翌日の昼下がり。知らせのあった通り、ジャンブールの三人の妃たちが挨拶に現れた。
侍女たちは塩とミルクの入った茶を、彼女らの前へ差し出す。
「お初にお目にかかりますわ、第一妃セオラ様。わたくし、第二妃のグアマラルと申します」
口火を切ったのは、目にもまばゆい真紅の衣を身に纏った、極上の美少女であった。
グアマラルと名乗る第二妃の艶やかな微笑みに、セオラは思わず見とれてしまう。
小柄でやや幼顔を残しているところが、開き始めた大輪の花を思わせる。紅花の頬紅をさし、その身からはみずみずしい芳香が立ち上っていた。
「愛らしいな」
セオラは感じたことを正直に口にした。それに対し、グアマラルは得意げに胸を反らす。
「当然ですわ。ジャンブール様の妃として恥ずかしくない装いを、長年心がけておりましたもの」
やや棘のある挑発的な声音に、セオラは「なるほど」と思う。
事前にジャンブールから、グアマラルこそ「先王存命のうちからジャンブールに懸想してきた妃」であることは聞かされていた。
ほんの少し前まで先王の寵姫であった身でありながら、ジャンブールに相応しくあるよう振舞っていたと言ってのける辺り、なかなかの胆力だ。
「ところでセオラ様」
グアマラルは挑戦的な眼差しを向ける。
「なんだ」
「セオラ様は、ゴラウン族の出身だと伺いましたが、本当ですの?」
「本当だ」
「あら、あんな小国から。うふふ」
グアマラルは勝ち誇ったように笑う。やがて一つ肩をすくめると、自分の胸へ手をやった。
「わたくし、トゴス族の出身ですのよ?」
美少女の口から、歴代サンサルロ王の第一妃に選ばれてきた女の出身地の名が飛び出す。
「だから本来ならば、第一妃の座は自分のものだ」、そう言いたいのであろう。
(私とて、望んでこの地位にいるわけじゃないが)
「ねぇ、セオラ様? セオラ様はジャンブール様とどのように出会われたのです?」
グアマラルは、口元に愛らしい微笑みをたたえながらも挑むような眼差しを向け、身を乗り出してくる。
「どのように……?」
「えぇ。一体、いつ? どういったいきさつがあって、あの方の第一妃に選ばれる仲になったのです? ごく最近まで、ジャンブール様の側にあなたの影などございませんでしたわ。なのに突然、第一妃だなんておかしいじゃありませんの。わたくし、その経緯をぜひともお伺いしたいですわ。でなければ、納得いきませんもの!」
苛立ちを隠しもしない、グアマラルのキンキンと響く声。うんざりしながらも軽く受け流そうとしたセオラの耳へ、落ち着きのある声が届いた。
「グアマラル、やめな。第一妃様に失礼だ」
声の主は、背の高い女だった。
年の頃は、セオラより十ほど上であろうか。親の世代というには若く、年の離れた姉のような雰囲気があった。黒地に金の縫い取りの衣が、よく似合っている。えも言われぬ迫力を秘めた女だった。
グアマラルが拗ねたようにぷいっとそっぽを向く。その様子を見て、黒い衣の女はやれやれと肩をすくめた。
「失礼いたしました、第一妃様」
「いや、気にしていない。そなたの名は?」
黒い衣の女が、セオラへ向き直る。その眼力に、セオラは僅かに気圧された。
「あたしは第四妃の、オドンチメグといいます」
(オドンチメグ……)
確かジャンブールからの情報では、元々誰かの妻であったのを先王がかどわかし、強引に妃にした人物であった。しかも、生木を割くような思いをさせておきながら、以降は完全に放置していたとのことだ。
ならば、先王に殺意を抱いていても不思議ではない。セオラは、オドンチメグの黒い瞳を覗き込む。鋭い眼光の奥に、昏い感情が潜んでいるように見えた。
(……先入観は良くない)
頭に纏いついた靄を軽く払い、セオラは最後に残った一人に目を向ける。
「そなたは?」
「あ、はい……」
痩せて色素の薄い髪を持つ妃は、怯えるように視線を逸らし、手をもじもじと揉んでいる。
「だ、第三妃の、い、イントールと申します。ど、どうぞよろしくお願いいたします」
「イントールだな、よろしく頼む」
地味な顔立ちの妃であった。白い衣が細い体を一層はかなげに見せている。
(同盟国の族長の血筋から、サンサルロの妃として迎えられた女だったな)
立場は悪くなかったであろうに、イントールは自信なげにおどおどと身を縮め、一度たりともセオラと視線を合わせない。元よりそう言う性分なのだろう。
(イントール、この者は確か……)
ジャンブールから教えられたことを思い出す。
(まじないが好きな者か)
隊商が来るたびに、使い方も分からぬ各地のまじない道具を買い集めるのだとか。先王がイントールの天幕を訪れたのは一度きり。故に寵を取り戻すべく、そう言った怪しげなものに依存するのだろうと、周りは見ていた。
(愛しさ余って憎さ百倍……)
ジャンブールが彼女を疑っているのは、その点であった。
(こんな臆病そうな者に、暗殺などと大それた真似をするものだろうか?)
そうは思ったが、セオラは一度その考えを頭から排除した。
「改めて、第一妃セオラだ」
セオラは茶の入った杯を手に取る。
「共にジャンブール殿を支える妃として、力を合わせていこう」
妃たちはそれぞれの杯を手に取り、中身を飲み干す。そこへ侍女たちが、みずみずしい果物を運んで来た。宝石のような輝きに、妃たちの瞳が輝く。だが、目を見開いたのはセオラも同様であった。
(これは、ジャンブールが?)
サンサルロへ連れて来たばかりのセオラに、このように貴重なものが用意出来ようはずがない。セオラの推測通り、これらはジャンブールがセオラの第一妃としての威厳を演出するため、侍女らに持たせたものだった。
セオラは他の妃たちに内心を悟らせぬよう、生まれて初めて口にするみずみずしい果物を堪能した。
侍女たちは塩とミルクの入った茶を、彼女らの前へ差し出す。
「お初にお目にかかりますわ、第一妃セオラ様。わたくし、第二妃のグアマラルと申します」
口火を切ったのは、目にもまばゆい真紅の衣を身に纏った、極上の美少女であった。
グアマラルと名乗る第二妃の艶やかな微笑みに、セオラは思わず見とれてしまう。
小柄でやや幼顔を残しているところが、開き始めた大輪の花を思わせる。紅花の頬紅をさし、その身からはみずみずしい芳香が立ち上っていた。
「愛らしいな」
セオラは感じたことを正直に口にした。それに対し、グアマラルは得意げに胸を反らす。
「当然ですわ。ジャンブール様の妃として恥ずかしくない装いを、長年心がけておりましたもの」
やや棘のある挑発的な声音に、セオラは「なるほど」と思う。
事前にジャンブールから、グアマラルこそ「先王存命のうちからジャンブールに懸想してきた妃」であることは聞かされていた。
ほんの少し前まで先王の寵姫であった身でありながら、ジャンブールに相応しくあるよう振舞っていたと言ってのける辺り、なかなかの胆力だ。
「ところでセオラ様」
グアマラルは挑戦的な眼差しを向ける。
「なんだ」
「セオラ様は、ゴラウン族の出身だと伺いましたが、本当ですの?」
「本当だ」
「あら、あんな小国から。うふふ」
グアマラルは勝ち誇ったように笑う。やがて一つ肩をすくめると、自分の胸へ手をやった。
「わたくし、トゴス族の出身ですのよ?」
美少女の口から、歴代サンサルロ王の第一妃に選ばれてきた女の出身地の名が飛び出す。
「だから本来ならば、第一妃の座は自分のものだ」、そう言いたいのであろう。
(私とて、望んでこの地位にいるわけじゃないが)
「ねぇ、セオラ様? セオラ様はジャンブール様とどのように出会われたのです?」
グアマラルは、口元に愛らしい微笑みをたたえながらも挑むような眼差しを向け、身を乗り出してくる。
「どのように……?」
「えぇ。一体、いつ? どういったいきさつがあって、あの方の第一妃に選ばれる仲になったのです? ごく最近まで、ジャンブール様の側にあなたの影などございませんでしたわ。なのに突然、第一妃だなんておかしいじゃありませんの。わたくし、その経緯をぜひともお伺いしたいですわ。でなければ、納得いきませんもの!」
苛立ちを隠しもしない、グアマラルのキンキンと響く声。うんざりしながらも軽く受け流そうとしたセオラの耳へ、落ち着きのある声が届いた。
「グアマラル、やめな。第一妃様に失礼だ」
声の主は、背の高い女だった。
年の頃は、セオラより十ほど上であろうか。親の世代というには若く、年の離れた姉のような雰囲気があった。黒地に金の縫い取りの衣が、よく似合っている。えも言われぬ迫力を秘めた女だった。
グアマラルが拗ねたようにぷいっとそっぽを向く。その様子を見て、黒い衣の女はやれやれと肩をすくめた。
「失礼いたしました、第一妃様」
「いや、気にしていない。そなたの名は?」
黒い衣の女が、セオラへ向き直る。その眼力に、セオラは僅かに気圧された。
「あたしは第四妃の、オドンチメグといいます」
(オドンチメグ……)
確かジャンブールからの情報では、元々誰かの妻であったのを先王がかどわかし、強引に妃にした人物であった。しかも、生木を割くような思いをさせておきながら、以降は完全に放置していたとのことだ。
ならば、先王に殺意を抱いていても不思議ではない。セオラは、オドンチメグの黒い瞳を覗き込む。鋭い眼光の奥に、昏い感情が潜んでいるように見えた。
(……先入観は良くない)
頭に纏いついた靄を軽く払い、セオラは最後に残った一人に目を向ける。
「そなたは?」
「あ、はい……」
痩せて色素の薄い髪を持つ妃は、怯えるように視線を逸らし、手をもじもじと揉んでいる。
「だ、第三妃の、い、イントールと申します。ど、どうぞよろしくお願いいたします」
「イントールだな、よろしく頼む」
地味な顔立ちの妃であった。白い衣が細い体を一層はかなげに見せている。
(同盟国の族長の血筋から、サンサルロの妃として迎えられた女だったな)
立場は悪くなかったであろうに、イントールは自信なげにおどおどと身を縮め、一度たりともセオラと視線を合わせない。元よりそう言う性分なのだろう。
(イントール、この者は確か……)
ジャンブールから教えられたことを思い出す。
(まじないが好きな者か)
隊商が来るたびに、使い方も分からぬ各地のまじない道具を買い集めるのだとか。先王がイントールの天幕を訪れたのは一度きり。故に寵を取り戻すべく、そう言った怪しげなものに依存するのだろうと、周りは見ていた。
(愛しさ余って憎さ百倍……)
ジャンブールが彼女を疑っているのは、その点であった。
(こんな臆病そうな者に、暗殺などと大それた真似をするものだろうか?)
そうは思ったが、セオラは一度その考えを頭から排除した。
「改めて、第一妃セオラだ」
セオラは茶の入った杯を手に取る。
「共にジャンブール殿を支える妃として、力を合わせていこう」
妃たちはそれぞれの杯を手に取り、中身を飲み干す。そこへ侍女たちが、みずみずしい果物を運んで来た。宝石のような輝きに、妃たちの瞳が輝く。だが、目を見開いたのはセオラも同様であった。
(これは、ジャンブールが?)
サンサルロへ連れて来たばかりのセオラに、このように貴重なものが用意出来ようはずがない。セオラの推測通り、これらはジャンブールがセオラの第一妃としての威厳を演出するため、侍女らに持たせたものだった。
セオラは他の妃たちに内心を悟らせぬよう、生まれて初めて口にするみずみずしい果物を堪能した。



