放課後の図書室。
ページをめくる音と、遠くの時計の針の音だけが響いていた。

柊は、窓際の定位置で本を閉じた。
指先に残る紙の感触が、まだ物語の余韻を離してくれない。

ふと顔を上げると、カウンターの向こうで律くんが黙々と作業をしていた。
返却された本を一冊ずつ確認し、仕分けして、整える。
その一連の動きに、無駄がない。
姿勢も視線もまっすぐで、まるで教科書の挿絵みたいに整っていた。

(……集中してる顔、結構いいな)

静かな空気の中、そんなことを思った瞬間、目が離せなくなった。
本の背表紙の影に紛れて、視線を送る。
でも――その視線に気づかれるのは、案外早かった。

「……あの、柊先輩」

低い声に呼ばれ、心臓が跳ねた。
律は本を抱えたまま、少しだけ首を傾げている。
いつもの落ち着いた顔のままなのに、目だけがわずかに困っていた。

「え、なに?」

「さっきから、ずっと見られてる気がするんですけど」

「……っ」

(やっぱりバレてた!?)

柊は慌てて笑い、頬をかく。

「ごめん。集中してる姿、ちょっとかっこいいなって思って」

律の手が止まった。
まるで時間まで一緒に止まったみたいに、空気が静まり返る。
その沈黙が、妙に長く感じられた。

(やば……言い方、素直すぎた?いや、でも本当のことだし……)

ようやく律が息をつく。

「……そういうの、図書室では禁止です」

「え?」

「褒め言葉とか、そういうの。集中できなくなるんで」

口ではそう言いながらも、律くんの耳の先がほんのり赤い。
その色が、夕陽のせいじゃないのがわかる。

柊先輩はつい、くすっと笑ってしまった。

「じゃあ、心のメモに書いとく」

「……メモ、破棄してください」

「無理。たぶん永久保存版」

律は返却された本を抱え直し、背を向けた。
けれど、その横顔の端――唇の端がほんの少し、上がっている。

(あ、笑ってる)

そんなことに気づいて、胸の奥がふわりと温かくなった。

外では夕陽が傾き、オレンジ色の光が本棚の影を長く伸ばしていく。
二人の間を通り抜けるその光が、どこかやさしくて。

柊は、本を抱えたまま、そっと息を吐いた。

(……なんか、こういうのが青春ってやつなんだろうな)

静かな図書室で、ページをめくる音がまた戻る。
けれどその音の向こう、確かに何かが生まれた気がした。