「僕もこの本を初めて見た時驚いたよ。父の持ち物から大量のウランスールイモリの粉末が見つかったことは医者から聞いていたからね。けれど、怪しげな強壮剤としか僕も知らなかったから」
「……」
「効果を知って以来、父の持っていたあの大量の粉の出所を探していたんだよ。父が購入したという記録は残っていなかったからね。ずっと手掛かりがなかったんだけど、イントール経由だった可能性が出て来たんだ」
セオラはイントールとの会話を思い出す。ほぼ間違いなく、ジャンブールの推理は正しい。イントール自身が隊商からあの粉末を絵巻物と共に購入し、そして先王にすべての粉末を没収されてしまったと語っていたのだから。
「だ、だが、待ってくれ。このイモリの粉末は、常用することで体に不調をもたらすのだったな」
「うん、そうだね」
「けれど私が口にしたのはたった一度で、体調を崩したのはその前だ。それどころか、イントールに飲まされた後で、快方に向かったのだろう? お父上のことはともかく、イントールが私を害する目的でこれを飲ませたとするのは、おかしくないか?」
「それなんだよ」
ジャンブールが頭を掻く。
「今回の君の体調不良とこの黒い粉は恐らく関係ない。それに、きっとこのウランスールイモリの粉には、まだ僕たちの知らない効果があるんだ」
黒い暖簾のかかった天幕の中、第四妃オドンチメグは重いため息をついていた。先王の時代から親しく付き合っていたイントールと、顔を合わせることが出来なくなったからだ。訪ねて行ってはみたものの。物々しい警備がついており面会も叶わない。
「一体何があったんだい……」
急に第一妃の天幕群に居を移したと思えば、今度はこれだ。警備がつくようになったのは、時期的にセオラが伏せっていた頃と重なる。
「セオラの件に関わっているのかい? あんな大人しい子に、大それた真似ができるとは思わないが」
詳しいことは何一つわからない。けれど、自分の知らない場所で何かがあった。そしてそれが長年親しくしていたイントールに関わっている、このことが気がかりで仕方なかった。
「あぁ、くさくさするねぇ」
オドンチメグは小物入れの引き出しを開ける。そこにはいくつもの鉱石が収められていた。
隊商が訪れた際に、イントールと共に天幕に赴き、少しずつ買い集めたものだ。
「気晴らしに、丹薬でも作ってみようかね。まだ材料は揃っちゃいないが」
鉢に鉱石を入れると、オドンチメグは丁寧な手つきでそれを砕く。
「今後セオラに何かあった時、これで彼女を回復させる手伝いをあたしが出来れば、イントールのことも許してもらえたりしないかねぇ……」
「ナツァグ様、お聞きになりまして? ジャンブール様の第一妃様のこと」
ジャンブールの兄ナツァグは、今も最愛の第二妃ナランゴアの天幕で伏せっていた。
「ジャンブールの第一妃?」
ナツァグの脳裏に、狩猟大会で男に混じり優勝を掻っ攫って行った、生意気な女の姿が浮かぶ。
「どうだっていい。聞きたくない。胸糞悪い」
「まぁ、そうおっしゃらずに」
ナランゴアは妖艶に微笑み、器の中をかき混ぜる。
「なんでも最近、重い病に伏せっておられたんですって。意識を失うほどの。ですが」
ナランゴアは薬包の中の黒い粉を、ナツァグへと示す。
「ナツァグ様がいつも飲んでおられるこのお薬を口にしたら、瞬く間に回復なさったとか」
「なんだと?」
ナツァグは意地悪く、鼻に皺を寄せる。
「病にかかったなら、そのまま大人しくこの世から退散してしまえば良かったものを、誰だ、あの生意気女に薬をくれてやった馬鹿者は」
「うふふ」
ナランゴアは、困った子供を見つめるような慈愛に満ちた瞳をナツァグへ向ける。
「だけど、やはりこのお薬は効果があるということですのね」
ナランゴアが黒い液体の入った器を、ナツァグへと手渡す。
「ナツァグ様、今日もこれを飲んで一日も早く快復なさってくださいましね」
「あぁ。早くお前を抱ける体に戻りたい」
にやりと笑って、ナツァグは黒い液体を一気にあおる。その様子を見つめるナランゴアは、謎めいた微笑を返した。
「えぇ、私も待ち遠しいですわ」
「……」
「効果を知って以来、父の持っていたあの大量の粉の出所を探していたんだよ。父が購入したという記録は残っていなかったからね。ずっと手掛かりがなかったんだけど、イントール経由だった可能性が出て来たんだ」
セオラはイントールとの会話を思い出す。ほぼ間違いなく、ジャンブールの推理は正しい。イントール自身が隊商からあの粉末を絵巻物と共に購入し、そして先王にすべての粉末を没収されてしまったと語っていたのだから。
「だ、だが、待ってくれ。このイモリの粉末は、常用することで体に不調をもたらすのだったな」
「うん、そうだね」
「けれど私が口にしたのはたった一度で、体調を崩したのはその前だ。それどころか、イントールに飲まされた後で、快方に向かったのだろう? お父上のことはともかく、イントールが私を害する目的でこれを飲ませたとするのは、おかしくないか?」
「それなんだよ」
ジャンブールが頭を掻く。
「今回の君の体調不良とこの黒い粉は恐らく関係ない。それに、きっとこのウランスールイモリの粉には、まだ僕たちの知らない効果があるんだ」
黒い暖簾のかかった天幕の中、第四妃オドンチメグは重いため息をついていた。先王の時代から親しく付き合っていたイントールと、顔を合わせることが出来なくなったからだ。訪ねて行ってはみたものの。物々しい警備がついており面会も叶わない。
「一体何があったんだい……」
急に第一妃の天幕群に居を移したと思えば、今度はこれだ。警備がつくようになったのは、時期的にセオラが伏せっていた頃と重なる。
「セオラの件に関わっているのかい? あんな大人しい子に、大それた真似ができるとは思わないが」
詳しいことは何一つわからない。けれど、自分の知らない場所で何かがあった。そしてそれが長年親しくしていたイントールに関わっている、このことが気がかりで仕方なかった。
「あぁ、くさくさするねぇ」
オドンチメグは小物入れの引き出しを開ける。そこにはいくつもの鉱石が収められていた。
隊商が訪れた際に、イントールと共に天幕に赴き、少しずつ買い集めたものだ。
「気晴らしに、丹薬でも作ってみようかね。まだ材料は揃っちゃいないが」
鉢に鉱石を入れると、オドンチメグは丁寧な手つきでそれを砕く。
「今後セオラに何かあった時、これで彼女を回復させる手伝いをあたしが出来れば、イントールのことも許してもらえたりしないかねぇ……」
「ナツァグ様、お聞きになりまして? ジャンブール様の第一妃様のこと」
ジャンブールの兄ナツァグは、今も最愛の第二妃ナランゴアの天幕で伏せっていた。
「ジャンブールの第一妃?」
ナツァグの脳裏に、狩猟大会で男に混じり優勝を掻っ攫って行った、生意気な女の姿が浮かぶ。
「どうだっていい。聞きたくない。胸糞悪い」
「まぁ、そうおっしゃらずに」
ナランゴアは妖艶に微笑み、器の中をかき混ぜる。
「なんでも最近、重い病に伏せっておられたんですって。意識を失うほどの。ですが」
ナランゴアは薬包の中の黒い粉を、ナツァグへと示す。
「ナツァグ様がいつも飲んでおられるこのお薬を口にしたら、瞬く間に回復なさったとか」
「なんだと?」
ナツァグは意地悪く、鼻に皺を寄せる。
「病にかかったなら、そのまま大人しくこの世から退散してしまえば良かったものを、誰だ、あの生意気女に薬をくれてやった馬鹿者は」
「うふふ」
ナランゴアは、困った子供を見つめるような慈愛に満ちた瞳をナツァグへ向ける。
「だけど、やはりこのお薬は効果があるということですのね」
ナランゴアが黒い液体の入った器を、ナツァグへと手渡す。
「ナツァグ様、今日もこれを飲んで一日も早く快復なさってくださいましね」
「あぁ。早くお前を抱ける体に戻りたい」
にやりと笑って、ナツァグは黒い液体を一気にあおる。その様子を見つめるナランゴアは、謎めいた微笑を返した。
「えぇ、私も待ち遠しいですわ」



