「いらっしゃいませー!」

 あたしとご主人様は店員さんに案内されて、テラス席についた。

 「ご主人様~~楽しみです」

 ここはお屋敷のふもとにある街のカフェ。

 「ああ、今日はララの誕生日だ。好きなものをたくさん食べよう」
 「ハイです!」

 ご主人様があたしの誕生日を祝いたいと言ってくれました。こんなこと、はじめてです。
 好きな店に連れて行くと。だから焼肉屋に行きたいと言ったです。

 ご主人様の一番の好物は、焼肉ですから。
 あまり甘いものは好きじゃないはずです。

 でも、今日はあたしの行きたいところへ行くと言って、焼肉屋は却下されました。

 「このお店、前から来てみたかったです!」
 「それは良かった。俺も楽しみだよ」

 以前は庶民のお店にはあまり興味が無かったようですが、最近はララによくお話ししてくれるです。

 「う~ん、どれにしようかな? お! ミートショートけーき……肉のケーキです……だと」
 「ご主人様~~それは変わり種でとっても美味しいって料理長さんが言ってましたです」
 「なるほど……ポキンがそう言うなら間違いないな。俺はこれにするよ」

 ご主人様は―――他の人を認めるようになったです。
 料理長のポキンさんも、最近ご主人様に料理を作るのが楽しいと笑顔になりました。

 「ご注文はお決まりですか……あっ!」
 「―――おっと」

 店員さんがお冷をこぼしそうになりました。

 「ああ、申し訳ございません! って、浮いてる!?」
 「ああ、驚かしてすまない。ララ大丈夫か?」

 ご主人様の【闇魔法】です。ご主人様しか使えない魔法、カッコイイです! お冷がゆっくりとあたしの手元に着地しました。

 「ハイ! 大丈夫です!」
 「君も気にしなくていいからね。注文いいかな?」

 店員さんが安堵の表情を漏らします。

 以前のご主人様なら大激怒です。
 俺様は4大貴族だぞ!って連呼して、罵声を浴びせて、責任者出せと騒いでました。

 でも今のご主人様は違います。

 そんなことしません。

 あたしと店員さんを気遣ってくれました。

 「よし、楽しみだなララ」
 「ハイです! ご主人様!」

 注文を終えてワクワクしているご主人様。


 ご主人様は変わりました―――


 あたしの足を嗅がなくなったあの日の朝から。


 あたしは、闇組織の人体実験道具としてゴミのように扱われてきた。
 そんな地獄の日々から解放されたものの、すでに身も心もボロボロでした。そんなあたしに手を差し伸べてくれたのがナリーサ様。

 ご主人様のお母さまです。

 ナリーサ様は、死を迎えるだけのあたしを救ってくれましたです。
 そして、なんとメイドとして雇ってくれたのです。

 とってもあったかい人。

 そんなナリーサ様に、ある日ご主人様の専属メイドになるよう言いつけられました。

 正直な気持ちとしては、嫌でした。

 ご主人様のことは、前の専属メイドさんからも聞いてましたし。実際の振る舞いもたくさん見ていたからです。

 なんでこんな人の……
 ナリーサ様の専属メイドが良かったのに……
 最初は捨てられたのかと思いました。

 そして、専属メイドとなってからは、ベッドに縛り付けられたり、足の裏の臭いを嗅いできたり。
 いつも怒鳴られて……

 ナリーサ様も時折、ご主人様とお話してくれましたが、もとより忙しい方です。だって4大貴族の奥様なんですから。

 この家から追い出されるのだけは嫌。
 ナリーサ様のいる家から離れたくない。

 だから頑張りました。

 毎日毎日。

 そしてあの日の朝―――


 ご主人様は変わりました。


 ―――縛らなくなった

 ―――嗅がなくなった

 ―――怒鳴らなくなった


 なんだかあったかくなったです。
 手が、足が、言葉が、目が、ご主人様の全部がです。以前の物を見るような冷たい目じゃないです。

 ナリーサ様と一緒の目です。

 魔物からも守ってくれました。
 逃げろって。アタシをかばって、毒をかぶって。

 「―――ララ、ララ?」
 「はっ! ハイです!」

 しまったです。なんかホワホワしちゃってたです。

 「どうしたんだ? そのパフェ食べたかったんだろ? 溶けちゃうぞ」
 「ふぇええ~~溶けちゃダメです! すぐに食べるです! パク……」

 ―――ふわぁああああ! 

 「美味しいですぅううう!」

 「ハハッ、大げさなやつだな」

 「ご主人様のミートケーキも美味しそうです~~」
 「ああ、凄く美味いぞ。ロースの味がするな、赤身ケーキといったところか」

 一か月前には想像も出来なかったことが、目の前で繰り広げられているです。
 こんな日が来るなんて……

 「お、おい……どうした? あたまキーンがきたか? 冷たいものを急いで食べるとなるぞ、それ」
 「ふえぇえ。だ、大丈夫です!」

 わぁああ、なんか泣きそうになってたです。
 せっかくの大事な日です。泣いちゃダメです。

 あたしはカバンから縄を取り出してギュッと握る。

 「お、おいおい。まだ持ってんのか……その縄」
 「は、ハイです。ダメですか……ご主人様」

 「いや、まあララがいいなら好きにすればいいが」

 ご主人様はもう縛らない。

 それは知っているです。

 でも―――

 持っていないと不安だったんです。
 手放そうとすると、身体が拒絶してたんです。ララは捨てられるんじゃないかって。

 だから―――理由は言えずに、ニコニコして持ってたんです。

 でも、今はそんな理由では持ってないんです。
 ご主人様は変わったということをいつも思い出すために。

 だから、これからも持ち続けるです。
 もう後ろ向きな理由じゃないんです。


 ―――ララはご主人さまのために生きるです!


 でも、実は今のご主人様なら縛られてもいいかな~とか思ったりしてるです。

 これはララの秘密。