第四妃の言う通り、古文書には材料の名前と特徴が羅列されていた。そしてそれらは、オドンチメグが買い集めていた石と一致した。
「確かに、ここにはそう書かれているが……」
 ジャンブールは眉根に皺を寄せる。
「これはもう三百年以上も昔に書かれたものだ。当時は薬と思われていたのだろうが、今では毒性があると分かっている石だよ」
「なんてこった」
 オドンチメグが額を押さえて崩れ落ちる。
「あたしはただ、若さを保ちたいだけだったのに……」
「オドンチメグ」
 セオラはオドンチメグの側に膝をつき、視線を合わせる。
「なぜ、丹薬を作ろうと?」
「……セオラの体調をあたしの薬で治してやれば、イントールを解放してもらえるかもしれない、そんな期待をしたのさ」
「そうか。だけどこれらの石を買い集めたのは、私がサンサルロに来る前からだっただろう? 丹薬を作ろうと考えた、そもそものきっかけはなんだ?」
「……」
 オドンチメグは寂しそうに笑った。
「愛するあの人に……、ヘルヘー(ウルス)で嫁いだ夫に会える日が訪れた時のために、若さを保っておきたかったんだよ。そのために、不老不死の薬が必要だった」
「オドンチメグ……」
「なのに、あたしが懸命に作ってたのが毒だったなんてね。それにどうせ、これが本当に不老不死の薬だったとしても、あの人にもう一度会える日なんて来やしない……」
 声を震わせるオドンチメグの前に、ジャンブールが立った。
「オドンチメグ、君には気の毒なことをしたね。父が君を攫って来たばかりに、悲しい思いをさせてしまった。父に代わって謝るよ。……ごめん」
「ジャンブール様」
 睫毛に露を含ませ、オドンチメグはジャンブールを見上げる。そして悲し気に微笑んだ。
「いいえ、ジャンブール様に謝っていただく必要はありません。草原の民にとって、女が攫われるのは珍しくもないこと。ましてや、あたしを攫ったのはジャンブール様ではありませんから」
「今更ではあるけど、君をヘルヘー族の元へ返すことを考えよう」
 ジャンブールの言葉に、オドンチメグが息を飲む。
「ただ君の大切な人が、今の君を受け入れない可能性はある。その時は僕が責任をもって、君を妃の一人としてサンサルロへ迎えるから、心配しなくていいよ」
 オドンチメグの双眸から、涙がこぼれ落ちた。



「オドンチメグは、丹薬を作るつもりであれらの鉱石を集めていた。毒物を所持していたのは確かだが、先王に飲ませる気はさらさらなかっただろう。なにせ不老不死の薬だと信じ切っていたのだからな」
セオラと並んで馬を操りながら、ジャンブールは頷く。彼の漆黒の馬には、ちゃぷちゃぷと音を立てる皮袋がぶら下がっていた。
「消したいほど憎い相手に飲ませるものじゃないよね、不老不死の薬なんて」
「しかも、石を砕いて調合し始めたのは、私が倒れてからのようだ。先王殺しの容疑者から外しても良いのではないか?」
「……そうだね」
 とはいえ、オドンチメグの手元にあったのは劇薬である。ジャンブールはすぐさま医者を手配し、オドンチメグを診させた。と同時に、毒性のある鉱石の類は全て没収させた。
 幸いにもオドンチメグの中毒症状はごく軽いものであり、数日薬を飲めば治るものだった。



「さてと」
 ジャンブールとセオラはそれぞれの馬を柵に繋ぎ、白地に金糸の刺繍が施された天幕へと足を向ける。二人に気付いた日直番(トルカウト)たちは、ぴんと姿勢を正した。
「やー、ちょっと入らせてもらうね」
「はっ、どうぞお通りください」
 笑顔でひらひらと手を振るジャンブールに対し、見張りは慇懃な態度で道を開けあっさりと通す。セオラが一人で訪れた時とは、雲泥の差だった。それを少し不満に思いつつも、セオラはこの国におけるジャンブールの存在感を改めて理解した。



「イントール、入るよ」
 白い暖簾(ハーラガ)を開きジャンブールとセオラは、天幕へと足を踏み入れた。
「ぁ……」
(イントール……!)
 目にしたのは、やつれ果てたイントールの姿だった。元々儚い印象だった彼女が、一層生気をなくしてしまっている。すっかり顔色も失った彼女は、泣き疲れた目だけが赤く、まるで幽鬼のようであった。
「わ、私の……」
 カタカタと体を震わせながら、イントールは痩せた手で我が身を庇うように抱きしめた。
「……処刑が決まったのですか?」
(イントール……)
 セオラは天幕の中をぐるりと見回す。以前見たのと同じように、まじないの道具が吊るされている。いくつかはベッドの枕元へ並べられていた。寝ている間も魔除けに祈り続けていたのだろうか。
「わ、私はただ、セオラ姉さまをお助けしたくて……、あれは元気の出るお薬だと思っていたから、殺そうなんて……、絶対に……」
「イントール」
 セオラはイントールに近づくと、そっと細い肩を抱いた。白い頬は繰り返し涙に洗われ、カサカサに荒れてしまっていた。
「落ち着いてくれ。そなたを責めるために来たんじゃない。今日は、話を聞かせてほしくて来たんだ」
「はな、し……?」
「あぁ、その……」
 セオラは一瞬言いよどむ。
「イントールには少し恥ずかしい思いをさせると思う」
「え……」
「けれど、そなたを助けるためだ、私を信じてくれ」
「セオラ姉さま……」
 枯れ果てたかのようなイントールから、涙がこぼれ落ちる。イントールはセオラにしがみつくと、声を殺して泣いた。
 ジャンブールが話を進めたげに、イントールに何か言おうと口を開きかける。しかしそれを、セオラの鋭い視線が止めた。ジャンブールは仕方なく、イントールが落ち着くまで待つことにした。