セオラは咄嗟に反転し襲撃に備えて身構える。
「ど、どうしたんだよ、セオラ。そんなピリピリして」
そこには目を丸くしたジャンブールが立っていた。
「ジャンブール、なぜ……」
「や、君が血相を変えて馬を走らせていたと報告があったからね。何事かと思って戻って来たんだ」
「……そうか」
「で、何があったんだい?」
セオラは何と説明しようか逡巡する。やがて一つ頷くと、ジャンブールを見た。
「私の、先日倒れた理由が分かったかもしれない」
セオラがジャンブールを伴い、オドンチメグの天幕へ戻ると、オドンチメグは驚いたように目を見開いた。
「ジャンブール様……。急にどうなすったんです?」
「悪いね、オドンチメグ。ちょっと調べさせてもらいたくてさ」
「調べたいもの? どうぞ……」
困惑しながらも、オドンチメグは二人を招き入れる。そしてセオラの手にした、分厚い所へ目をやり、首を傾げた。
「……なんなんだい?」
「これで、あなたが扱っていた石を調べるんだ」
「石を?」
セオラとジャンブールは揃って口を布で覆い、沙棘色の石を見た。セオラは石の色と形を確認し、図鑑の頁をめくる。
「この石だ」
「うん、間違いないね」
二人が頷きあう様子を、オドンチメグは不安そうに見つめる。
「その石が、どうかしたってのかい?」
「ごめん、オドンチメグ。説明は全部終わってからにさせてくれ」
「わかったよ、セオラ」
二人は容器の中の石を、一つ一つ書物と照らし合わせる。やがて、見交わすとオドンチメグを振り返った。
「オドンチメグ」
「は、はい、ジャンブール様」
「これらは全て、毒だよ」
オドンチメグが息を飲む。
「毒? 薬の間違いでは?」
「いや、毒物なんだよ」
セオラが図鑑を開き、頁を開きながらオドンチメグの様子を観察した。
(困惑はしているが、追いつめられた顔つきじゃない。罪人が罪を暴かれた時のものではない)
セオラはオドンチメグにも口元を布で覆うように伝え、沙棘色の石の入った器を図鑑の側に置いた。
「見てくれ、オドンチメグ。これは石黄という石だ。同じものだろう?」
「あ、あぁ。そうだね」
「ここを読んでくれ」
セオラは説明文を指し示す。オドンチメグは文字を目で辿っていたが、やがて『毒』という文字を見つけ眉間に皺を寄せた。
「……そんな!」
ジャンブールが、他の鉱石も運んでくる。オドンチメグは一つ一つ図録でその形と毒性を確認した。
「あたしの集めていたものが……、全て毒、だなんて」
ここに来てようやくオドンチメグは青ざめた。
「恐らく私が先日倒れた理由は、これらの粉だ」
セオラの言葉に、オドンチメグは狼狽える。
「待っとくれ! まさか、あたしがセオラに毒を盛ったとでも言うつもりかい? とんだ濡れ衣だよ! あたしがあんたにこれを見せたのは、今日が初めてじゃないか」
「わかってる、オドンチメグ。そうじゃない」
セオラはもう一度、図鑑をオドンチメグに見せる。
「これらは全て毒物だが、顔料としても使われてる石なんだ」
「顔料……、絵の具のことだね?」
「うん。オドンチメグ、さっき私の指をぬぐってくれたハンカチを見せてくれ」
「いいよ。これさね」
差し出されたハンカチを受け取ったのは、ジャンブールだった。ジャンブールは帯のすき間から布を取り出す。それはかつて、セオラが自分の首周りをぬぐったものだった。
「……なぜこんなものを保管してあったか謎なんだが」
「見慣れない粉がついた布だよ。怪しいものは念のため取っておくものだろう?」
ジャンブールは二つの布を並べる。そこに付着した粉は、そっくりな輝きを放っていた。
「これが何だって言うんだい?」
わけが分からないと言った表情のオドンチメグに、セオラは安堵した。
「イントールの天幕に行った際、落ちて来た絵巻物が頭にぶつかってな。この布は私の体に付着した顔料をぬぐい取ったものだ」
「イントールの所で……」
「あぁ。そして、こちらがオドンチメグの砕いていた毒。そっくりだろう? 恐らく、私が先日倒れたのは、イントールの持っていた絵から落ちた顔料を吸い込んでしまったからだと思う。思い切り口に入ったしな」
セオラの言葉に、オドンチメグはガックリと肩を落とす。
「じゃ、じゃあ。やっぱりセオラに毒を盛った犯人は、イントールだってのかい? あんな大人しい、気の弱い子が……。嘘だよ、信じられない……」
「違う、オドンチメグ。私はたまたま落ちてきた絵を頭に受けてしまっただけで、イントールは何もしていない。彼女が絵を所持していたのは事実かだが、私が毒物を吸い込んだのは偶然だ」
「じゃあ、イントールは……」
「あぁ、これに関してはイントールの意図したものじゃないと考えている」
オドンチメグは、ほーっと深く息をつく。
「良かった。あの子は優しい子なんだ。ちょっと奇妙なものを好むけど、悪さの出来る子じゃないんだから」
「それはそれとしてさ」
ジャンブールは、オドンチメグのすぐ側の卓へ手をつく。
「オドンチメグ、僕はなぜ君が毒物を集めていたか、その理由を知りたいね」
ジャンブールの声音は柔らかい。ただしその瞳には、相手の心の奥底まで射抜くような光が宿っていた。オドンチメグは悲し気に眉を下げると、首を横に振った。
「あ、あたしは、毒物を扱ってるつもりじゃなかった。ただ、丹薬を作りたかっただけなんです」
『丹薬』、それはオドンチメグがこれまで幾度か口にした言葉だった。
「不老不死の効果があるんだったか?」
セオラの言葉に、オドンチメグは頷く。
「そうさ。あたしに必要な物なんだ」
オドンチメグは、古びてボロボロになった巻物を取り出し開いた。
「これは隊商から手に入れた、紫旦国の古文書でね。ほら、ここに書いてあるだろ。不老不死の薬、丹薬の材料と作り方がさ」
「ど、どうしたんだよ、セオラ。そんなピリピリして」
そこには目を丸くしたジャンブールが立っていた。
「ジャンブール、なぜ……」
「や、君が血相を変えて馬を走らせていたと報告があったからね。何事かと思って戻って来たんだ」
「……そうか」
「で、何があったんだい?」
セオラは何と説明しようか逡巡する。やがて一つ頷くと、ジャンブールを見た。
「私の、先日倒れた理由が分かったかもしれない」
セオラがジャンブールを伴い、オドンチメグの天幕へ戻ると、オドンチメグは驚いたように目を見開いた。
「ジャンブール様……。急にどうなすったんです?」
「悪いね、オドンチメグ。ちょっと調べさせてもらいたくてさ」
「調べたいもの? どうぞ……」
困惑しながらも、オドンチメグは二人を招き入れる。そしてセオラの手にした、分厚い所へ目をやり、首を傾げた。
「……なんなんだい?」
「これで、あなたが扱っていた石を調べるんだ」
「石を?」
セオラとジャンブールは揃って口を布で覆い、沙棘色の石を見た。セオラは石の色と形を確認し、図鑑の頁をめくる。
「この石だ」
「うん、間違いないね」
二人が頷きあう様子を、オドンチメグは不安そうに見つめる。
「その石が、どうかしたってのかい?」
「ごめん、オドンチメグ。説明は全部終わってからにさせてくれ」
「わかったよ、セオラ」
二人は容器の中の石を、一つ一つ書物と照らし合わせる。やがて、見交わすとオドンチメグを振り返った。
「オドンチメグ」
「は、はい、ジャンブール様」
「これらは全て、毒だよ」
オドンチメグが息を飲む。
「毒? 薬の間違いでは?」
「いや、毒物なんだよ」
セオラが図鑑を開き、頁を開きながらオドンチメグの様子を観察した。
(困惑はしているが、追いつめられた顔つきじゃない。罪人が罪を暴かれた時のものではない)
セオラはオドンチメグにも口元を布で覆うように伝え、沙棘色の石の入った器を図鑑の側に置いた。
「見てくれ、オドンチメグ。これは石黄という石だ。同じものだろう?」
「あ、あぁ。そうだね」
「ここを読んでくれ」
セオラは説明文を指し示す。オドンチメグは文字を目で辿っていたが、やがて『毒』という文字を見つけ眉間に皺を寄せた。
「……そんな!」
ジャンブールが、他の鉱石も運んでくる。オドンチメグは一つ一つ図録でその形と毒性を確認した。
「あたしの集めていたものが……、全て毒、だなんて」
ここに来てようやくオドンチメグは青ざめた。
「恐らく私が先日倒れた理由は、これらの粉だ」
セオラの言葉に、オドンチメグは狼狽える。
「待っとくれ! まさか、あたしがセオラに毒を盛ったとでも言うつもりかい? とんだ濡れ衣だよ! あたしがあんたにこれを見せたのは、今日が初めてじゃないか」
「わかってる、オドンチメグ。そうじゃない」
セオラはもう一度、図鑑をオドンチメグに見せる。
「これらは全て毒物だが、顔料としても使われてる石なんだ」
「顔料……、絵の具のことだね?」
「うん。オドンチメグ、さっき私の指をぬぐってくれたハンカチを見せてくれ」
「いいよ。これさね」
差し出されたハンカチを受け取ったのは、ジャンブールだった。ジャンブールは帯のすき間から布を取り出す。それはかつて、セオラが自分の首周りをぬぐったものだった。
「……なぜこんなものを保管してあったか謎なんだが」
「見慣れない粉がついた布だよ。怪しいものは念のため取っておくものだろう?」
ジャンブールは二つの布を並べる。そこに付着した粉は、そっくりな輝きを放っていた。
「これが何だって言うんだい?」
わけが分からないと言った表情のオドンチメグに、セオラは安堵した。
「イントールの天幕に行った際、落ちて来た絵巻物が頭にぶつかってな。この布は私の体に付着した顔料をぬぐい取ったものだ」
「イントールの所で……」
「あぁ。そして、こちらがオドンチメグの砕いていた毒。そっくりだろう? 恐らく、私が先日倒れたのは、イントールの持っていた絵から落ちた顔料を吸い込んでしまったからだと思う。思い切り口に入ったしな」
セオラの言葉に、オドンチメグはガックリと肩を落とす。
「じゃ、じゃあ。やっぱりセオラに毒を盛った犯人は、イントールだってのかい? あんな大人しい、気の弱い子が……。嘘だよ、信じられない……」
「違う、オドンチメグ。私はたまたま落ちてきた絵を頭に受けてしまっただけで、イントールは何もしていない。彼女が絵を所持していたのは事実かだが、私が毒物を吸い込んだのは偶然だ」
「じゃあ、イントールは……」
「あぁ、これに関してはイントールの意図したものじゃないと考えている」
オドンチメグは、ほーっと深く息をつく。
「良かった。あの子は優しい子なんだ。ちょっと奇妙なものを好むけど、悪さの出来る子じゃないんだから」
「それはそれとしてさ」
ジャンブールは、オドンチメグのすぐ側の卓へ手をつく。
「オドンチメグ、僕はなぜ君が毒物を集めていたか、その理由を知りたいね」
ジャンブールの声音は柔らかい。ただしその瞳には、相手の心の奥底まで射抜くような光が宿っていた。オドンチメグは悲し気に眉を下げると、首を横に振った。
「あ、あたしは、毒物を扱ってるつもりじゃなかった。ただ、丹薬を作りたかっただけなんです」
『丹薬』、それはオドンチメグがこれまで幾度か口にした言葉だった。
「不老不死の効果があるんだったか?」
セオラの言葉に、オドンチメグは頷く。
「そうさ。あたしに必要な物なんだ」
オドンチメグは、古びてボロボロになった巻物を取り出し開いた。
「これは隊商から手に入れた、紫旦国の古文書でね。ほら、ここに書いてあるだろ。不老不死の薬、丹薬の材料と作り方がさ」



