ガンゾリグの即位式に向けて、サンサルロの領内は一気に忙しさを増した。
そのため、ジャンブールも別の場所で寝起きをすることが多くなり、セオラの天幕を訪れることがごっそりと減ってしまった。
(ジャンブール……)
寝床にごろりと横たわり、セオラは天窓を見上げる。
(毒殺犯は見つけ出すことが出来た。次期王の問題も片付いた……)
セオラは気付かざるを得なかった。ここに連れて来られた時に言い渡された役目が、全て終わってしまっていることに。
(私は、どうすればいいのだろう)
事が片付いても、侍従たちの扱いを今まで通りにしてもらえるか、まだ話し合っていない。話し合いたくとも、今はジャンブールが多忙を極めており、時間が取れない。
(全てが終わっても、私に第一妃でいてほしいと、ジャンブールは言っていたが)
今も気持ちが変わっていないか、セオラには確信が持てない。問題が片付いたことで、ジャンブールの中でのセオラの必要性が下がった可能性もあった。
(すっかり機を逃してしまった)
これまで幾度も、ジャンブールからはまっすぐに好意を伝えられていた。あの時、一度でも頷き手を取っていれば、今こうして悶々とすることもなかったのだろう。
(……私もジャンブールが好きだ)
今になってはっきりとわかる。彼の明るさも、賢さも、強さも。行動力もおおらかさも何もかも、セオラにとって失い難いものとなっていた。
(私から告白するか?)
そんなことを思い、胸が締め付けられる。
自分からの好意を伝えることに対する緊張と、全てが終わった今、ジャンブールの気持ちが冷めているかもしれないという恐怖があった。
(私が言ったのだ、彼に。第一妃でいるのは問題が解決するまでだと。ジャンブールはいいやつだ。私がそれを望むなら、約束は守ってくれるだろう。ひょっとすると、ジャンブールの中ではもう、私を第一妃から解放しているのかもしれない)
何故話し合える時に素直な気持ちを伝えておかなかったのかと、枕の下へ頭を潜り込ませ、セオラが奇妙な唸り声をあげていた時だった。
「セオラ妃様」
ホランの切羽詰まった声が飛んで来た。
セオラは枕の下へ突っ込んでいた頭を出し、乱れた髪を急いで治す。
「どうした、ばあや」
「あの、あの……」
何やら要領の得ない様子に、セオラは寝床から降りると出口へと向かう。
「一体何が……」
空色の暖簾を開いた瞬間、セオラはぎょっとなった。
日直番が立ち並んでいる。
そして彼らに捕らえられるように中央に立っているのは。
「チヌア!?」
「セオラ姉さん……」
そこにはあちこちに傷を負った実の弟、チヌアの姿があった。
セオラは日直番の一人に状況の説明を求める。
「はっ。どうしてもセオラ妃様に話がしたいと、強引に国境を突破しようとしたので、捕らえて参りました」
「お前たちがチヌアをこんなにしたのか」
「いえ。サンサルロへ入って来た時には、既にこの状態でした」
セオラは彼らに頷き、チヌアに視線を戻す。
「なぜそんなにボロボロなんだ? ゴラウンで何があった」
チヌアは悔し気にぐっと歯を食いしばり、泣くのをこらえて声を絞り出した。
「アルトゥザムに、母上とニルツェツェグが攫われた」
「なんだと!?」
懸命に感情を押さえる少年の頬を、耐えられなかった涙が一筋流れた。
「俺は二人を取り戻したい。だけど……、強国アルトゥザムに対抗できる力はゴラウンにはない。だから、セオラ姉さんお願いだ」
ゴラウンの炉の主、チヌアはその場に手をつき頭を下げた。
「サンサルロの力を貸してくれ……!」
そのため、ジャンブールも別の場所で寝起きをすることが多くなり、セオラの天幕を訪れることがごっそりと減ってしまった。
(ジャンブール……)
寝床にごろりと横たわり、セオラは天窓を見上げる。
(毒殺犯は見つけ出すことが出来た。次期王の問題も片付いた……)
セオラは気付かざるを得なかった。ここに連れて来られた時に言い渡された役目が、全て終わってしまっていることに。
(私は、どうすればいいのだろう)
事が片付いても、侍従たちの扱いを今まで通りにしてもらえるか、まだ話し合っていない。話し合いたくとも、今はジャンブールが多忙を極めており、時間が取れない。
(全てが終わっても、私に第一妃でいてほしいと、ジャンブールは言っていたが)
今も気持ちが変わっていないか、セオラには確信が持てない。問題が片付いたことで、ジャンブールの中でのセオラの必要性が下がった可能性もあった。
(すっかり機を逃してしまった)
これまで幾度も、ジャンブールからはまっすぐに好意を伝えられていた。あの時、一度でも頷き手を取っていれば、今こうして悶々とすることもなかったのだろう。
(……私もジャンブールが好きだ)
今になってはっきりとわかる。彼の明るさも、賢さも、強さも。行動力もおおらかさも何もかも、セオラにとって失い難いものとなっていた。
(私から告白するか?)
そんなことを思い、胸が締め付けられる。
自分からの好意を伝えることに対する緊張と、全てが終わった今、ジャンブールの気持ちが冷めているかもしれないという恐怖があった。
(私が言ったのだ、彼に。第一妃でいるのは問題が解決するまでだと。ジャンブールはいいやつだ。私がそれを望むなら、約束は守ってくれるだろう。ひょっとすると、ジャンブールの中ではもう、私を第一妃から解放しているのかもしれない)
何故話し合える時に素直な気持ちを伝えておかなかったのかと、枕の下へ頭を潜り込ませ、セオラが奇妙な唸り声をあげていた時だった。
「セオラ妃様」
ホランの切羽詰まった声が飛んで来た。
セオラは枕の下へ突っ込んでいた頭を出し、乱れた髪を急いで治す。
「どうした、ばあや」
「あの、あの……」
何やら要領の得ない様子に、セオラは寝床から降りると出口へと向かう。
「一体何が……」
空色の暖簾を開いた瞬間、セオラはぎょっとなった。
日直番が立ち並んでいる。
そして彼らに捕らえられるように中央に立っているのは。
「チヌア!?」
「セオラ姉さん……」
そこにはあちこちに傷を負った実の弟、チヌアの姿があった。
セオラは日直番の一人に状況の説明を求める。
「はっ。どうしてもセオラ妃様に話がしたいと、強引に国境を突破しようとしたので、捕らえて参りました」
「お前たちがチヌアをこんなにしたのか」
「いえ。サンサルロへ入って来た時には、既にこの状態でした」
セオラは彼らに頷き、チヌアに視線を戻す。
「なぜそんなにボロボロなんだ? ゴラウンで何があった」
チヌアは悔し気にぐっと歯を食いしばり、泣くのをこらえて声を絞り出した。
「アルトゥザムに、母上とニルツェツェグが攫われた」
「なんだと!?」
懸命に感情を押さえる少年の頬を、耐えられなかった涙が一筋流れた。
「俺は二人を取り戻したい。だけど……、強国アルトゥザムに対抗できる力はゴラウンにはない。だから、セオラ姉さんお願いだ」
ゴラウンの炉の主、チヌアはその場に手をつき頭を下げた。
「サンサルロの力を貸してくれ……!」



