夜の帳が降りると、セオラの天幕へジャンブールがやって来た。
 迎え入れると、当たり前のように西側のベッドへごろりと横になる。
「何をしている」
 セオラが詰め寄ると、ジャンブールは不思議そうに首を傾げた。
「え? 僕の寝床に帰って来ただけだけど?」
 天幕の中にはベッドが二つある。東にあるのが女用のもの、そして西にあるのは男用のものだ。
「ここは私の天幕だ。出ていけ」
「やだよ。ここ追い出されたら、僕の寝る場所無くなっちゃう」
 草原の民の間では、夫は妻たちの天幕のどれかで休むのが慣例だ。セオラは苦々しい表情となる。
「私とお前は、形だけの夫婦だ。妃は他にも迎えただろう。彼女らの天幕のどれかで寝てこい」
「えーっ、なんでそんなつれないこと言うの? 僕ら戦友じゃん?」
「男と天幕を共にしながら、安眠できるか!」
「ふぅん、それって」
 ジャンブールは嬉しそうに笑いながら、ベッドから身を起こす。そしてセオラに迫ると、不敵に笑った。
「セオラは僕を、そう言う対象だと意識してくれてるんだ?」
 反射的にセオラは、ジャンブールの鳩尾に拳を叩きこんだ。
「ごふっ!?」
「私は、男と同じ天幕で寝るのは嫌だと言っているだけだ。お前を意識などするものか」
「ちょ、セオラ。攻撃の手が早すぎ」
 力なく笑いながら腹を押さえ、ジャンブールは再びベッドへ腰を下ろす。
「でもさ、考えてもみてよ。僕は、父を殺した可能性のある女ばかりを妃に迎えたんだよ? そんな天幕で安心して眠れると思うかい?」
「それは……」
「ね? だから、君の側が一番安全なんだ」
 言ってジャンブールはセオラの手を取る。
「僕を守ってよ、セオラ」
 ほんのりと甘えるような口調に、セオラの心が揺れる。内心を悟られないように、セオラはすげなくその手を払いのけた。
「わかった、そこで好きに休むがいい。だが」
 セオラはキッと睨み据える。
「私に不埒な真似をしてみろ。速攻で叩き出す」
「わかったわかった」
 ジャンブールが再びベッドへ横になる。セオラがいくら凄もうとも、ジャンブールはそよ風でも浴びているかのような顔つきだ。セオラも、力んでいる自分が馬鹿らしくなってきた。
「それでさ、セオラ」
「なんだ?」
「先王を殺した犯人、分かりそう?」
「分かるわけない」
 セオラは椅子に腰を下ろし、侍女が用意してくれた馬乳酒(アイラグ)を杯へ注ぐ。
「まだ顔を合わせただけだ。憶測での決めつければ冤罪にもなりかねん」
 くっと、杯の中身を飲み干すと、ジャンブールも隣へ腰かけて来た。
「僕にもくれる?」
 セオラが言われた通りにすると、ジャンブールは嬉しそうに杯を空ける。
「その通りだ。十分な証拠もなしに決めつけちゃいけない」
 ジャンブールの顔がすぐ側にある。柔和な微笑みの中、瞳の奥に叡智の光が潜んでいるように見えた。
「セオラ、君が冷静な人で良かった」
 ジャンブールの普段と異なる落ち着きのある声に、セオラの胸の奥が微かにざわめいた。