いつもの金曜日、放課後の図書室。
窓の外では茜色の光が傾き、静かな空気を照らしていた。
本棚の間を抜ける風が、紙の匂いをふわりと揺らす。
時計の針がゆっくりと音を刻み、その音が、この場所だけ時間がゆっくり流れていることを知らせていた。
柊は、いつものようにカウンターへ歩いていった。
放課後のこの時間、律は決まってそこにいる。
借りた本を返す生徒に対応したり、返却リストを確認したり、時々ため息をつきながらも、真面目に働いている。
だから、今日も当然、そこにいるものだと思っていた。
……けれど、そこには誰の姿もなかった。
「……あれ?」
柊は足を止めた。
貸出ノートの上にペンが転がったままになっている。
ページは途中で止まり、書きかけのまま。
まるで、律が途中で席を立って、そのまま戻っていないかのようだった。
(珍しいな。いつもこの時間にはもう片づけ始めてるのに)
柊は首をかしげ、カウンターの奥を覗き込んだ。
中は整然としている。だけど、一つだけ違和感があった。
律がいつも座っている椅子の上に、白地に青い刺繍が施された布――ハンカチが、ぽつんと置かれている。
「……誰かの忘れ物?」
そう呟きながら、柊は手を伸ばした。
指先が布に触れた瞬間、懐かしいような香りがした。
柔らかくて、少し甘い。石鹸の香り。
この図書室の空気には似合わない、清潔でやさしい匂いだった。
(なんだか……この匂い、知ってる)
柊はハンカチを広げ、端の刺繍をじっと見つめる。
そこに、見覚えのある文字があった。
――「S.S」
自分の名前の頭文字。
しかも、少し歪な縫い目。家庭科の授業で、初めて刺繍をしたときの、不器用な自分の跡。
「……これ、僕の……?」
思わず小さく声が漏れた。
「え?僕、このハンカチ、落としたんだっけ?」
呟いた瞬間――。
本棚の向こうから、ガタンと音がした。
柊は驚いて顔を上げた。
影の中から、ゆっくりと誰かが姿を現す。
――律だった。
いつもの無表情な顔に、今日は小さな焦りが浮かんでいる。
その表情はどこか困っていて、そして照れくさそうに、まっすぐこちらを見ていた。
「律……?」
声をかけると、律は軽く肩をすくめて、口の端を上げた。
「あ、バレた」
たったそれだけの言葉なのに、心臓が跳ねた。
夕陽が差し込み、二人の間に影が伸びる。
柊は、ハンカチを胸の前で握りしめた。
静かな空気の中、律の瞳がまっすぐこちらを見つめていた。
窓の外では茜色の光が傾き、静かな空気を照らしていた。
本棚の間を抜ける風が、紙の匂いをふわりと揺らす。
時計の針がゆっくりと音を刻み、その音が、この場所だけ時間がゆっくり流れていることを知らせていた。
柊は、いつものようにカウンターへ歩いていった。
放課後のこの時間、律は決まってそこにいる。
借りた本を返す生徒に対応したり、返却リストを確認したり、時々ため息をつきながらも、真面目に働いている。
だから、今日も当然、そこにいるものだと思っていた。
……けれど、そこには誰の姿もなかった。
「……あれ?」
柊は足を止めた。
貸出ノートの上にペンが転がったままになっている。
ページは途中で止まり、書きかけのまま。
まるで、律が途中で席を立って、そのまま戻っていないかのようだった。
(珍しいな。いつもこの時間にはもう片づけ始めてるのに)
柊は首をかしげ、カウンターの奥を覗き込んだ。
中は整然としている。だけど、一つだけ違和感があった。
律がいつも座っている椅子の上に、白地に青い刺繍が施された布――ハンカチが、ぽつんと置かれている。
「……誰かの忘れ物?」
そう呟きながら、柊は手を伸ばした。
指先が布に触れた瞬間、懐かしいような香りがした。
柔らかくて、少し甘い。石鹸の香り。
この図書室の空気には似合わない、清潔でやさしい匂いだった。
(なんだか……この匂い、知ってる)
柊はハンカチを広げ、端の刺繍をじっと見つめる。
そこに、見覚えのある文字があった。
――「S.S」
自分の名前の頭文字。
しかも、少し歪な縫い目。家庭科の授業で、初めて刺繍をしたときの、不器用な自分の跡。
「……これ、僕の……?」
思わず小さく声が漏れた。
「え?僕、このハンカチ、落としたんだっけ?」
呟いた瞬間――。
本棚の向こうから、ガタンと音がした。
柊は驚いて顔を上げた。
影の中から、ゆっくりと誰かが姿を現す。
――律だった。
いつもの無表情な顔に、今日は小さな焦りが浮かんでいる。
その表情はどこか困っていて、そして照れくさそうに、まっすぐこちらを見ていた。
「律……?」
声をかけると、律は軽く肩をすくめて、口の端を上げた。
「あ、バレた」
たったそれだけの言葉なのに、心臓が跳ねた。
夕陽が差し込み、二人の間に影が伸びる。
柊は、ハンカチを胸の前で握りしめた。
静かな空気の中、律の瞳がまっすぐこちらを見つめていた。



