狼狽えるナツァグを一顧だにせず、ナランゴアはジャンブールへ射抜くような視線を送る。
「へぇ、そんな顔もしちゃうんだ」
不敵に笑ったジャンブールだが、ナランゴアは表情を変えない。
「付き合いもそれなりの仲だ。ナランゴア、庇ってやりたい気持ちもないではないが」
ジャンブールもまた、鋭い眼光を宿した眼差しをナランゴアへ寄こす。
そこへ困惑顔のガンゾリグが入って来た。
「えっと、ジャンブール兄貴? オレには何が起きているのか、この状況がどういうことなのか、さっぱりわからないんだが」
「そうだよな。んじゃ、さらっと説明しよっか」
ジャンブールは背後の商人を振り返る。
「まず君だ。君が妃へ売り付けたこれだが」
ジャンブールは絵巻物と薬包を見せる。
「毒性のあるものだと知っていたかい?」
商人はぎょっとした顔つきで首を横に振る。
「そんな話は聞いたことがございません。ただ……」
「ただ?」
「ウランスールイモリの粉は精力剤ではございますが、効き目が強いのか立て続けに使うと具合を悪くされる方がおられまして。ですが不思議なことに、側に絵を飾っておけば不調が防げることに気付いた者がいたのです。以降、職人に閨に相応しい絵を描かせ、ウランスールイモリの粉を使う時は魔除けとしてその絵を飾るよう伝えるようにいたしました。そうすれば絵のお守り効果で具合を悪くすることなく、精力剤としての効果だけが発揮されますので」
「ということなんだよ」
「……いや、だから何なんだよ」
首をひねるガンゾリグに、セオラが説明を継ぐ。
「ウランスールイモリの粉が強壮剤として真っ当な効果を発揮するには、二つが揃わねばならないということだ。つまりこの黒い粉と、絵の二つ。イントールはその説明を受け、両方とも購入した。ところが先王は、絵を嫌がったんだ」
「絵を嫌がった? なんで?」
「それは……」
セオラが言いよどむ。セオラの恥じらうさまを微笑ましく思いながら、ジャンブールが助け舟を出した。
「絵の内容が、男女の仲良くしてる絵だったからだよ、深ぁい意味で。もー、ガンゾリグってば、女の子にそんなこと聞いちゃだめだぞ」
「えっ? あっ、そう言う。ご、ごめん、セオラ義姉」
「いや、いい」
顔の前で大きく手を振ってから、セオラは一つ咳払いをする。
「妃側がそういう準備をしたことが、先王の不興を買ったそうだ。先王は強壮剤だけを奪い、イントールのもとを去った。イントールとしても、絵のことはまじないの一種としか思っていなかったから、それを使うには絵が必須だと先王に強く言えなかった」
「そして、毒性を打ち消す絵がないままに、他の妃の所で件の粉を使い続けた先王は……、というわけさ」
穏やかだが、説得力のあるジャンブールの声。
「兄さんが今その状態なのも、同じ理由だよ」
天幕の中が静まり返った。
「商人さん……」
イントールのか細い声に、セオラは振り返る。
「『ナランゴア妃が使っている』と言って売りつけるよう言われた相手は、私だけですか? それともほかの妃にも?」
「いえ、あなた様だけでございます。はっきりとあなた様を指差しておっしゃいました」
「ナランゴア様……」
声を震わせながら、イントールはナランゴアへ問いかけた。
「なぜ、私にこれを買わせようとしたの……?」
げっそりとやせ細り、青い顔をしているイントールへ、ナランゴアはあでやかに微笑んだ。
「あなたが、目障りだったからよ。王殺しの犯人になってもらって、消えてもらおうと思ったの」
「どう、して……」
イントールの双眸に涙が膨れ上がる。
「わ、私はあなたのように先王から愛されていなかった。力もないし、あなたを脅かすような存在じゃないはず。容姿だって、あなたに遠く及ばない。なのに、なぜ……」
「そのぱっとしない容姿で、王の妃の一人に選ばれたからだわ!」
キン、とナランゴアの声が響いた。ナランゴアは、これまでの品のある振る舞いをかなぐり捨て、毒々しい顔つきになっていた。完全に開き直った態度だった。
「どうして……」
ナランゴアは鋭い目つきでイントールを睨む。
「あんたみたいな冴えない子が王の妃で、吾の妹が辺境に赴く家臣に下げ渡されるなんて納得できるわけがないでしょう?」
「妹……? ナランゴア、妹がいるのか?」
セオラの問いに、ナランゴアはふんと鼻を鳴らした。
「吾はね、タス族の族長の娘だったの。でもある日、ここサンサルロの兵に襲撃されてね。国はあえなく滅んだわ。その時、吾と妹のサラントヤは捕虜としてここへ連れて来られたの」
真珠のような歯が、きりっと唇を噛みしめる。
「先王ノランバートルは、吾を一目で気に入ったようでね。すぐに妃として迎えられたわ。その時に、吾はお願いしたのよ。どうか妹も一緒にって。だけど……」
青白い血管の浮かんだ細い手が、ぎりっと固く握りしめられる。
「ノランバートルは笑いながら、吾の大切な妹を家臣へ下げ渡したわ。しかも辺境の土地へ行く奴に。奴隷にでもするがいいって!」
(奴隷!?)
「へぇ、そんな顔もしちゃうんだ」
不敵に笑ったジャンブールだが、ナランゴアは表情を変えない。
「付き合いもそれなりの仲だ。ナランゴア、庇ってやりたい気持ちもないではないが」
ジャンブールもまた、鋭い眼光を宿した眼差しをナランゴアへ寄こす。
そこへ困惑顔のガンゾリグが入って来た。
「えっと、ジャンブール兄貴? オレには何が起きているのか、この状況がどういうことなのか、さっぱりわからないんだが」
「そうだよな。んじゃ、さらっと説明しよっか」
ジャンブールは背後の商人を振り返る。
「まず君だ。君が妃へ売り付けたこれだが」
ジャンブールは絵巻物と薬包を見せる。
「毒性のあるものだと知っていたかい?」
商人はぎょっとした顔つきで首を横に振る。
「そんな話は聞いたことがございません。ただ……」
「ただ?」
「ウランスールイモリの粉は精力剤ではございますが、効き目が強いのか立て続けに使うと具合を悪くされる方がおられまして。ですが不思議なことに、側に絵を飾っておけば不調が防げることに気付いた者がいたのです。以降、職人に閨に相応しい絵を描かせ、ウランスールイモリの粉を使う時は魔除けとしてその絵を飾るよう伝えるようにいたしました。そうすれば絵のお守り効果で具合を悪くすることなく、精力剤としての効果だけが発揮されますので」
「ということなんだよ」
「……いや、だから何なんだよ」
首をひねるガンゾリグに、セオラが説明を継ぐ。
「ウランスールイモリの粉が強壮剤として真っ当な効果を発揮するには、二つが揃わねばならないということだ。つまりこの黒い粉と、絵の二つ。イントールはその説明を受け、両方とも購入した。ところが先王は、絵を嫌がったんだ」
「絵を嫌がった? なんで?」
「それは……」
セオラが言いよどむ。セオラの恥じらうさまを微笑ましく思いながら、ジャンブールが助け舟を出した。
「絵の内容が、男女の仲良くしてる絵だったからだよ、深ぁい意味で。もー、ガンゾリグってば、女の子にそんなこと聞いちゃだめだぞ」
「えっ? あっ、そう言う。ご、ごめん、セオラ義姉」
「いや、いい」
顔の前で大きく手を振ってから、セオラは一つ咳払いをする。
「妃側がそういう準備をしたことが、先王の不興を買ったそうだ。先王は強壮剤だけを奪い、イントールのもとを去った。イントールとしても、絵のことはまじないの一種としか思っていなかったから、それを使うには絵が必須だと先王に強く言えなかった」
「そして、毒性を打ち消す絵がないままに、他の妃の所で件の粉を使い続けた先王は……、というわけさ」
穏やかだが、説得力のあるジャンブールの声。
「兄さんが今その状態なのも、同じ理由だよ」
天幕の中が静まり返った。
「商人さん……」
イントールのか細い声に、セオラは振り返る。
「『ナランゴア妃が使っている』と言って売りつけるよう言われた相手は、私だけですか? それともほかの妃にも?」
「いえ、あなた様だけでございます。はっきりとあなた様を指差しておっしゃいました」
「ナランゴア様……」
声を震わせながら、イントールはナランゴアへ問いかけた。
「なぜ、私にこれを買わせようとしたの……?」
げっそりとやせ細り、青い顔をしているイントールへ、ナランゴアはあでやかに微笑んだ。
「あなたが、目障りだったからよ。王殺しの犯人になってもらって、消えてもらおうと思ったの」
「どう、して……」
イントールの双眸に涙が膨れ上がる。
「わ、私はあなたのように先王から愛されていなかった。力もないし、あなたを脅かすような存在じゃないはず。容姿だって、あなたに遠く及ばない。なのに、なぜ……」
「そのぱっとしない容姿で、王の妃の一人に選ばれたからだわ!」
キン、とナランゴアの声が響いた。ナランゴアは、これまでの品のある振る舞いをかなぐり捨て、毒々しい顔つきになっていた。完全に開き直った態度だった。
「どうして……」
ナランゴアは鋭い目つきでイントールを睨む。
「あんたみたいな冴えない子が王の妃で、吾の妹が辺境に赴く家臣に下げ渡されるなんて納得できるわけがないでしょう?」
「妹……? ナランゴア、妹がいるのか?」
セオラの問いに、ナランゴアはふんと鼻を鳴らした。
「吾はね、タス族の族長の娘だったの。でもある日、ここサンサルロの兵に襲撃されてね。国はあえなく滅んだわ。その時、吾と妹のサラントヤは捕虜としてここへ連れて来られたの」
真珠のような歯が、きりっと唇を噛みしめる。
「先王ノランバートルは、吾を一目で気に入ったようでね。すぐに妃として迎えられたわ。その時に、吾はお願いしたのよ。どうか妹も一緒にって。だけど……」
青白い血管の浮かんだ細い手が、ぎりっと固く握りしめられる。
「ノランバートルは笑いながら、吾の大切な妹を家臣へ下げ渡したわ。しかも辺境の土地へ行く奴に。奴隷にでもするがいいって!」
(奴隷!?)



