献身的な看病に加え、白梅の自作飲料の効果もあったのだろう。目覚めてからセオラの復活までは医者が驚くほど早かった。
やがて歩き回れるようになったセオラは、イントールの天幕へと向かった。セオラの天幕群に一度は迎え入れられていたイントールだったが、一連の事件を受け、元いた領地の西側へと戻されていた。セオラは彼女の元へ馬を走らせた。
(白地に金の刺繍の暖簾、あれだ)
イントールの天幕はこれまでとは異なり、かなり目立つ様子となっていた。厳めしい日直番が、彼女の天幕を取り巻くように立っていたからだ。
「イントールに会わせてくれないか」
馬を繋ぎ、見張りに声をかけたセオラだったが、見張り番は重々しい様子で首を横に振った。
「なりませぬ。セオラ妃様、どうぞお引き取りください」
「頼む。イントールと直接話がしたいのだ」
「何人たりとも通さぬよう、言い使っております」
「誰からだ? ジャンブールか?」
見張りはそれ以上何も答えず、ただまっすぐ前を見て口を引き結んだ。
セオラの頭に一瞬、こいつを投げ飛ばして強行突破してやろうか、という考えが浮かぶ。しかし、彼らも任務でやっているのだと思い直し、困らせる真似はやめることにした。
「おや、出歩けるようになったんだね」
馬を繋いだ柵まで戻ってきた時、第四妃オドンチメグから声を掛けられた。彼女は輿から降りてくると、セオラの側までやって来た。
「もう、体は大丈夫かい?」
「あぁ、ありがとう。少し体がなまっているが、ほぼ元通りだ」
「そりゃよかった。それで……」
オドンチメグが、厳重に警備されているイントールの天幕へ目をやる。
「あんたも入れてもらえなかったのかい」
「あぁ、取り付く島もない。『も』ってことはオドンチメグも?」
「そ。何度来ても、門前払いさ」
オドンチメグは深々とため息をつく。
「イントールはずっと可愛い妹のように思ってきた子だからね。心配だよ」
第四妃はハッとしたように顔を上げる。
「あぁ、ごめんよ。毒を飲まされた被害者はあんたの方だってのに、イントールの方ばっか心配しちまって。決してあんたの身に起きたことを軽んじてるわけじゃないんだ」
「いや、私もイントールが私を害したとは思っていない」
「そうかい」
オドンチメグはほっとしたように口端を上げた。
「しかし、あんたでも入れてもらえないとなると厄介だね。当事者なんだから、そのくらい融通利かせてくれたっていいのにさ」
「本当にその通りだ」
二人の妃は、イントールの天幕へ視線を戻す。あの厳重な警備の目を盗んで忍び込むのはまず不可能だろう。
「ねぇ、セオラ。あんたさえよければ、あたしの天幕に寄ってくかい?」
オドンチメグの誘いに、セオラは頷いた。
「散らかってて悪いねぇ」
言いながら、オドンチメグは卓から器を棚へと持って行く。
「この前とは別のものだが、いい茶がある。今、用意させるよ」
「ありがとう、オドンチメグ」
椅子へ腰かけたセオラは、ふと卓へ目を凝らす。そこはキラキラと色鮮やかに輝いていた。何気なく人差し指でこすると、指についてきたのは虹色に輝く粉だった。
「あぁ、汚れていたかい? すまないね」
指先を見つめているセオラへ近づくと、オドンチメグはハンカチでさっとその指先をぬぐった。
(あ……!)
指先についた輝く粉から、以前自分の髪に触れたジャンブールの指が、虹色に輝いていたことを思い出す。
――顔料のようだね。絵を描くときに使う
イントールの部屋で、絵巻物を頭へ被ってしまった、あの日のことだ。
「それは、顔料か?」
「顔料? いや、丹薬の元だよ」
「たんやく?」
「不老長寿の薬さね」
そう言ってオドンチメグは、先ほど棚へ移動させた器をもう一度持ってくる。器の中には、先日隊商の天幕内で見た、沙棘色の石と、それを砕いたものが入っていた。改めて棚を見れば、いくつも器が置いてある。覗き込んでみるとそれぞれに赤や青、緑や黄、黒などの石と、それを粉にしたものが入っている。
セオラは思わず手の甲で口元を押さえる。それらの石の形に見覚えがあった。
「どうかしたのかい?」
振り返ると、オドンチメグがすぐ側に立っている。卓を見れば湯気の立つ茶が用意されていた。
「あんたも丹薬に興味があるのかい? なら、茶を飲んだ後でもゆっくり話そうじゃないか」
セオラの肩に、オドンチメグの手がかかる。
「オドンチメグ……」
セオラはゴクリと唾を飲み、その手から逃れた。
「すまない。私は一度、自分の天幕に戻らなければ。すぐ戻る。丹薬の話はそれからでも構わないか?」
「? あぁ、構わないが。いきなりどうしたんだい?」
セオラは馬を走らせ、自身の天幕へ戻る。そして、ニルツェツェグから贈られた図鑑を取り出した。
「確か鉱物の項に……」
頁をめくっていたセオラの手が止まる。セオラはそこに描かれている図に目を凝らした。
「間違いない。これも、これも。オドンチメグの持っているものだ」
その時、背後で暖簾の開く音がした。
やがて歩き回れるようになったセオラは、イントールの天幕へと向かった。セオラの天幕群に一度は迎え入れられていたイントールだったが、一連の事件を受け、元いた領地の西側へと戻されていた。セオラは彼女の元へ馬を走らせた。
(白地に金の刺繍の暖簾、あれだ)
イントールの天幕はこれまでとは異なり、かなり目立つ様子となっていた。厳めしい日直番が、彼女の天幕を取り巻くように立っていたからだ。
「イントールに会わせてくれないか」
馬を繋ぎ、見張りに声をかけたセオラだったが、見張り番は重々しい様子で首を横に振った。
「なりませぬ。セオラ妃様、どうぞお引き取りください」
「頼む。イントールと直接話がしたいのだ」
「何人たりとも通さぬよう、言い使っております」
「誰からだ? ジャンブールか?」
見張りはそれ以上何も答えず、ただまっすぐ前を見て口を引き結んだ。
セオラの頭に一瞬、こいつを投げ飛ばして強行突破してやろうか、という考えが浮かぶ。しかし、彼らも任務でやっているのだと思い直し、困らせる真似はやめることにした。
「おや、出歩けるようになったんだね」
馬を繋いだ柵まで戻ってきた時、第四妃オドンチメグから声を掛けられた。彼女は輿から降りてくると、セオラの側までやって来た。
「もう、体は大丈夫かい?」
「あぁ、ありがとう。少し体がなまっているが、ほぼ元通りだ」
「そりゃよかった。それで……」
オドンチメグが、厳重に警備されているイントールの天幕へ目をやる。
「あんたも入れてもらえなかったのかい」
「あぁ、取り付く島もない。『も』ってことはオドンチメグも?」
「そ。何度来ても、門前払いさ」
オドンチメグは深々とため息をつく。
「イントールはずっと可愛い妹のように思ってきた子だからね。心配だよ」
第四妃はハッとしたように顔を上げる。
「あぁ、ごめんよ。毒を飲まされた被害者はあんたの方だってのに、イントールの方ばっか心配しちまって。決してあんたの身に起きたことを軽んじてるわけじゃないんだ」
「いや、私もイントールが私を害したとは思っていない」
「そうかい」
オドンチメグはほっとしたように口端を上げた。
「しかし、あんたでも入れてもらえないとなると厄介だね。当事者なんだから、そのくらい融通利かせてくれたっていいのにさ」
「本当にその通りだ」
二人の妃は、イントールの天幕へ視線を戻す。あの厳重な警備の目を盗んで忍び込むのはまず不可能だろう。
「ねぇ、セオラ。あんたさえよければ、あたしの天幕に寄ってくかい?」
オドンチメグの誘いに、セオラは頷いた。
「散らかってて悪いねぇ」
言いながら、オドンチメグは卓から器を棚へと持って行く。
「この前とは別のものだが、いい茶がある。今、用意させるよ」
「ありがとう、オドンチメグ」
椅子へ腰かけたセオラは、ふと卓へ目を凝らす。そこはキラキラと色鮮やかに輝いていた。何気なく人差し指でこすると、指についてきたのは虹色に輝く粉だった。
「あぁ、汚れていたかい? すまないね」
指先を見つめているセオラへ近づくと、オドンチメグはハンカチでさっとその指先をぬぐった。
(あ……!)
指先についた輝く粉から、以前自分の髪に触れたジャンブールの指が、虹色に輝いていたことを思い出す。
――顔料のようだね。絵を描くときに使う
イントールの部屋で、絵巻物を頭へ被ってしまった、あの日のことだ。
「それは、顔料か?」
「顔料? いや、丹薬の元だよ」
「たんやく?」
「不老長寿の薬さね」
そう言ってオドンチメグは、先ほど棚へ移動させた器をもう一度持ってくる。器の中には、先日隊商の天幕内で見た、沙棘色の石と、それを砕いたものが入っていた。改めて棚を見れば、いくつも器が置いてある。覗き込んでみるとそれぞれに赤や青、緑や黄、黒などの石と、それを粉にしたものが入っている。
セオラは思わず手の甲で口元を押さえる。それらの石の形に見覚えがあった。
「どうかしたのかい?」
振り返ると、オドンチメグがすぐ側に立っている。卓を見れば湯気の立つ茶が用意されていた。
「あんたも丹薬に興味があるのかい? なら、茶を飲んだ後でもゆっくり話そうじゃないか」
セオラの肩に、オドンチメグの手がかかる。
「オドンチメグ……」
セオラはゴクリと唾を飲み、その手から逃れた。
「すまない。私は一度、自分の天幕に戻らなければ。すぐ戻る。丹薬の話はそれからでも構わないか?」
「? あぁ、構わないが。いきなりどうしたんだい?」
セオラは馬を走らせ、自身の天幕へ戻る。そして、ニルツェツェグから贈られた図鑑を取り出した。
「確か鉱物の項に……」
頁をめくっていたセオラの手が止まる。セオラはそこに描かれている図に目を凝らした。
「間違いない。これも、これも。オドンチメグの持っているものだ」
その時、背後で暖簾の開く音がした。



