「セオラ姫様、朝食をお持ちしました」
一夜明け、外からの声に目を覚ましたセオラは、暖簾を開く。セオラの天幕の暖簾は、セオラの纏う服同様鮮やかな空色をしていた。
外にはゴラウンから連れて来られた虜囚たちが揃っていた。
「お前たち、無事だったのだな」
ざっと見たところ、痛めつけられた様子はない。ジャンブールが約束してくれた通り、鞭を以て急かされたりしなかったのだろう。
「良かった」
しみじみと言ったセオラの前に、ばあやのホランが進み出る。
「セオラ姫様、いえ、セオラ妃様。我ら一同、セオラ様をお世話する役目を仰せつかりました」
「なんだと?」
ゴラウンの虜囚は、三十人を超えている。
「母ですら、侍従は十人もいなかったぞ」
「僕の第一妃の侍従だからねぇ」
明るい声とともに登場したのは、ジャンブールだった。
虜囚たちの表情がぱっと明るくなる。競うようにジャンブールの名を呼び、称え始めた。
「いつの間に、私の民を手なずけた」
「人聞きが悪いなぁ」
ジャンブールはへらへらと笑っている。
「彼らにサンサルロでどう働きたいか聞いたら、皆、セオラの側に侍りたいって言うからさ。じゃあ、そうしようかって言っただけだよ」
なんとも軽い返事である。
「しかし、私一人のためにこれだけの侍従というのは多すぎやしないか?」
「多すぎなものか。君は、サンサルロの王子である僕の第一妃だよ? もっといてもいいくらいさ」
事も無げに言ってのけるジャンブールに、セオラの胸にぬくもりが生じる。
「……もしや、私を気遣ってくれたのか」
「ん?」
傷病者や老人ばかりの虜囚たちにとって、サンサルロの奴隷としての生活は、かなりの困難がつきまとうであろう。故にジャンブールはセオラの管轄下に置くことで、彼らに安定した環境を与え、セオラ自身をも安心させようとしたのではないか。セオラはそう受け止めた。
こうなるとセオラを第一妃にしたのは、この意図もあったのではとまで考えてしまう。
「あ、ありが……」
礼を言おうとしたセオラへ、ジャンブールがぐいっと顔を近づけて来た。
「な、なんだ?」
狼狽えるセオラに向けて、ジャンブールはにまっと目を細めた。
「もしかして、僕のこと好きになってくれた?」
「は?」
セオラの耳元へ寄せたジャンブールの唇から、とろける蜜のような声がこぼれる。
「ねぇ、セオラ。やっぱり第一妃の件、期間限定ってのは考え直してさ、正式に僕の……」
「離れろ!」
耳に甘い痺れを感じながら、セオラはジャンブールの胸を押し自分から遠ざける。
「お前とは、形だけの夫婦だ。そう言う取り決めだっただろう!」
「え~? 考えが変わったりは……」
「してない」
「してないかぁ」
気を悪くした風もなく、ジャンブールは笑いながら自分の乗って来た黒い馬の所へと戻っていく。昨日、自分も彼の広い胸に包まれるようにしてあの馬に乗ったことを思い出し、セオラはなんだかむず痒い感覚に襲われた。
「あ、セオラ」
「なんだ!」
「今日は、先王の寵姫だった者たちを、僕の天幕群へ迎え入れる」
ジャンブールの言葉に、セオラの頭の奥がスッと冷えた。
先王の寵姫を迎え入れる、つまりジャンブールの妻が自分だけではなくなるということだ。
「そう、か」
「明日の昼には、君の元へ挨拶に行かせるからさ」
言ってジャンブールはゴラウンの虜囚たちを見た、
「第一妃の侍従として、彼女らをしっかりもてなしてやってくれ。頼んだぞ」
「「「はいっ!」」」
元気よく答える一行に人懐こい微笑みを返し、ジャンブールは蹄の音高らかにその場を後にした。
「まぁ、セオラ様」
ホランがセオラの前に進み出る。
「良き殿方と巡り合えましたのね」
「何がだ」
すげなく言って、ぎょっとなる。ホランの双眸は涙で潤んでいた。
「どうした、ばあや」
「いえ……」
ホランは指先で涙をぬぐう。
「本当に、お優しい方に嫁がれたのだと、ばあやは嬉しくて……」
「……」
ホランは、セオラが父親をはじめ、家族から冷遇されて育ったのをずっと見て来た。だからこそ、セオラに好意を示す男が現れ、それが大国の王子であることが心底嬉しいのだ。
「……形だけの夫婦だと言っただろう」
「ふふ、そのうちお気持ちが変わるかもしれませんよ」
「変わらん」
セオラは二人の間の取り決めを思い出す。
愛情があるかのように振舞っているが、ジャンブールにとってセオラは色々と便利な存在に過ぎない。
(ただ、それだけだ)
セオラはその事実を今一度噛みしめた。
セオラは、改めて侍従となった者たちを振り返る。
「先ほどジャンブールから話があったように、明日の午後は他の妃たちが挨拶に来る。すぐにもてなしの準備に入ってくれ。体調の悪い者は遠慮なく、自身の天幕に戻り休め」
一夜明け、外からの声に目を覚ましたセオラは、暖簾を開く。セオラの天幕の暖簾は、セオラの纏う服同様鮮やかな空色をしていた。
外にはゴラウンから連れて来られた虜囚たちが揃っていた。
「お前たち、無事だったのだな」
ざっと見たところ、痛めつけられた様子はない。ジャンブールが約束してくれた通り、鞭を以て急かされたりしなかったのだろう。
「良かった」
しみじみと言ったセオラの前に、ばあやのホランが進み出る。
「セオラ姫様、いえ、セオラ妃様。我ら一同、セオラ様をお世話する役目を仰せつかりました」
「なんだと?」
ゴラウンの虜囚は、三十人を超えている。
「母ですら、侍従は十人もいなかったぞ」
「僕の第一妃の侍従だからねぇ」
明るい声とともに登場したのは、ジャンブールだった。
虜囚たちの表情がぱっと明るくなる。競うようにジャンブールの名を呼び、称え始めた。
「いつの間に、私の民を手なずけた」
「人聞きが悪いなぁ」
ジャンブールはへらへらと笑っている。
「彼らにサンサルロでどう働きたいか聞いたら、皆、セオラの側に侍りたいって言うからさ。じゃあ、そうしようかって言っただけだよ」
なんとも軽い返事である。
「しかし、私一人のためにこれだけの侍従というのは多すぎやしないか?」
「多すぎなものか。君は、サンサルロの王子である僕の第一妃だよ? もっといてもいいくらいさ」
事も無げに言ってのけるジャンブールに、セオラの胸にぬくもりが生じる。
「……もしや、私を気遣ってくれたのか」
「ん?」
傷病者や老人ばかりの虜囚たちにとって、サンサルロの奴隷としての生活は、かなりの困難がつきまとうであろう。故にジャンブールはセオラの管轄下に置くことで、彼らに安定した環境を与え、セオラ自身をも安心させようとしたのではないか。セオラはそう受け止めた。
こうなるとセオラを第一妃にしたのは、この意図もあったのではとまで考えてしまう。
「あ、ありが……」
礼を言おうとしたセオラへ、ジャンブールがぐいっと顔を近づけて来た。
「な、なんだ?」
狼狽えるセオラに向けて、ジャンブールはにまっと目を細めた。
「もしかして、僕のこと好きになってくれた?」
「は?」
セオラの耳元へ寄せたジャンブールの唇から、とろける蜜のような声がこぼれる。
「ねぇ、セオラ。やっぱり第一妃の件、期間限定ってのは考え直してさ、正式に僕の……」
「離れろ!」
耳に甘い痺れを感じながら、セオラはジャンブールの胸を押し自分から遠ざける。
「お前とは、形だけの夫婦だ。そう言う取り決めだっただろう!」
「え~? 考えが変わったりは……」
「してない」
「してないかぁ」
気を悪くした風もなく、ジャンブールは笑いながら自分の乗って来た黒い馬の所へと戻っていく。昨日、自分も彼の広い胸に包まれるようにしてあの馬に乗ったことを思い出し、セオラはなんだかむず痒い感覚に襲われた。
「あ、セオラ」
「なんだ!」
「今日は、先王の寵姫だった者たちを、僕の天幕群へ迎え入れる」
ジャンブールの言葉に、セオラの頭の奥がスッと冷えた。
先王の寵姫を迎え入れる、つまりジャンブールの妻が自分だけではなくなるということだ。
「そう、か」
「明日の昼には、君の元へ挨拶に行かせるからさ」
言ってジャンブールはゴラウンの虜囚たちを見た、
「第一妃の侍従として、彼女らをしっかりもてなしてやってくれ。頼んだぞ」
「「「はいっ!」」」
元気よく答える一行に人懐こい微笑みを返し、ジャンブールは蹄の音高らかにその場を後にした。
「まぁ、セオラ様」
ホランがセオラの前に進み出る。
「良き殿方と巡り合えましたのね」
「何がだ」
すげなく言って、ぎょっとなる。ホランの双眸は涙で潤んでいた。
「どうした、ばあや」
「いえ……」
ホランは指先で涙をぬぐう。
「本当に、お優しい方に嫁がれたのだと、ばあやは嬉しくて……」
「……」
ホランは、セオラが父親をはじめ、家族から冷遇されて育ったのをずっと見て来た。だからこそ、セオラに好意を示す男が現れ、それが大国の王子であることが心底嬉しいのだ。
「……形だけの夫婦だと言っただろう」
「ふふ、そのうちお気持ちが変わるかもしれませんよ」
「変わらん」
セオラは二人の間の取り決めを思い出す。
愛情があるかのように振舞っているが、ジャンブールにとってセオラは色々と便利な存在に過ぎない。
(ただ、それだけだ)
セオラはその事実を今一度噛みしめた。
セオラは、改めて侍従となった者たちを振り返る。
「先ほどジャンブールから話があったように、明日の午後は他の妃たちが挨拶に来る。すぐにもてなしの準備に入ってくれ。体調の悪い者は遠慮なく、自身の天幕に戻り休め」



