか……ステラが時折みせる悲し気な表情は。
 俺はゲーム原作を結末まで知っているから気にならなかったが、現状のステラの気持ちがわかっていなかった。

 今の彼女は不安まみれじゃないか……

 クソ……なんで気付かなかったんだよ。

 「でも、私の生きている間にアビロスが居なくなるのは嫌です……」

 ステラの綺麗な瞳からポトポトと雫が落ちる。

 「ステラ……」

 なんだか俺の心が温かくなる感じがする。
 そして、ステラを死なせたくないという想いがより強まっていく。


 ああ、そうか……わかった。


 俺は惚れてたんだな、ステラに。


 5年前から……

 ハハッ、そうか。単純な理由だったんだ。

 そりゃわかんねぇわ。
 前世でも、ゲーム上でしか恋人なんかいなかったからな。

 だったら――――――

 なおさらステラを死なせるわけにはいかねぇな!

 5年前からずっと変わらない俺のポリシー。
 こいつを守るってことだけは変わらん。

 俺はなお発動しないヒールを詠唱し続けるステラの手をとった。
 小さいな……擦り傷まみれだが綺麗な白い手だ。


 「もういいい……行くんだステラ……それが俺の望みなんだ」


 「……わかりました、アビロス」

 ふぅ、ようやく頷いたか。この頑固聖女め。

 へへ……やはり俺は破滅する運命だったか。

 ストーリーを改変しようとしても、死の運命からは逃れられなかったようだ。
 悪役から、単なるやられ役になっただけか……目も霞んできやがった。

 「いいですよね? アビロス」

 ああ、てか早く行け。オークキングもそろそろ起き上がるぞ。

 「はじめてなんですからね……アビロス」

 だから、さっさと行けよ……ん? はじめて―――!?

 なんか柔らかいものが俺の口に……

 「んっ……」

 なんかステラ変な声だしてないかって―――!?

 おいおいおいおい~~おいぃいいいいい!! 


 まさか―――「聖女の口づけ」やっちまったのか!?


 俺とステラを純白の光が包み込む。


 〖―――聖女ステラ、その男に聖女の奇跡を与えます。よろしいですか?〗

 なんだこれ、俺の頭になんか声が入って来る。これ、女神の天啓イベントじゃないのか!
 てことはこの声は慈愛の女神の声か! これ祝福の光じゃないのか!

 「はい、女神様」

 はいじゃねぇええ! ゲーム主人公どこいったんだよ!

 〖わかりました。あなたが選んだのであれば間違いはないでしょう。アビロスに聖女の奇跡を与えます〗

 いや、ちょっと待て! ストーリー改変しすぎだろ!

 〖それと、ステラ。心より助けたいという穢れなき深い慈愛の心を示したことにより、あなたへ課された命の制限は消滅しました。〗

 「え……女神様。じゃあ私はアビロスとずっと一緒に……」
 〖ええ、アビロスと共に歩みなさい。天寿を全うするまで。〗

 え? 何言ってんの? 話が脱線してますよ。あと俺も聞いてるからね。

 「えと、女神様。その、アビロスたぶん他の女の子にも人気かも……」
 〖ステラ、最初が肝心です。徹底的にアビロスをわからせてあげなさい〗

 はい? 何の話してんだ? この女神は何を言ってるんだ?

 「ああ……女神様。ありがとうございます」
 〖では、2人の道に慈愛の祝福があらんことを―――〗

 いやいやいや、2人で勝手に話終わらせてんじゃねぇええええ!! 

 祝福の光が俺の傷を全て癒す。
 うお……なんだこりゃ。体力・魔力も湧き出てくる感じだ。

 「お、おい。ステラ……」

 「は、はじめてだったんですからね……」

 「お、おう……」


 ――――――!?


 なんだこれ!?

 俺の身体から闇の魔力が溢れ出してきやがる。しかもいつもとは違う感じの。

 ステラの聖属性魔力とブレンドされたからか?

 もうウダウダ考えるのはやめだ。

 とにかく今は、最優先事項があるよな。
 ストーリーうんぬんを気にするのはそのあとだ。

 目に突き刺さった剣を抜き取り、怒りを露わにして、こちらに突進してくるオークキング。


 やってやる。


 さあ、オークキング―――決着をつけてやるぜ!